2010年08月27日

被害者の妻から見た拉致監禁6「日本には帰りません」

◇妻の手記の続きです。妻は海外でのボランティア活動中でしたが
日本には帰国しませんでした。
それには意味があったのですが、
私は解放された当時、それを寂しく感じてしまいました◇


Reni.jpg


電話でどんな会話をしたか覚えていませんが、
「すぐに帰国してください」と言われたと思うのです。

以前述べた通り、私はお祈りの中で、
「三年間は帰国しない」と、神様に約束した直後でした。
それが神の願いだと、天啓のようなものが与えられていました。

多分二度目の電話の時だったと思います。私は電話で尋ねました。
「帰国して私の出来ることはあるのですか?」

もう、長期で留守を決め込んでいる主人の実家には誰もいないはずです。
時々郵便物を取りに来るはずだから、
それを張り込むくらいしか方法がないというのです。

つまり、何も出来ることはないに等しかったのです。

主人のことを考えるなら、
すぐに帰国するのが当然という状況だったかもしれません。
しかし私は、日本には帰りませんでした。

私は東欧の地で、奉仕活動をしながら、現地の人と交わりながら、
私のできることをしようと思いました。
日本に帰っても、私の出来ることはないに等しかったのですから。

神様の前に約束したことを大切にしたかったのです。

文先生が夢の中でおっしゃったこと、「信じ合っていくんだね」というのは
今のために言われた御言葉だったと気づきました。

「日本には帰りません」と電話で告げた時、主人の中心者は驚いていたようでした。
「いつ頃帰ります」という返事を期待していたと思いますから。

後に解放された際、
てっきり日本で自分の帰りを待ってくれているだろうと思っていた主人は、
やはり私の真意がわからず、がっかりしたようです。

彼が拉致されたのは、私たちの二周年目の祝福記念日のことでした。
    日輪の
  しゅ 祝しし木々は安からん
     憂きこともなし
  ねん 年輪刻みて


こんな自作の詩を添えた彼への手紙も日本に届いたはずですが読む人もないまま、
八月、そして九月が過ぎていきました。
 
◇妻の手記は、不定期にまた続きます◇



応援してくださる方はクリックを
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 統一教会へ
にほんブログ村


2010年08月22日

被害者の妻から見た拉致監禁5〜拉致を知らせる日本からの電話〜

◇この場を借りて、私が拉致監禁された際、祈祷してくださった方、
心配してくださった方々に、感謝申し上げます。
妻の手記の5回目です◇


sansebastiano.jpg


今年になって、文先生のご子息の國進様が意識してくださる前は、
拉致監禁・強制改宗のことを、教会員にすら、認知されていない状況でした。

青年の多い教会では、ずっと被害者が出続けていたので、心痛に感じながらも
どうすることも出来ないでいたのでした。

統一教会については、悪い評判ばかりで、
私たちにそれを否定する機会は与えられませんでした。
新しく入教した人たちが、評判との違いに驚くほど、
統一教会の真実はメディアにも取り上げられることはなく来ました。

私たち教会員は、日々世界の平和のために祈りながら、
奉仕の生活をしながら、
しかし偏見と中傷の中で、
統一教会員だということも周囲に明かすこともできないような
現実があったのではないでしょうか。

改宗屋に繋がった父母たちは、
間違った教会のイメージを、更に歪曲されて教え込まれ
(反対牧師・改宗屋たち主催のセミナーがあるということです)
何があってもどんな非道な手段を使っても、
子どもを改宗させなければいけないと、いうところまで教育されます。

そうでなければ、血の繋がった親兄弟、親族が、
人権を踏みにじるような犯罪行為をするはずがありません。

並々ならない覚悟の上で、相応とは思えないような金額を払って、
わが子を拉致し、監禁、改宗し続けるのですから。

そして、統一教会の信仰を持つ限り人間以下の扱いをする改宗屋に、
我が子を任せ、自らもそれを助けるのですから。
主人の親族もそうだったと思います。


さて、東欧の地で、私が電話で主人が拉致された知らせを受けたとき、
それは現地では夕方に近い時間だったでしょうか。

私たちは少し油断していたのです。
私の心のどこかにはまだ不安はあったのですが、
主人は自分の家族が私たちの教会を理解し始めてくれていると、
喜んでいる状態でしたし、
私も楽観的な性格ですので、ただただ、文先生の教理に従って、
人の役に立ちたいと、そういう思いで海外に来ていた矢先でした。
寝耳に水の話でしたが、私はすぐにそれを事実だと理解しました。

電話を受けて、私の様子がおかしいので、
日本人のメンバーが「どうしたの?」と尋ねました。
彼女の腕を掴みながら、へなへなと座り込んでしまったことを覚えています。

人間というのは、こういう知らせを受けた時にこうなるのだなぁと、
私は客観的にそんなことを思って、
とてもショックを受けていたにも拘わらず、落ち着いている自分もいたのです。

そして、電話をかけた来てくださった教会の責任者に、
教会で祈ってもらうことはもちろん、
とにかく彼の知り合いに連絡して祈ってもらうようにお願いしました。

私は現地の電話局に出向いて、
私の出身教会と、海外に出る前に所属していた教会の部署に電報を打って、
祈祷をお願いしました。
電話は、とてもかけにくい状況だったし、時差もあったし、
うまく伝わるかどうかわからなかったので、
慣れない中を、ローマ字表記の電報で、
主人の名前と拉致監禁された旨を知らせて祈ってくださいと、お願いしました。

そして、母に電話して、私の知っている教会員には、
とにかく知らせて祈ってもらうように伝えました。

心臓に持病のある母は、その知らせで不整脈を起こしたといいますが、
心配で胸がつぶれそうになりながら、祈り続けてくれたのです。

恥も外聞もありません。
あの時ほど、切実に天に祈った時はなかったと思います。
祈りの力を私は信じていましたし、そのような霊的なパワーを通してしか、
拉致監禁と強制改宗の非道な行為に対抗する術がなかったのです。


苦しい試練の時、
私は狼狽して祈ったことはありません。
「神様、あなたのみ旨はなされます。
私は勇気ある子供として生き、
そして死にます。
どのような苦しみも
私の歩みを止めることはできません。
私は進んでいきます。
神様みていてください」

「こころの四季」文先生の御言葉


◇――また不定期に続きます――
今、拉致監禁の被害にあっている方たちのために
切実に祈っていきましょう◇

応援してくださる方は、クリックをお願いします
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 統一教会へ
にほんブログ村


2010年08月06日

被害者の妻から見た「拉致監禁」4 〜思いがけない拉致監禁〜

◇妻の手記4回目、今日は私たちの出会いや
監禁前の私の家族についてなどです◇


magdalen.jpg

Kさんの婚約者のお話は、あまりにも身につまされるもので、私も当時の、
忘れていたと思っていたことがいろいろ思い出されてきました。

主人の家族は、私が彼と初めて会った時点で、既に反対牧師につながっていて、
主人は一度監禁を受け、その前には軟禁の経験もありました。

拉致監禁を起こす家庭は、特別と思われるでしょう。
しかし、主人の家庭もそうですが、ごく一般的な家庭なのです。
義父はとても温厚な優しい人でした。
義母は以前から仏教系の宗教を熱心にする、とても愛情に篤い人でした。
先祖供養は私たちよりもずっと一生懸命にしていました。

両親とは、私も祝福後、海外に出るまでに2回会う機会がありました。
最初は両親の家へ挨拶に行きました。よくもてなしてくれて、
義父は「本当に嫁に来てくれるのか?」と喜んでくれたのです。

そして、韓ハクジャ総裁の東京ドームの大会の際も来てくれて、
私の母とも顔を合わせました。
その前後から、教会主宰のクリスマスパーティーに来てくれたり、
監禁する直前には、お母さんが水澤里の修練会に参加してくれることになっていました。

主人は、両親が反対牧師につながっていることは、当然知ってはいたのですが、
「両親は変わってきた」と喜んでいたのです。その矢先の拉致監禁でした。


私と主人は、1992年の3万双での祝福を受けました。
私たちは、今でもお互い正反対のところも多いのですが、
その反面、雰囲気が似ていると当初からよく言われていました。

主人の家庭は反牧につながっていましたが、
私は、母から伝道されて、弟も祝福家庭というように、
補い合うように神様が与えてくれた関係かと思います。

彼は、祝福を受ける前まで好きなコーヒーを断ってくれていて、
ソウルで久し振りのコーヒーを一緒に飲みました。
それだけでもとても幸せな時間でした。

ロッテホテルに宿泊して、行事の合間に、教会関係の施設や、
ロッテワールドなどに行ったことも懐かしいです。

その後は、彼は関東、私の実家や所属教会は関西だったので、
頻繁には会えませんでしたが、
文通と、時々の電話のやり取りをして、祈り合ったりして過ごしていました。

そして、私が渡欧したその日に、私たちは入籍しました。
家庭は出発していませんし、パスポートも旧姓のままでしたが。

東欧の任地国での活動を始めていた時、受けた一本の電話の内容は、
にわかに信じられない内容でした。
主人の所属教会からの、主人が拉致監禁されたという内容で、状況の説明を受けて、
「すぐに帰国してほしい」と言われました。

傷ついて生きることに疲れたとき
神様に祈ってみなさい
生きる勇気を与えてくださいと。

悲しみに涙がとまらないとき
思いを馳せてみなさい
もっと大きな悲しみに
涙を流している人に。

喜びがあなたの心を満たすとき
祈ってみなさい
この幸せが多くの人にも与えられるように。

「こころの四季」より


◇不定期に続きます◇


応援してくださる方は、クリックを!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 統一教会へ
にほんブログ村