2011年11月25日

心情の十字架〜拉致監禁によって父母との因縁が断ち切られる〜

私が信仰の道を行くにあたって、一番試練が大きかったのは、
やはり拉致監禁を受けたときでした。

愛する父母にみ言葉を伝えることが出来なかった無念さと
もう二度と拉致はしないと
固く約束をしていた父母に裏切られてしまったこと、
そして、私が父母を裏切って教会に戻る道を選んだこと。

中国のような肉体的な迫害はないにしろ、
愛する親とともに寝食をともにしながらも、
親も完全に反対派に委ねてしまっているがゆえに、
本心を伝えることが出来ない苦しさ、
いわゆる「心情の十字架」 の道は、
筆舌に尽くしがたいものがあります。

私は、偽装脱会してから、監禁場所のホテルから、
牧師の教会で寝泊りをすることが決まった日のことを
生涯忘れることが出来ません。

両親は、私が教会を辞めると決まってから、
嬉しくて嬉しくて、仕方がない様子でした。
三人で近くを散歩する時も、両親は本当ににこやかでした。

父と銭湯に行ったとき、
久しぶりに父の背中を流していた時でした。
「 いやぁ、心も体もすっきりするとはこのことだ〜」
久しぶりと書きましたが、
もしかしたら、父の背中を流したのは、
人生、最初で最後だったのかも知れません。

そして、夜も更けた頃、
ぐっすり眠っていた父の枕元にカバンがおいてありました。
よく見ると、メモ帳が顔をのぞかせていました。

何気なく、開いてみてしまったのです。
そこには、牧師との交流の内容や、
私が拉致されてからの様子が綴られていました。

私が偽装脱会をしてからは、
本当に嬉しそうな父の姿が、
言葉に書き表されていました。

そして、最後のページには、
このようなことが書かれていました。
「息子が統一教会を辞めてくれる。
本当に嬉しい。」

この文章を読んだ時、
嗚咽しそうになりましたが、
声を出さずに、涙だけ流しました。

「教会に戻らずに隠れ食口で
家に帰ろうか」
正直に告白すれば、
こんな思いも、わずかながら、
頭をよぎったこともありました。

何故越えることが出来たのでしょうか。
それは私が越えるべき道を先駆けて
乗り越えた方がいらっしゃったからなのです。

明日に続きます。

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posted by ten1ko2 at 23:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | *私の拉致監禁体験記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月20日

私が監禁から解放された時に感じた思い


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ふとしたことですが、
私が、二度目の拉致監禁から、偽装脱会をして
教会に戻り、1ヶ月のリハビリ後に
ともに歩んだメンバーたちとの再会風景が
思い出されました。

青年支部のある部署で責任者をしていた時でした。
突然、私がいなくなって、みんなの衝撃は
どれほどのものだったでしょうか。

スタッフを始め、多くの兄弟姉妹たちが、
必死に条件を立ててくださったことは、
永遠に忘れないと思います。

私がいつも利用していた机と椅子が
全体集合する部屋にありました。
そこの場所は、心情報告を受けた場所で、
一日の歩みが終わったあとに、
列を並べて、報告を聞いたものです。

その場所に数ヶ月ぶりに座っていると、
一人ひとり、兄弟姉妹が帰ってきました。

タイムスリップをしたような、
不思議な感覚でした。
数ヶ月ぶりに再会できたことが嬉しいのと
戻ってきた感動が交じり合いつつ、
数ヶ月の時間を短い期間で埋め合わせていくような
何とも言えない気分を味わいました。

私個人の感想ですが、
地上の人生を終えて、霊界に旅立つことを信じる者として、
霊界で出会う人たちとの再会が、
まさにこんな感覚であるのだろうか、
そんなことを思わされるひと時でありました。

その時から、数ヶ月でしたが、
兄弟姉妹たちと共に歩んだ期間も
本当に忘れられないものであります。

これは、兄弟姉妹も同じ思いを持っていると思います。

昔、拉致監禁から出てきたメンバーは
たいてい、同じ部署で歩むのは難しかったのです。

また、拉致される可能性を心配して、
別の場所で歩むように当時は指導されていました。

ですから、私も拉致から戻って来たときには、
「いったいどこに行くのだろう」
そんなことを思っていたものです。
しかし、青年支部の責任者は、
私がいなくなった部署に代理責任者を立てずに
そのまま位置を残した状態で、
私が戻ってくることを待ってくださっていました。

「彼は必ず戻ってくる」
そう信じてくださっていた責任者の方に、
改めて感謝したいと思います。

何故なら、その後、ともに歩んだ期間は
私の信仰生活の中でも本当に宝になっているからです。

霊的に研ぎ澄まされた期間、
新しい出発をした時のように歩まなければ、
そう思わされています。


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画像はカラバッチョ「聖マタイの殉教」



posted by ten1ko2 at 22:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | *私の拉致監禁体験記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月16日

忘れてしまった記憶〜私の拉致監禁体験記(15)〜


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昨夜、瞑想をしながら、
私が拉致監禁をされたときの場面を振り返ってみました。

振り返ってみようとしたのですが、
実は、1度目の拉致の時は、どのように捕まって
ビジネスホテルに連れていかれたのか、
ほとんど覚えていません。

人間というのは、記憶力が鈍くなっても、
子供の頃や青年時代の印象的なことは覚えているものです。

ところが、一度目に監禁された時の記憶にないというのは
どういうことなのか。。。
とても衝撃的な体験として、心に焼き付いていたはずなのに、
心を落ち着けて振り返っても思い出すことが出来ないのです。

瞑想しながら、二つの理由を考えました。
ひとつには、その時の記憶を消したいと思っているうちに
自然消滅してしまった。
もうひとつ、2度目の拉致監禁を受けたときの体験が
あまりにも強烈で、過去の体験と重なってしまった。。。

神様もアダムとエバが堕落したとき、
どれほどの傷を負ったことでしょう。
さらに子供のアベルとカインに託した願いも
カインのアベル殺害という悲劇に終わりました。

その傷を乗り越えて、復帰の道を出発するまでに
時間がかかったといいます。

最終的にすべての傷を癒したのが、天地人真の父母様として
勝利された文鮮明先生であるのです。。。
アダムが神様に喜びを返して欲しかった以上の喜びを
神様に与えていかれたのです。

私が受けた傷も文先生の歩みを通して
癒されていきました。
また、神様から与えられた人たち(妻や教会の先輩・後輩たち)
さらには、神様の創造された自然を通して、心が解かれていきました。
傷を癒す愛を受けたからこそ、今の私があると思っています。


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タグ:拉致監禁
posted by ten1ko2 at 09:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | *私の拉致監禁体験記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする