2022年12月19日

受難の年が暮れようとしています 「梁允永の一大力作だ」 聖歌♪「誓い」




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梁允永(ヤン ユンヨン)先生

日曜礼拝で聖歌17番『誓い』を歌いました。
説教の前なのに、歌いながら、とても心に響き、
感動したので、歌詞の由来を知りたくなりました。

天野照枝先生の「聖歌のゆかり」と、
作詞作曲された梁允永(ヤン ユンヨン)先生の証しを紹介します。


「この歌はある決意の感動を中心として、
一つひとつの言葉とメロディーとを丹念に探し、
1ヵ月ぐらいかかって作ったのです。

この歌を文先生はとても誉めてくださり、
『梁允永の一大力作(傑作)である』とおっしやいました」。

聖歌の中に梁女史の作られたものは数多くあり、
皆素晴らしい歌ばかりですが、
これは生涯の傑作であると言われるほどに、
文先生を感動させた歌だということです。

作り始めたのは1955年の末でした。
その秋、文先生は南での受難を終えられ、
嵐の中を耐えた食口たちは奨忠洞の教会から、
青坡洞の新しい大きな教会に移転して
先生をお迎えしたのです。

梁女史の家は奨忠洞の近くでしたから、
それまで足しげく通い、いつも先生の近くにあって
神の愛を存分に感じることのできる日々でした。

しかし、青坡洞に移って距離が遠くなると、
まるで倒れてしまいそうなつらい思いだったそうです。

そういう心をなだめながら、み旨に対する信仰を強め、
自らを鼓舞する気持ちで、この歌を作ったということです。

今にも消えそうな心霊の炎をかきたたせながら、
主にひたすらすがる痛切な心情で、
一言ずつ作ってはうたい、
ひとしきり泣いてはまた作ってうたいながら、
作り上げていった歌で、
完成したのは1956年1月15日です。

その年の文先生のご聖誕日に、
初めてうたわれました。
梁女史は美しいソプラノで、
どんなにか思いを込めてうたったことでしょう。

1961年、聖歌に編入されて今日に至っています。

天野照枝 著
聖歌のゆかり


上と重複する内容もありますが
作曲された梁允永先生ご自身の証しを紹介します。

梁先生は、梨花女子大の音楽教授で、
梨花女子大事件で免職となりました。(1955年3月)

文先生がソウル警察署から無実で解放となっても、
統一教会への非難中傷はますます
大きくなるばかり・・・

冬になり、そんな年が暮れていく頃
明くる年にかけて「誓い」は作られました。
(上には1ヵ月ぐらいとありますが、証しには
2ヵ月と書かれています。)


 天国は驚くべき音楽の世界 梁允永(ヤンユンヨン)

『誓い』か作曲されるまで

奨忠洞にあった教会が青坡洞に移っていくと(1955年10月)、
私は心細くなった。
以前のように気が向くと教会に走って行く
ということもできなかった。

心が塞いで淋しくなるときが多くなると、
夜眠れなかった。

毎日夕方、家庭礼拝をしたりもしたが、
憂鬱な心情はどうすることもできなかった。
徹夜をしながら天を思慕する心情が極に達すると、
そのような心情を曲にしてみたいと思った。

それで作曲したのが「誓い」であった。
その歌は2ヵ月に渡って1956年1月15日に完成した曲であった。

先生の誕生日を記念して発表しようと
夜中の2時〜3時に主に作曲し、
作詞にも心血を注いだ作品であり、
あの多かった食口たちと先生が青坡洞に離れてしまい、
恋しさとそして天に取りすがる心情で
一節一節歌いながら作った曲であった。

その歌は先生の誕生日に私が独唱し、
その後毎年、誕生日の祝いの歌として歌われ、
1961年になって「聖歌」に載せられるようになった。

あるとき、地方の食口たちがこの歌に
多くの感銘を受けたということを聞かれ、
先生が「梁允永の一代力作だ」と
称賛してくださったときがあった。

『誓い』作曲以後、いつも五線紙をそばに置き、
眠りについて夢に音楽が聞こえてくるとテーマを書きとめ、
何種類の歌を作詞・作曲して聖歌に載せた。

「朝日に輝く」(この曲だけは文鮮明先生作詞)
「とり戻した栄光」「苦難のイエス」「栄光の日」
「夢路で天の」「宴のとき」などは私が作った歌として
等しく歴史的な内容が盛られている歌である。

「証言」より
(一部省略しています
文責:ten1ko)



【歌入り】聖歌17番「誓い」




  1.
  土より劣(おと)る身 汚れ果てしわれを
  捨てたまわず許し
  死より蘇(い)かしたもう
  いたわり育て 血の汗流して
  説(と)きたもうみ言(ことば)
  今ぞ心に 奉(たてまつ)る

  2.
  知恵なく弱き身 御(み)跡(あと)慕いて行き
  つまづき倒(たお)るれば
  顧(かえり)み呼びたもう
  峻(けわ)しきいばらの 血に染(そ)みし主の道
  われ今誓い行く
  父の居ますみ国に

  3.
  眠りより覚めて 真のみ旨(むね)知り
  心ただ一つに
  み旨のために生き
  み旨のために死なん 勝利の日来るまで
  み旨受け戦う
  共に戦い行かん



文先生が「一大傑作である」
と語られた理由がわかるような気がします。

本当にこの聖歌は、名作だと思います。
亡くなった妻のお母さんも大好きだったので、
生前の願いに応えて、聖和式で歌いました。

苦難に置かれている時、
「誓い」を歌うと、とても力が湧いてきます。

今こういう時ほど、この歌を賛美しながら、
神様・父母様とともに乗り越えていきたいと思います。




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2022年09月16日

人に会うことは、神様に会うこと! 文先生作詞「統一勇士の歌」、誕生秘話



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♪心情のゆかりで 世界は生き
一つに結ばる 本然(もと)の縁



聖歌7番、「統一勇士の歌」
この曲は、私の好きな聖歌の一つです。

ふとこの曲のことを思い出しました。
以前、紹介したものではありますが、
歌のエピソードを記したいと思います。


「統一勇士の歌」は、一九六二年、文鮮明先生が作詞されました。

曲は韓国の大邱(テグ)という町の市民歌曲からとったそうです。
この歌のいきさつを、朴正敏(パクチョンミン)さんという
婦人伝道師は次のように語っています。

「伝道報告会で集まったとき、文先生が
『釜山(プサン)のうぐいす!』とお呼びになり、
何かうたうように言われました。
私は、昔開拓した大邱の市民歌曲が大好きだったので、
それをうたいました。

大邱は教育が盛んで、熱心なクリスチャンが多い町です。
その歌は市街を囲む自然の美しさと、
心の誇りをうたった愛郷歌で、苦しいとき、
いつもそれをうたっては勇気を出して開拓伝道をしたものです。

先生は大層気に入られ、幾度も私にうたわせられました。

数か月後、そのメロディーに、
先生は希望と激励に満ちた詩をつけられ、
皆に教えてくださったのです」


朴正敏さんを訪ねた時
「おお、何と大切な人でしょう!」
とまるで母が幼子に会ったように、
温かい力で私を抱きしめてくださいました。

「日本の兄弟姉妹は天の宝です。
神様がどんなにか、胸あふれるほど
愛していらっしゃることでしょう。
そのことを思うといつも泣かずにはいられません」
と、それは心の深いところから
溢れてくるような声でした。

たった一人に会ったときでも、
日本の兄弟すべてに会ったような、
神様の親の心情を持って迎えてくださる・・・
その姿に私は神様に会ったような
感覚を覚えました。

同行してくださった李ヨハネ先生が、
「人に会うのは神に会うのですね」
としみじみおっしゃった言葉も忘れられません。

信仰が実らせる見事な情感。
人と人との間に常に神様がおられる。
その霊的雰囲気がさりげなく、
呼吸する大気のように満ちていた清冽(せいれつ)な印象を、
この歌を歌うたびに思い起こします。

天野照枝先生著「聖歌のゆかり」


真のお父様は1962年、42歳(数え)のときに
聖歌7番「統一勇士の歌」を作られました。

私が学生部にいた頃、
当時のリーダーは、この歌が大好きで、
伝道出発式のとき、歌詞の意味を解説されながら、
何度も何度も歌ったことが思い起こされます。

「人に会うのは神に会うのですね」
と語られたヨハネ先生のみ言も印象的です。

真のお父様が1965年ご来日のときに、
本部教会で、解説されたみ言がありました。



『統一勇士の歌』の一節は心情と、二節は人格と、
三節は真理と、四節はその理想となっておりますね。
心情、それから人格、それから真理、
それから我々の理想。

だからその理想世界に入るには
心情を持たなければならない。
そして人格を完成しなきゃならない。
そうして真理ですよ。
そういうことになる。

この統一勇士の歌は
先生が三年前(1962年)に作った歌ですね。


1965年1月30日 本部教会(東京都渋谷区南平台)でのみ言より



この歌をもう一度、伝道を出発するときに、
歌っていきたい、そう思いつつ、
真のお父様が作詞された歌詞の、日本語訳を紹介して終わります。
(日本語の聖歌の歌詞とは違います)

一、心情の因縁で世界は生き
  一つに結んでくださった本性の因縁
  永遠に与え受ける私たちの本郷
  幸福の礎の上にとこしえに生きよう
  私たちは誇らしい統一の勇士
  力強く情を合わせて勇進しよう

二、無限の人格で光を放つ
  造られた万物の栄光の燈台
  生命がほとばしる本然の姿
  所望の価値として花咲かそう
  私たちは誇らしい統一の勇士
  力強くみ旨を立てて勇進しよう

三、秩序の基の上に真を立て
  永遠を約束する不変の価値
  高らかに立てられる真理の標柱
  希望に満ちた善なる日を飾ろう
  私たちは誇らしい統一の勇士
  力強く叫びながら勇進しよう

四、東方に明けて来る輝かしい文化
  全世界がその光の中で兄弟となり
  願われた善の父母をとこしえに慕い求め
  必ずや成し遂げよう一つの世界
  私たちは誇らしい統一の勇士
  力強くその世界に勇進しよう


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2022年07月17日

私たちが最も愛する歌 ♪「園の歌」 主が直接聖歌指導も 《聖歌のゆかり》



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「試練の時、お父様を中心に
この歌を泣きながら徹夜して歌った」
といいます。   

書籍『聖歌のゆかり』より、
「園の歌」を紹介します。

「天国再建のみ旨を受けて、いざ、君に続け!」

この歌は統一教会の歴史に欠くことのできない歌の一つです。

「昔、異端として激しい迫害が始まったころ、
既成教会では信徒を見分けるのに、
この歌をうたうかどうか見たくらいです。

これは、もともとは讃美歌であるのに。
そのくらい私たちの歌として愛唱されたということです」
と、柳光烈先生が話しています。 


うたわれるようになったきっかけは、一九五四年四月のある日、
梨花女子大学音楽講師で梁允永(ヤンユンヨン)女史が
大学のピアノに向かって、讃美歌の本をぱらぱらとめくりながら
弾いたり、うたったりしているときのことです。

何気なくめくったページの歌詞が、
強く梁女史の目に飛び込んできました。

それは「良き歌」という本で、
讃美歌にもれた佳曲を収録したものでした。
有名な監理教会(メソジスト)の発行で、
安信永(アンシニョン)氏が編纂したようです。

梁女史は胸を躍らせてメロディーを弾き、うたってみました。
「ああ、これはまさに私たちのために用意された歌ではないか」
と、うたい進むにつれて梁女史は涙をおさえることができず、
とうとう慟哭(どうこく)してしまったということです。

(このときの速度は今のように速くはなかったようです)

一体このような霊的に高い歌を、だれが作ったのだろうかと、
作者名を見ても、そこには簡単に「南方民謡」と記されているだけでした。

急いで教会に行き、「このような素晴らしい歌を見つけました」
と紹介すると、文先生も大変感動され、
皆で何度もうたいました。

繰り返しうたううちに全員が泣きだし、
深い感動に包まれてしまったのです。


柳先生は当時を回想して次のように語っています。

「そのころ、どんなにこの歌をうたったことが。
うたいながらイエス様のことを思いました。
あんなにいじめられ槍で突かれ
十字架にまでかけられていった、その悲惨な年涯……。

このような摂理の責任を担って、
悪い時代に現れただけに、苦しみの打ち続く生涯をおくられて、
その最後もあのような十字架であった、と考えると、
イエス様がかわいそうで胸が苦しくなって、とても泣いたのです。

それはもう、声をはりあげて泣くだけ泣き、
また長い間かかって納まって自然と涙がひく。
それでもまだうたっていました。

火をつけてから燃え上がって焼き尽くし、
鎮まって灰しか残らない。
その間中、うたっていました。
何回繰り返してうたったか分からないほどです」

 
文先生が、この歌の説明をしてくださったのは一九六七年七月、
名古屋教会においてでした。

お話の合間に「うたいましょう」と言われ、
皆で「園の歌」をうたいました。
そのとき先生が次のように説明してくださったのです。

「一番は、サタンの園から
 神のみ旨にかなう園になって、主が来られた。
 その主の香りが満ち、それに対応してゆりの花は、
 六千年待ち焦がれた主がいらっしゃるからほほえむ。
 美しく咲く。

 ゆりは新婦を象徴する。
 三方の風が吹き寄せても一方にしか匂わない。
 方向性を持った香りを表す花だ。

 ゆりの花を見たら、特に女の子たちは
『あなたのようになりたい』と祈るんだよ。

 恵みのにわか雨、主が降らせたまえば、
 死んだ心情がまたよみがえって、
 見る世界、聞く世界、皆命ある、新たなものとなる。


 二番は、この渇きし地上に清い泉があふれて清める。
 私たちの体と心はウジがわき、ハエがたかり、
 むずむずするほど嫌なものだ。

 それらが清められ、よき地となり、
 六千年待ちに待った仇(あだ)を打ち、
 サタンをやっつけ、
 この世は花園──神のみ国となる。

 それは最高の願いの世界だよ。

 
 三番は、十字架の蕩減(とうげん)を逆に戻って、
 撤廃しなければならない。

 主は十字架によって来られる。
 イエス様は赤い血の十字架で、
 再臨主は白い十字架で現れるというんだね。

 その蕩減がなくなったので、万民は天国に入る。
 天国をつくるのは私たちである。

 そうするには、今までなされた苦労よりも、
 もっと苦労しなければならない。
 しかし、それは本当に勝利していくためだ。

 昔の苦労は流れてしまう苦労だ。
 蕩減のためにした苦労である。
 成約の苦労はすべて実る。
 後の栄光となるものである。

 このよき時を迎えて、天国再建のみ旨を受けて、
 いざ、君に続け!そういう意味だね」


 
もう一つ、この歌には霊的役事をされる
金信旭(キムシヌク)先生の興味深い証があります。

金信旭先生は力ある霊能者で、信念と信仰に満ちたかたです。
統一教会に来る前のある日、金先生は
霊界に入り、天使に導かれて、
黙示録に記されている生命の川のほとりを通りました。

さらに行くと、とても素晴らしい館がありました。
そこに入ると、薄い白い、美しい衣をつけた、
美しい青年男女がいて、美しい歌が流れていました。

それは例えようもない素晴らしい響きで、
あまりの心地よさに陶酔してしまい、
調べに合わせて天使たちと踊ったそうです。

その歌は神から与えられた歌として、
大切に覚えていて、思い出してはうたっていました。

それから、間もなく啓示があって、
普通なら三十分で歩ける所を
三時間かからなければ歩けないような
霊的闘いをしながら、やっと統一教会にたどりつきました。 

ちょうど礼拝中で、座っている青年男女は
皆質素な身なりをしていましたが、
霊眼で見た金先生ははっとして、
「ああ、あのときの美しい青年男女はこの人たちだ。
あの美しい館はここだ」と気づいたのです。

そして、そのとき賛美されていた
「園の歌」を聞いて、また非常に驚きました。
天使たちと共にうたい踊った、あの歌だと分かったからでした。

39 園の歌
聖歌のゆかり
光言社編より



聖歌39番 園の歌
1.
主はおのが園に来たる その香り満ちて
百合(ゆり)が咲き乱る 百合がほほえむ
恵みのにわか雨 主が降らせ給(たま)えば
死人また蘇(い)く 死人また蘇く

2.
渇(かわ)きあるこの地に 清き泉流れ
よき地となる よき地となる
君は仇(あだ)を討(う)ち この世花園(はなぞの)に
御国(みくに)となる 御国となる

3.
主を信ずるものよ この御言(みことば)受け
君に続け 君に続け
今の試練苦労も 後(あと)の栄えなり
エデンに帰れ エデンに帰れ



お父様が試練を乗り越えていかれた時を思いつつ、
私たちも、この歌を讃美して
今の時を越えていきたいと思います。




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