2017年08月02日

(証し) いつか祝福を! 40年間の激しい反対を越え、父を独身祝福へ!!



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今日は、40年間反対していた父親を、
見事に独身祝福した、伝道の証しを紹介します。


Yさんは20歳前に伝道され、今年で61歳になります。

ご両親はクリスチャンで、 ずっと反対してきました。
Yさんが教会に入った後、両親から強制的に
精神病院に入れられたことがありました。

10年前に亡くなったお⺟さんが最近夢に現れて、
「薬を飲ませたのは私です」と言ってきて、
ものすごく後悔している姿だったようです。

Yさんはずっと精神的な病を抱えたままなので、
他の教会員と一緒に活動することは難しい状態でしたが、
清平に何度も⾏くことによって、
だんだんその症状が良くなっていきました。

そのことはお⽗さんも分かっていましたが、
それでも頑固に教会に反対していました。

Yさんは家族の反対を受けながらもずっと信仰を続け、
友⼈、職場の⽅、福祉の作業場の⼈たち、
隣⼈、知⼈、親戚の⽅々に今まで何百冊という自叙伝を配ってきました。

お⽗さんが91歳になった時、体を悪くして入院しました。
すい臓がんでした。

死が近づいてきていることを感じたYさんは、
ある日「お⽗さん、教会の祝福を受けて」と切実に頼むと、
お⽗さんはコクリと頷きました。

その数日後、入院中の病院に独⾝祝福を授けに⾏こうとしたのですが、
⾞のナビが何故か全く違う案内をするし雑音も入るので、
なかなか病院に到着できず、いらだちを感じました。
祝福を邪魔する悪霊のわざを感じましたが、
何とか病院にたどり着くことができました。

無事に聖酒を飲んでいただき、⾎統転換式であること、
⽂鮮明先⽣、真の⽗⺟様の祝福であることをお話しすると、
じっと聞いておられました。

4⼈部屋で祈祷しにくい環境でしたが、
その時だけ祈祷することができ、
独⾝祝福をして差し上げることができました。
お⽗さんはその三日後に他界されました。

Yさん本⼈も最近、霊肉祝福を受けることができました。
毎日の訓読祈祷、伝道 活動などによって、
コツコツと精誠を積み上げられて時が満ち、
お⽗さんを祝福することができたことを通して、
どんなに反対していた⼈でも祝福の恩恵を与えることができる
天の大きな恩恵の時が訪れたことを改めて感じました。




証しを読みながら、お父さんは、
本心ではわかっていたんだな、と思いました。

また、時代の勝利圏の賜物でもあるし、
そして、霊界の協助もありました。
何よりも、絶対にあきらめなかった、
娘Yさんの決意が大きかったのだと思います。

今この時に、み言を伝えるということ。
どれだけ重要なことでしょうか。。。
Yさんの決意を私たちも相続して、
9月7日、お父様の聖和5周年までに、
わら一本供える決意で歩んでいきたいです。





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2017年05月02日

(証し)食口が大復興、青年メンバー30名増! 良心が目覚める「ワクワクセミナー」とは?!



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ニュースレター最新号から、
『南東京教区が“自己牧会プログラム”で復興』
という記事がありましたので、紹介します。


南東京教区(堀正一教区長)は、天一国時代にふさわしい信仰生活を身につけるための
「自己牧会プログラム(ワクワクセミナー)」を青年伝道に導入し、
着実な成果を上げています。

同プログラムを通じて教会員が復興し、
喜んで伝道活動に取り組むメンバーが増えた結果、
受講決定数が増加し、昨年は30人の青年メンバーが誕生しました。


同プログラムは、杉田善忠・孝成家庭教会長が
自らの信仰体験に基づき、
み旨を歩みながら様々な問題を抱えて
苦悩している食口たちのために考案したもの。

「こうやって考えればよい」「こういう祈りをすれば心が変わる」
といったように簡単に心の転換を行うことができる方法が
「ワーク」としてまとめられています。

ワークを通して、食口たちが三大祝福の恩恵を
実感できるようになるのが最終的なゴールです。


一方、堀教区長は、本部で家庭教育局長をしていた当時から、
二世たちの悩みの多くが家庭に起因している
現実に直面していました。
み旨は多くの犠牲を伴う歩みだったため、
長い年月の中で多くの家庭が傷ついてきたのです。

堀教区長は「ワクワクセミナー」を、
先ずは一人ひとりの心霊復興と、
家族の愛の関係を“再起動”させる
「自己牧会プログラム」として、
教区次元で推進しようと決意。
現在の取り組みが始まりました。

個人と家庭の復興が教会文化の刷新をもたらし、
本格的な神氏族メシヤ時代を切り開いていくという、
伝道の波が起こり始めています。


孝成、渋谷両家庭教会における新規受講決定数の推移を見ていくと、
2015年2月以前は、孝成は月10、渋谷は0でした。

同年3月、杉田教会長が孝成家庭教会に赴任。
同プログラムを青年伝道に導入し、
それまでの伝道方法からの大転換を図った結果、
同年3月〜9月の孝成家庭教会における受講決定数は、
月20に増加しました(渋谷は0)。

当時は、孝成家庭教会のメンバーが
渋谷や品川など都心部で街頭伝道を行い、
そこで出会ったゲストを30〜40分かけて
電車などで孝成家庭教会(川崎市)まで連れて行って、
受講決定するという状況でした。


15年9月、堀教区長が孝成家庭教会を訪れ、
「渋谷には場所があり、孝成には人材がいます。
両者がコラボレーションして“Win-Win”の関係を築きましょう」と提案。
孝成、渋谷両家庭教会が連携し、
青年伝道を進めていくことが決まりました。

15年9月末に孝成・渋谷のコラボがスタート。
16年1月には、南東京教区の伝道所として、
渋谷の中心街に「渋谷ミッションセンター(SMC)」が開所するなど、
伝道推進の環境が整っていきました。

そうした中、受講決定数は孝成30、渋谷10と次第に増え、
現在では南東京教区全体で毎月50前後となっています。
そのうち年間およそ30人が新しい食口として青年部に加入しており、
その動きは2017年に入っても続いています。

こうしたことから、「ワクワクセミナーは青年伝道に有効だ」
と誤解される傾向があります。

しかし、同プログラムの本質は「天一国主人づくり」であり、
「第1伝道」(自己伝道)できるようになることが目標です。
書写伝道や祝福伝道などの外部伝道の手段とは異なるのです。


同プログラムは、「良心」との対話が中心に位置づけられていますが、
10年以上教会から距離を置いていた祝福二世が、
このプログラムを学んでいく中で、
実際に良心の声を聞いたことが切っ掛けとなり、
大きく転換したケースもあります。

祈ると神様から答えが返ってきた経験を通じて、
とても嬉しく安らかな気持ちになり、教会に対する疑念が薄れ、
祝福に対しても前向きに変わったのです。

同様に南東京教区においては、
良心との対話を通して食口全体が復興していく中で、
伝道前線に出るメンバーが増え、
受講決定数も増えていったというのが実情です。


渋谷家庭教会では、同プログラムと自叙伝書写を融合させた
「わくわく書写」をスタートさせ、
長年の懸案だった婦人伝道につなげる取り組みも始めています。

また二世圏の復興のため、
小学生や中高生の教育にもこれを導入し、祝福伝道でも活用しています。

現在、関心を持った人々からの要望を受け、
南東京教区から講師が全国に派遣され、
各地で同プログラムのセミナーが開催されています。

今後、同プログラムを通じて食口たちが復興した“エネルギー”を
どういう分野に注いでいくかは、それぞれの教会やリーダー次第です。




今まであまり伝道をしていなかった、渋谷教会の青年たちが、
孝成教会とのコラボによって、
『1年間で30名の青年メンバーが誕生した!』
とても素晴らしい証しです。

その原動力は、『ワクワクセミナー』です。
杉田教会長が御自身の経験・学びを土台として、
「食口をいかに復興させるか・・・」
そのことを考えて生みだされたものだと聞いています。

そして、結論は何かといえば、『自己伝道』です。
以前、私たちの教会が路傍伝道で注目された時、
本部からスタッフが来られて、教会長にインタビューされました。

その時に話されていたのが、
「外部伝道の前に、内部伝道、
内部伝道の前に、自己伝道です」
と第一声で語られていたのを覚えています。

私たちが路傍伝道を出発する前に、
教会長は1か月以上、日曜礼拝の時に、
『自己伝道』を強調してみ言を語られていました。

やはり、一番重要なのが、『自己伝道』である。。。
そのことを改めて痛感します。




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2017年04月21日

(証し) 認知症の姑に仕えた5年間、非協力的な夫が変わった理由(わけ)?!



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今日は伝道の証しを紹介します。


私は、主人と舅、姑そして子供3人の7人家族で暮らしていました。
当時、主人は残業するのが常で、いつも帰宅は深夜。
家の事はほとんど私がやりました。

主人が単身赴任した時には、
反抗期だった子供達と
どの様に向き合うべきか酷く悩んだり、
また同居中の舅との考え方の相違もあるなど、
自分一人でいつも気を揉んでいるような状態に。

そのような中で、姑が認知症となり
介護することになったのです。


姑の認知症は、次第に悪化していきました。

姑は愛煙家だったため、他人が喫煙している
タバコを奪って吸おうとしたり、
毎朝5時になるとトイレを水浸しにして、
「トイレの人〜、トイレの人〜」と大声で私を呼びました。

また夜になると毎晩タンスから自分の洋服を取り出して、
風呂敷に包んで玄関から出ていこうとするのです。
この他にも色々な事があり、
私は心身共に疲弊して体調を崩し、
やがて自律神経や甲状腺の異常も見つかり、
頻繁に病院に通いました。

そして遂には、ご飯を食べた終わったばかりなのに
また欲しがる姑に対し、
「何でこんな事ぐらい分からないの〜。
私の方が先にどうかなってしまうわ〜」と不満を爆発させ、
本当に酷い言葉を姑に投げかけることもありました。

その後は本当に申し訳なく悲しい思いになりましたが、
私以外に姑をみる人もおらず、
「とにかく1日でも良いから、
私の視野から消えてほしい」とまで思ったこともありました。


私がこんな状態でも、主人は仕事が忙しく、
ほとんど手伝ってくれませんでした。
恐らく、認知症となってしまった自分の母親の姿、
特に私が姑のオムツを替えている
ところなどを見たくなかったのだと思います。

それでも、姑をお風呂に入れてあげた時のこと、
母親を見つめる子供のように
本当に嬉しそうな顔で私を見つめる姑に私も嬉しくなり、
「おばあちゃん、ごめんね!」と心の中で謝罪すると、
姑が愛おしくなっていきました。

認知症の姑を5年間、介護し続けました。
最後は、家族のことすらも分からなくなってしまった姑ですが、
私には「ありがとうね!」と労ってくれた様に感じました。
今思うと、姑には本当に申し訳なかったと思っています。


その後私は、息子たちの幸せな結婚を願い、
知人に誘われ講演会に参加したことがきっかけで、
教会に導かれました。

講演会の内容はよく分からなかったのですが、
和動の時間に親身になり話を聞いて下さるスタッフや、
幸せになる為の学びがとても良いと感じ、
自分自身をもう一度見つめ直す機会が出来ました。

実は私たちは一見すると
仲が良い夫婦のように振る舞っていましたが、
実はそうでもありませんでした。
私は主人を心から愛することができず、
何故か素直になれなかったのです。

しかし、ここで学ぶうちに、
原因は全て私自身の心の持ち方であることに気付き、
その後は主人や子供たちへの見つめ方や
心の姿勢に変化が起こるようになりました。


このように認知症の姑の介護と教会での学びを通じて、
私たち夫婦は、お互いを認め合い、
素直に感謝するようになりました。

そして夫婦の心が本当に一つになることにより、
子供たちの幸せにも繋がることを知りました。

今では主人も協力的になり、祝福を受けて共に学んでいます。
認知症の姑と生活を共にできたこと、
そしてこの道に出会ったことに今はとても感謝しています。
ありがとうございました。



素晴らしい証ですね。

み言に出会う前にも
認知症のお義母さんに
一生懸命尽くしてこられた土台があり、
もともと本質的な方だったのかもしれませんが
み言を通して、すべてが整理され、
そのことでご主人も導かれたのだと思います。

真の家庭、幸せな家庭を実現できるのは、
私たち家庭連合である、
そのことを堂々と自信をもって証ししつつ、
多くの人を導いていきたいと思います。



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