2021年12月06日

善霊(ミツバチ)と悪霊(銀バエ)を呼び寄せる人、その違いとは!? 《篠崎先生》



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篠崎先生のみ言。
今回は、『霊界から協助を受ける』です。


真のお父様(文鮮明師)は最高の伝道師であり、伝道勝利者です。

ですから、私たちが伝道師として勝利する近道は、
お父様のみ言から伝道の姿勢を学んで相続し、
実践することだと言えます。

お父様のみ言を中心に伝道の秘訣(ひけつ)を学んでみましょう。


伝道は対象者個人だけが対象ではありません。
その背後にいらっしゃる神様をはじめ、
サタン、天使界、善霊、悪霊、先祖、万物といった
すべてが伝道の対象圏です。

「神様に惚(ほ)れられる者になる」、

「サタンを自然屈伏させる」、

「先祖の過ちを蕩減する」、

「霊界の協助を受ける」、

「万物から讒訴(ざんそ)されない」、

「カインから長子権を復帰する」など、

伝道に関してさまざまな内容が語られてきましたが、
それらはみな、対象圏を感動させ、
自然屈伏させることなのです。

真のお父様は、私たちが先祖の過ちを蕩減して
「個人的な蕩減の基台」を立てた上で、
対象圏に対する蕩減条件を立てるのが原理原則である、
と指導してくださいました。

ですから、まず、私たちは霊界から協助を受けられる
立場に立たなければなりません。
伝道勝利の基本は霊肉界合同作戦なのです。


真のお父様は次のように語られています。

「伝道には何が一番重要かというと、
 霊的力が問題です。

 すなわち霊界がいかに協助するか、
 ということが重要になってきます。
 それが伝道実績に直接関係するのです」

(『伝道ハンドブック・み言編 み言に学ぶ伝道の姿勢』15ページ)


「伝道の効果を上げるためには、
 人々は個人的な蕩減の基台をもたなければ
 ならないという、霊的な法則があります。

 二人の人が同じ困難な状況に直面しても、
 一人は多くのことを達成できず、
 もう一人は容易に結果をもたらすことができます。

 その差は主に、成功した人の祖先は
 彼を協助する資格があるということから生じます」

(『ファミリー』1984年6月号、6〜7ページ)

私たちが霊界の協助を受けるに値する精誠を捧げなければ、
どんなに強く願っても、伝道の効果を上げることはできません。

例えば、ミツバチと銀バエが飛んできたとします。
ミツバチはどこに留まるでしょうか? 花です。
銀バエは? 汚物に留まるでしょう。

花は良い香りを漂わせてミツバチを引き寄せ、
汚物は悪臭を放って銀バエを引き寄せるのです。

それと同じように、私に善霊が協助するか悪霊が働くかは、
自らが花のように美しい存在になっているか、
汚物のような醜い存在になっているか、
善悪どちらと相対基準を持っているかによって決まるのです。

神様と善霊から協助を受けられる自分なのか、
胸に手を当てて考えてみてください。
本心はよく知っています。

サタンや悪霊から讒訴を受けているようでは、
伝道は実りません。
神様と善霊が働く私になるには、
心の姿勢と日々の信仰生活が重要なのです。

篠崎 幸郎・著(光言社・刊
『氏族伝道講座 喜びと幸せの生活伝道 み言の原点に立ち返る』より)
第五章 み言に学ぶ伝道の秘訣
一、蕩減の基台を立てる
霊界から協助を受ける



『長子権復帰』という言葉があります。
アブラハム家庭において、弟ヤコブが
兄エサウを愛で屈服させたことで、
兄と弟がひとつになった・・・
真の愛の投入により、善霊界が協助したのです。

また真のお父様は、興南監獄において、
12名の弟子を導きましたが、
この時は、み言を語ることなく、
真の愛の姿をもって導いたということです。

イエス様も愛の方でありながら、
奇跡によって伝道をしていかれたのですが、
お父様は真の愛によって導いたのです。

「私はあなたに従います」
という基準に至るためには、
それ相応の愛の投入が必要である、ということです。

父母の心情、僕の体
口で言うのは簡単ですが、
私の姿で見せることができる
実体で示せる者になっていきたいと思うのです。





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2021年11月27日

(証し)私が、信仰の親から学んだこと 伝道勝利の背後に 《篠崎先生》



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篠崎先生の「喜びと幸せの生活伝道」より、
今回は、『真の愛の投入/霊の親から学んだ信仰姿勢』です。

真の愛の投入

家庭においても、親は子供に真の愛をもって
一対一で犠牲と奉仕の精誠を尽くすのです。

親が子供に真の愛をもって、
それぞれ一対一で犠牲と奉仕を貫いたとき、
子供は孝の心情を成長させることができるのです。

多田聰夫(としお)・家庭教育局家庭教育部長(当時)も
「家庭力アップ講座」において、子供たちに絶対に必要なものは、
個人的な関心であると語っています。

子供にあなただけの時間を持ってあげる
ということが大切なのです。

それぞれの子供一人ひとりと月に一度は、
食事会などをして子供と一対一の時間を持ち、
共感する時間をつくるのがよいというのです。

生活圏において時間・空間を共にしながら
一対一で深く付き合い、揺るぎない信頼関係を築くのです。


伝道も同じです。
霊の親子(*註)の一対一の関係が、すべての関係の基本です。
【編集部注】「霊の子(霊の親)」は
「信仰の子女(信仰の親)」のこと
お父様も草創期は食口たち一人ひとりに精誠を捧げながら、
この教会の基盤を築いてこられたのです。

霊の子に対する霊の親の
一対一の犠牲と奉仕で育まれた心情をもって
新しい人が新しい人を伝道していくのです。

霊の親から学んだ信仰姿勢

私が伝道されたとき、霊の親は信仰歴が二年で、
私が最初の霊の子でした。

入教して間もない頃、教会の姉妹(女性信徒)が私の霊の親について、
「彼は、伝道しても伝道しても、対象者が離れてしまっていたのよ。
でも、雨の日も雪の日も、毎日黙々と聖地で祈祷を重ねていたわ。

そして3年目にあなたとあなたの霊の弟
(信仰の親が伝道した人、後で伝道された人が弟妹)
いっぺんに伝道されてきたの。
彼は本当に喜んでいたわ。
彼は人知れずコツコツと蕩減条件を立てる兄弟なのよ」
と教えてくれました。


私と霊の弟が共に入教した信仰の初期は、
毎日反省会の後、その日に「原理」や聖書を
学んで感じた疑問や質問を霊の親にぶつけ、
3人でああでもない、こうでもないと議論していました。
気が付くと、夜が明け始めていることもありました。

「原理」を研究し、み言を尊ぶ姿勢は、
その時に霊の親から学んだのです。


またある時、私の隣に敷いた、
霊の親が寝るはずの布団が使われていないことに気付きました。

霊の親は伝道勝利のために、40日間、
背中を床に着けずに寝る条件を立てていたのです。

ちょうど、真のお父様がダンベリーで
背中を着けて寝ることができず、
エビのように丸くなって祈祷をされていた頃です。

私は何度か、霊の親が総務室の椅子に座り、
机にうつ伏せになって寝ている姿を見ていましたが、
条件を立てていることは気付きませんでした。

 
皆さんは、これまで霊の親から何を学び、
霊の子に何を教えてあげたでしょうか?

霊の親が霊の子に精誠を尽くすという伝統を
霊の子が相続したとき、
新しい人が新しい人を伝道するようになるのです。

伝道していると、私が伝道された背景に、
霊の親の精誠の基台があったことを感じるようになります。
そこに伝道の妙味があります。

霊の子に対する霊の親の一対一の犠牲と奉仕の
投入こそが真のお父様の伝道の伝統であり、
教会の発展の力になるのです。

 
神氏族メシヤ活動は、私たちの住んでいる家を中心に
地域の人々を伝道することが願われています。

生活圏伝道は「私」を直接見せる伝道です。
自分の家庭が魅力的になることを通して
周囲の人々を引き付けるのです。

自らの生活圏内でために生き、周囲の人々を
愛と犠牲で自然屈伏させ、信頼関係をつくるのです。

自分の生活圏にいるすべての人を伝道対象者と考えて、
意識と関心を持って尽くすのです。

生活しているすべての時間が伝道の時間です。
言わば「生活圏伝道」です。
いつでもどこでも誰とでも、信頼関係をつくるのです。

それが、次の段階の一対一原理訓読や家庭教会へつながるのです。
全食口が360度開放された生活圏伝道に
向かっていくならば、爆発的伝道が起こるでしょう。

篠崎 幸郎・著(光言社・刊
『氏族伝道講座 喜びと幸せの生活伝道 み言の原点に立ち返る』より)
第四章 伝道のポイント
五、一対一伝道
『真の愛の投入/霊の親から学んだ信仰姿勢』

(blessed life)
2016年2月9日 発行
一部()書きで編集を加えています
文責:ten1ko2


篠崎先生の信仰の親(霊の親)が立てられた精誠、
本当に素晴らしいですね。

お父様のみ言、み旨の道『伝道』の項目には、
「伝道の効果は、霊的40%、
み言30%、実践30%として表れる」とあります。
まさに精誠の重要性を感じます。

地区でスタッフをしておられる石川部長(前・教区長)が、
先日、神氏族メシヤ研修会で
天寶修行の話をしておられました。

毎日4時半に起床して、水行・敬拝・訓読・祈祷、
そのような精誠を2時間されているそうです。

また、祈祷される時も、ただ時間を過ごせばいいのではなく、
別の考えが入ったり、眠ったりするとか、
訓読する時も、ただ訓読して何も感じなかったりとか、
そういうときは、最初からやり直されて、
内的な精誠も立てていかれる、とのことでした。

天一国時代を迎え、今まで以上に、
内的世界の精誠の重要性を感じます。




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2021年02月19日

「神様はどうしてこんなにも苦しいことばかり与えるのか」 自叙伝書写で得た奇跡は



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清平の冬景色1.28☆


浅川先生が紹介された、自叙伝書写の体験談。
長く引きこもりだった娘さんと二人で
書写を続けたのですが──


Aさんは84歳です。
長男、長女は県外で家庭を持ち、
ご主人が10年前に病気で亡くなってからは、
次女と二人暮らしです。

次女は小中高校、就職してからも
ずっといじめにあってきました。
中学の時には真っ裸にされプールに落とされるような、
壮絶ないじめに遭いました。
 
自律神経が乱れ急に倒れることもあり、
昼間もカーテンを閉め切って、15年間
ほとんど家から出ることができませんでした。

さらに毎日、「どうして私を生んだのか、
こんなに苦しいのに」とAさんを責め続けたのです。

Aさんはあまりに苦しくて受け止めることができず、
「この子がいるから、私はいつまでも苦しい。
このまま、娘に気を遣いながら生活しないといけないのか」
と思うと、人生に全く希望も持てませんでした。

そんな時、友人から自叙伝書写を薦められたのです。
「言葉を書写し続けると、必ず変わる」と言われたことを信じて、
娘にも薦めました。
娘もその言葉を信じて、親子で
一日も欠かさず書写を続けたのです。

娘は余白に「助けて下さい、
私の苦しい心を解放して下さい」と
用紙が真っ黒になるまで、
願い事を書き続けました。

事態はすぐには好転しませんでしたが
Aさんは、「必ず変わる」と信じて書写を続けました。
 
すると、ひらめきを得たのです。
「私は自分のことしか考えていなかった。
文鮮明先生の言う、為に生きることを
実践をしていなかった」

そこで通っている整骨院のトイレ掃除を始めました。

一生懸命掃除をする姿を見て、大勢の方が
「ありがとう」と声を掛け、中には
「どうして人の為にそんなことができるのですか」
と聞いてくる人もいました。

そしてついに、娘に対して
「あなたの苦しみに寄り添ってあげられなかった、
自分の思い込みで、あなたを追い詰めていた。
本当に申し訳ない母だったね
と素直に謝ることができたのです。

書写を始めて3年が経った頃、外に出られなかった
娘が、タクシーで買い物に行けるようになりました。

そして、Aさんに「これまで年取ったお母ちゃんに
ずっと無理をさせてごめんね、
これからは買い物には、私が行くからね」
と優しく言ってくれるようになり、
「これまでずっと愚痴を言ったり、
気持ちをぶつけたりしてごめんね」
と深々と謝ってきたのです。

「書写を書き続けたら必ず変わる」と信じ続けて3年。

次女は「これまでずっと、神様は
どうしてこんなにも苦しいことばかり
自分に与えるのかと怨んできたけれど、
今はこうして生きていることが嬉しい。

神様にも事情があったんだろう。
神様に感謝している」と穏やかに語りました。

「娘がいたから頑張れた。感謝だ」とAさん。
娘さんも「母がいたから生きてこられた。感謝だ」
と話します。
お互いを思いやり、気遣い、二人で寄り添いながら生きています。

広島県在住Aさんの体験談
引きこもりの娘が外出
(サンデー世界日報より)


感動的な証しですね。

親子二人とも、今までどれだけ苦しかったか。
そして、自叙伝書写を開始してから、
3年間が経過した、と言います。
1週間でも1か月でも1年でもなく、3年間。。。

決してあきらめることなく、
毎日毎日、ひたすら精誠を捧げていきました。
トイレ掃除をしたことも
大きなきっかけだったと思います。

昨日、復帰原理の講義を行ったのですが、
ヤコブ路程において、ちょうど同じような話をしました。

ハラン苦役路程において、
ラバンから10回騙されても、
ひたすら忍耐していったのは、
故郷でエサウと一つになるためだった、
今の苦労は、のちの勝利のために
肥しとなるためのものであると思う、と。

問題のない家庭など、一つもないのではないでしょうか。
今の現状のままでいい、とは思っていないのです。
だからこそ、問題解決のためにも
精誠を捧げていきたいと思うのです。




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