2017年04月22日

(証し) お母様を国賓で迎えたい!!インドの奇跡、セネガル(アフリカ)の奇跡!



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インド世界平和国会議員連合創設大会 4.7☆



徳野会長のメッセージが中和新聞に
紹介されています。
その中の一つ、奇跡的な証しをお伝えします。


趙誠一(チョウ ソンイル)・世界宣教本部長が世界で起きている奇跡として、
インドとアフリカの証を紹介しました。

インドでは、6年前は1人の食口しかいませんでした。
たくさんの迫害を受けた彼は、無実の罪で昨年投獄され、
6か月の牢獄生活を余儀なくされました。
しかし彼は、その牢獄生活の中で2人を伝道したそうです。

出獄した彼は一所懸命に活動し、
インドで影響力のある2人の国会議員を渉外しました。

その2人の議員が昨年、ネパールでの
世界平和国会議員連合(IAPP)創設大会に参加して感動し、
11月の米国での大会にも参加。

さらに今年2月、韓国でのIAPP設立総会に参加し、
真の父母様の思想やお母様のお姿に大変感動したのです。

そして、インドでのIAPP創設のために尽力した結果、
4月7日、国会議員124人が参加して創設大会が行われたのです。

1人の食口から始まり、2人の国会議員が
124人の国会議員を動員して創設に至ったのです。
まさにインドの奇跡です。


アフリカでは、セネガル、ザンビア、ベナンでの
奇跡的な証が紹介されました。

このうちセネガルの1人の大臣は、
ブルキナファソでのIAPP大会に参加して感動し、
2月の韓国での行事に参加してさらに感動したのです。
友人である大統領に話した結果、
「真のお母様を国賓として迎えたい」となりました。

そして、お母様の代身として特命総使が国賓待遇を受けた上、
セネガルにある600の学校で私たちが推進する
純潔教育の実施が決定しました。

このようにアフリカでは、真の父母様を国賓として迎え、
祝福を中心とした結婚観、純潔教育を青少年教育に
国家的次元で用いたいとの要望が寄せられています。




人口、世界第2位の超大国インド。
食口の数は、たった15名なのに、
120名の国会議員を動員しました。

セネガルの証しも素晴らしいですね。。。

時代の恩恵、勝利圏はここまで拡大、発展しています。
ただ、実践するかしないかが重要だと思います。

インドの証しを通しても、
基盤が問題ではなく、その人の決意が問題だ。。。
そのように思わされます。

教会長は常々言われています。
「出来るか出来ないかではなく、やるかやらないかです」
私たちも傍観者になることなく、
お母様が最前線で歩んでいるこの時、
やはり、実践あるのみですね。




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posted by ten1ko2 at 10:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月21日

(証し) 認知症の姑に仕えた5年間、非協力的な夫が変わった理由(わけ)?!



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今日は伝道の証しを紹介します。


私は、主人と舅、姑そして子供3人の7人家族で暮らしていました。
当時、主人は残業するのが常で、いつも帰宅は深夜。
家の事はほとんど私がやりました。

主人が単身赴任した時には、
反抗期だった子供達と
どの様に向き合うべきか酷く悩んだり、
また同居中の舅との考え方の相違もあるなど、
自分一人でいつも気を揉んでいるような状態に。

そのような中で、姑が認知症となり
介護することになったのです。


姑の認知症は、次第に悪化していきました。

姑は愛煙家だったため、他人が喫煙している
タバコを奪って吸おうとしたり、
毎朝5時になるとトイレを水浸しにして、
「トイレの人〜、トイレの人〜」と大声で私を呼びました。

また夜になると毎晩タンスから自分の洋服を取り出して、
風呂敷に包んで玄関から出ていこうとするのです。
この他にも色々な事があり、
私は心身共に疲弊して体調を崩し、
やがて自律神経や甲状腺の異常も見つかり、
頻繁に病院に通いました。

そして遂には、ご飯を食べた終わったばかりなのに
また欲しがる姑に対し、
「何でこんな事ぐらい分からないの〜。
私の方が先にどうかなってしまうわ〜」と不満を爆発させ、
本当に酷い言葉を姑に投げかけることもありました。

その後は本当に申し訳なく悲しい思いになりましたが、
私以外に姑をみる人もおらず、
「とにかく1日でも良いから、
私の視野から消えてほしい」とまで思ったこともありました。


私がこんな状態でも、主人は仕事が忙しく、
ほとんど手伝ってくれませんでした。
恐らく、認知症となってしまった自分の母親の姿、
特に私が姑のオムツを替えている
ところなどを見たくなかったのだと思います。

それでも、姑をお風呂に入れてあげた時のこと、
母親を見つめる子供のように
本当に嬉しそうな顔で私を見つめる姑に私も嬉しくなり、
「おばあちゃん、ごめんね!」と心の中で謝罪すると、
姑が愛おしくなっていきました。

認知症の姑を5年間、介護し続けました。
最後は、家族のことすらも分からなくなってしまった姑ですが、
私には「ありがとうね!」と労ってくれた様に感じました。
今思うと、姑には本当に申し訳なかったと思っています。


その後私は、息子たちの幸せな結婚を願い、
知人に誘われ講演会に参加したことがきっかけで、
教会に導かれました。

講演会の内容はよく分からなかったのですが、
和動の時間に親身になり話を聞いて下さるスタッフや、
幸せになる為の学びがとても良いと感じ、
自分自身をもう一度見つめ直す機会が出来ました。

実は私たちは一見すると
仲が良い夫婦のように振る舞っていましたが、
実はそうでもありませんでした。
私は主人を心から愛することができず、
何故か素直になれなかったのです。

しかし、ここで学ぶうちに、
原因は全て私自身の心の持ち方であることに気付き、
その後は主人や子供たちへの見つめ方や
心の姿勢に変化が起こるようになりました。


このように認知症の姑の介護と教会での学びを通じて、
私たち夫婦は、お互いを認め合い、
素直に感謝するようになりました。

そして夫婦の心が本当に一つになることにより、
子供たちの幸せにも繋がることを知りました。

今では主人も協力的になり、祝福を受けて共に学んでいます。
認知症の姑と生活を共にできたこと、
そしてこの道に出会ったことに今はとても感謝しています。
ありがとうございました。



素晴らしい証ですね。

み言に出会う前にも
認知症のお義母さんに
一生懸命尽くしてこられた土台があり、
もともと本質的な方だったのかもしれませんが
み言を通して、すべてが整理され、
そのことでご主人も導かれたのだと思います。

真の家庭、幸せな家庭を実現できるのは、
私たち家庭連合である、
そのことを堂々と自信をもって証ししつつ、
多くの人を導いていきたいと思います。



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2017年04月20日

自分ではなく、神の目で見る生活で、霊的感性が育つ?!  《金元弼先生の信仰サプリ》



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神様を感じたい!
霊的な感性を身に着けたい!
そのためにはどうしたらいいでしょうか。

それは、神様に一番通じる人に倣えばいいのですが、
お父様は、一人の偉大なメシヤというだけでなく、
真の父母、まさしく親でした。

金元弼先生の信仰サプリ
『メシヤと霊界』最終回です。


私達は、この教会に入会した日を考えながら
「ああこの日が教会へ入った日として自分自から祝うのではなく、
神が私を入会させる為に苦労なさったその苦労が
一段落して実を結んだ日として記念すべきではないか」
ということを考えていく時、
メシアに対する霊感というものが非常にするどく
敏感に私達に移ってくれるだろうと思います。

いつも私を中心としないで神を中心として考える考え方、
父母を中心とする考え力によって
神に対する霊感というものが鋭敏になっていくと思います。
幻とか霊の体験が霊感が開けていくのではないと思います。

神を中心とした心構えでみつめていくとするならば、
霊能者達は、見たり、聞いたり、話したりはするのですが、
私達は、その心の奥底を知ることができるのです。
霊的体験がないからといって心落とすことがないように。


人間の堕落というのは、神を中心として、
自分を一致させることができなかったのがはじまりです。
神が人間を創造する時、どのようにして創造したのだろう。

親が子供をお腹に持つのです。
お腹の子供は自分というものがあっては絶対に生きていけないのです。
親が食べたものをそのまま食べて、
親が考えたものをそのまま受けるのです。
少しでも親に反対すれば生まれて来ないのです。

完成の基準が成り立つまでには、
神のみ言の通りに神と一致したものでなければならない。
人間の5%は自分を立たさないということです。
神を先に立たせるのです。

お腹の子供は人間にたとえたのです。
親が動いても、止まっても同じくするのです。
人間は神を中心として通過しなければならなかったのであります。


なぜ神は自分というものを先に立たせるのが嫌かと云えば、
それは主体を中心とした対象になることによって
第二の主体として成り立たせようとしたからであります。

それが神の創造性を受けついだ、
神の創造のみ業に一致した権威を与えようとするのです。
ところがここに私というものがいたというのです。


堕落しない親を中心として一致しなければならない。
完全なる親というものはない。 
神が完全なる人として送ったのはメシアである。
又、メシアは私達にとって完全なる親として立ったのです。

ですから私達は親の言葉に絶対に服従して
一つになっていかなければならない。
初めから神に一致して歩んでいかなければならなかった人間であります。
神を中心とした私に帰るというお話です。



神様を動機とし、
神様を中心とする生活。

金元弼先生ご自身も
そのような生活を送ることに
生涯をかけて歩んでこられたので、
その重要性を感じられているのだと思います。

『私』の思いではなく、
神様を先立たせていきたいです。





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