2017年03月22日

史吉子先生がお母様にかなわないと感じた理由(わけ)?! お父様が語る3つの美徳



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今日も、史吉子先生の『原理に関するみ言の証』から、
み言を紹介します。
『真のお父様が称賛された三点』です。



私が、真のお母様のお近くで侍るようになったのは、
お母様が譽進様に続いて孝進様をお生みになったときからです。
そのころ、真のお母様と多くの対話をしながら過ごしました。

私は、真のお母様よりも十歳年上ですが、
真のお母様に接しながら感じたことは、
真のお母様は、大母様の信仰の土台の上で生活し、成長されたので、
相当、信仰的に深い内容をお持ちであるということでした。

真のお母様は、聖貞(現・善正)女子中学校を出られた後、
看護学校に通われていたときに、真のお父様とご聖婚されました。


私は、真のお母様に侍りながら、
世の中の知識から得ることができるものは、
とても表面的であるということが分かりました。
その反面、真のお母様が持っておられる世界は、
とても霊的であり、啓示的です。

ですから、私が十のことを話したとしても、
それは表面的であり、一般的な知識なのですが、
真のお母様は、それを一言で整理してくださるので、
私は、その一言に驚くのです。

真のお母様は、普通の人とは違い、
深い知恵と霊感があられ、
とても正確に物事を認識されるということです。

ですから、真のお母様に接するとき、
この世の中の学問、知識も、お母様の内的な世界には
及ばないということを、いつも感じます。


真のお父様は、以前、真のお母様に対して、
三つのことを挙げて、とても称賛されました。

一つは、非常に霊感的であられるということです。
真のお父様が何か決定を下そうとされるとき、
真のお母様が、ある一言をおっしゃると、
お父様は、そこからヒントをお受けになるというのです。

二番目は、真のお父様に対して、
信仰的に絶対に従順であられるということです。

三番目は、非常に心情的であられ、
所有観念がないということです。


例えば、真のお母様は、多くの贈り物を受けられますが、
そのさまざまな装飾品や服などをご自分のものにしようという思いは、
全くお持ちでないのです。
受け取られると、まず、“これは、だれに必要だろう?”と考えられるのです。

これは、有名な話ですが、
真のお父様が世界巡回をされたとき、
当時、十分なお金はなかったのですが、
真のお母様に指輪を一つ買ってさしあげられたということです。

真のお父様は、真のお母様が、その指輪をはめているのを、
一度も見かけられなかったそうです。

それで、真のお父様が、
「その指輪を、どうしてはめないのか?」
と尋ねられると、真のお母様は、
「それは、だれかに上げました。」
と、おっしゃったというのです。

真のお母様は、その指輪をだれに上げられたのかさえも、
お忘れになっていたのです。


それで、真のお父様は、
「皆さんは、このような真のお母様に侍っているということが、
どれほど幸福なことか分かりますか?」と、おっしゃいました。

もし、真のお母様が、“自分が受け取るものは、自分のものである。”という、
そのような所有欲のあるかたであられるとすれば、
「それを、だれだれに上げなさい。」と、いちいちおっしゃらないはずです。

ところが、何か良い物が手に入ると、
ご自分のことは考えられずに、“だれに上げようか? 
これは、だれにとって必要だろうか?”と、真のお母様は考えられるのです。

例えば、私が、“服が必要だ。”と思うと、
口にも出していないのに、ちょうど私に合った服を下さるのです。




真のお母様の素晴らしさを
お父様は見抜いておられました。
今もなお、同じ思いでお母様を見つめておられます。

そして、お母様ご自身も、
お父様の願いに応えるべく、
最前線でみ旨を歩まれています。

何で真の御父母様を引き剥がそうとするのかな・・・
最後の時だから、そうなのでしょう。。。

でも、そのことに対して、
批判することは誰だってできます。

だからこそ、私たちは、
真の御父母様の素晴らしさを堂々と
証ししていきたいと思うのです。




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2017年03月21日

思春期前の2世たちへ! お父様の性教育とは?!  《史吉子先生》



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史吉子先生の『原理に関するみ言の証』より

堕落論のところに
「二世たちに、罪の根を確実に教育しなさい」
という項目がありました。

抜粋して紹介します。


お父様が数年前から私に、
「吉子。あなたは今から二世たちに
原理を教え、原理講師を育てなさい。
なぜかと言うと天使長ルーシェルが
エバを12歳の時から誘惑しようと狙ったからだ」
とおっしゃいました。

12歳の時から祝福家庭の二世たちは、
自分の体と守らなければなりません。
しかし、この善悪を知る木と生命の木が
何を象徴するのかということと、
エバが天使長と不倫な関係を結んだ
ということを理解させることでした。


これを幼い子供たちは、
簡単に理解できません。
私は、「これをいかに易しく
話すべきか」と考えながら、多く悩みました。

お父様は、女の生殖器と男の生殖器を
凹凸に譬えられながら、
「男の凸と女の凹を合わせるのが結婚だ。
それで、堕落とは何か?
自分の相手でない他の相手と
凹凸を合わせたことだ」
とおっしゃいました。


人は朝起きて、顔を洗うとき、
頭を下げて洗います。
上を見ながら顔を洗う人は
一人もいません。
皆、頭を下げます。

これが何かというと、お父様は
「神様、よくお休みになれましたか?」
とご挨拶するのだそうです。

神様を知らない人も、
自分も知らない間に神様に挨拶しているのだそうです。


お父様は、「統一教会人はその時に、
挨拶をもう一つしなければならない」
とおっしゃいました。

「神様、よくお休みになれましたか?」
と挨拶してから、
「凹様、凸様、よくお休みになれましたか?
今日も私の凹様、私の凸様をちゃんとお守りします」
と挨拶しなさいというのです。

なぜならば、これが最も重要なことだからです。


ある日、私がお父様に
「お父様、私が二世教育を易しく、
詳しくしています。
凹凸を教えてあげたら、二世たちが
『わかりました。ちゃんと守ります』
と言います。
また、親たちがとても喜びます」
とお話したところ
お父さまが大変喜ばれました。

そして、「そうだ、そうだろう。
凹凸は、私たち統一教会しか知らない秘密だ。
続けて教育しなさい」とおっしゃいました。

皆さんも子供たちに対して、
絶対にあそこをむやみに触ったらいけない
ということを教えてください。

そして自分自身の凹凸も
触ってはいけないと、教えなければなりません。




お父様って凄いですね。。。
毎朝、顔を洗う時、神様に挨拶し、
さらには、凹凸にも挨拶する・・・
それを子供たちに教え、性教育する・・・
こんな発想はお父様しかできないと思います。

うちの子供たちも堕落論をさんざん聞いてますから、
祝福前の男女問題に対しては、
良くないものだと思っています。

ただ、機会があれば、凹凸の話もしたいと思います。
だって、お父様が言われたんですもんね。




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2017年03月20日

私たちは世界のために! お父様の語る祝福の価値  《金元弼先生の信仰サプリ》



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金元弼先生のみ言
『先生に倣う生活』の最終回です。


文先生が与えてくださる祝福(結婚)について
お話ししてみたいと思います。

祝福には四つのポイントがあります。

まず神の愛を中心として心と体が一つになった
真の男性、真の女性になることです。
心と体は愛を中心としてこそ一つになることができるのです。

第二番目は真の夫婦になることです。
真の夫婦というのは、相手のために生まれ死んでいく夫婦です。

第三番目は、真の親になることです。
親は子供のためにあり、子供は親のためにあるという関係をつくることです。

次は、真の家庭をつくることです。
真の家庭は氏族のために、国家のためにある家庭です。


先生は神の愛を実践するに当たり、
ご自分の子女よりも弟子たちを愛してくださいました。
先生は一番心情の近い家族を犠牲にして自分の周りの人を愛されたのです。

そして、私たちにも常に、どこの国に行っても
その国の人を自分の子供たちよりも愛しなさいと教えられるのです。
それはなぜでしょうか。

自分の子供よりもそういう人を愛したならどうなるでしょうか。
その愛を受けた人は、授受作用の原理によって受けたごとくに、
自分の子女を犠牲にして愛を返してくれるからです。

結果的には多くの人に尽くすならば、
多くの人から愛を受けるということです。



世界のためにある統一教会

神が理想の出発を「ためにある」ということに
置かれた理由がそこにあるのです。

神が「自分のためにある」ことに幸せの原点を置いたならば、
人間が神のために尽くせば幸せでしょうが、人間には喜びがないでしょう。

人間を中心に考えれば、神は人間のために存在するのですから
人間には良いでしょうが、神には喜びがないでしょう。

では神も喜び、人間も喜ぶためにはどうしたらよいでしょうか。
他のために在る以外にはないのです。
そうなれば神は人間のために在り、
人間は神のために在るので、両方に喜びがあります。

ですから神が理想の出発点を自分のためではなく、
他のために生きるところに置かれた理由が分かります。


夫婦の関係も、もしお互いに自己中心的ならば、
自分を喜ばせるために相手が存在するとして要求し合い、
一体化することはできず、幸せにはなれません。

しかし、夫は妻のために、妻は夫のために生きれば、
お互いに満足することができるのです。


先生は、統一教会は統一教会のためにあるのではなく、
統一教会を犠牲にしても世界を救うためにあると語られます。
そうすれば世界が統一教会を守ってくれると言われるのです。

例えば、このヨーロッパの統一を歴史の中で
考えた人たちは多くいました。
しかし、なぜそれができなかったのでしょうか。
それらの人々は、自分の民族や国を中心として
やろうとしたのでできなかったのです。

もしその民族や国が自ら犠牲になって
ヨーロッパの統一のためにやったならば、
それが不可能であったでしょうか。


民主主義と共産主義の一体化も、
神の愛を中心として「ために生きる」時に
初めて統一された愛の世界が実現されるのです。

先生がこのたびモスクワに行って、ゴルバチョフ大統領に会って
話されたことが正にそのことなのです。

今若い学生たちはどの方向に行くべきか分からず、さまよっています。
こういう若者の行く道を文先生に任せておくだけではいけません。
私たちの協力を先生は必要としておられますから、
今から心を一つにしてヨーロッパを、世界を救うようにしましょう。

文先生ご夫妻に代わりまして、神の愛が皆様に、皆様の家庭に、
国にありますようにお祈りしながら、これで私の話を終わります。


何度かにわたって紹介したみ言ですが、以下のように紹介されています。
※5月4日から8日まで、プラハにて第4回ISUM
(Introductory Seminary on the Unification Movement
:統一運動紹介セミナー)が開かれ、
チェコから13名、東ドイツから3名、ハンガリーから5名、
ポーランドから12名、ルーマニアから11名、ブルガリアから11名、
ソビエトから7名、ユーゴスラビアから10名、
合計72名の代表が東欧圏から参加しました。

4名の講師が統一原理の概観を紹介し、
フレデリック・ソンターク教授が今日の東欧におけるメシヤ観、
ユダヤ教とキリスト教のメシヤ観の比較、
真の父母としてのメシヤ観を紹介しました。

そして、最終日に金元弼先生がこの証を話されました。



真のお父様の『ために生きる』精神、
その心情を金元弼先生がわかりやすく解説してくださいました。

真の御父母様に倣う生活を
私たちの家庭、そして教会がなしていくならば、
間違いなく発展していきます。

御父母様の心情を受け継ぎ、
そのごとく実践していくことなのです。
誰が何と言おうとも・・・





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posted by ten1ko2 at 06:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 信仰生活・信仰講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする