2017年10月13日

いつもお母様のとなりにお父様! 「孝情」摂理のスタート!! ≪趙世界本部長≫1



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お父様聖和以降、真のお母様は私たちの心を束ね、
先頭に立ち、摂理を引っ張って来てくださいましたが、
傍らには常に真のお父様がおられ、
共にその夢を具体的に実現していかれているのだといいます。

お母様を実務的に支えてこられた
趙誠一(チョウ ソンイル)世界本部長による証しです。
今日は、3年侍墓精誠についての内容です。


お父様が霊界に行かれてから
お母様はお父様にこう語られました。

「お父様、命尽きる日まで、必ずや
天一国をこの地上に成して差し上げます」


そしてその時から始まって3年間、侍墓精誠が出発しました。
この期間はどの指導者にも、誰にも語らず、
3年間、至極精誠の父母様の路程が出発しました。


そしてその3年路程が終わる頃、お母様が
侍墓精誠の意味を一つ一つ説明し始めました。

本当はこの地にメシヤ、再臨主が来られる時は、
少なくとも6000年の天の父母様の摂理があり、
2000年間のキリスト教の摂理があったので、
どうしても国家圏の基盤の上に、
真の父母様が顕現されなければなりませんでした。

そしてお母様のみ言によると、お父様が霊界に行かれる前に
少なくとも一国が復帰された立場で行かれるべきだったのに、
それを私たちが、して差し上げられなかったということでした。

そのため霊界へ行かれたお父様が、天の父母様に、
霊界で安着する最後の孝の道理を果たすために、
精誠を捧げた特別期間が3年期間であり、
お父様が精誠を捧げた3年間を共にされたのが、
お母様の3年侍墓精誠だったと規定してくださいました。


そして、はっとして日付を見ると、
天宙聖和3周年の3日前だったので、
天宙清平修練苑の苑長を呼んで、
これからは情心苑に孝進様のお写真を
迎えるようにとの指示をされました。

こうしてこの三年間、真の父母様が天の父母様に対する
真の父母様の人生の路程と痕跡を、
摂理的な用語一言で規定してくださり、
その伝統を立てられました。

それが「孝情」です。

それでこの三年侍墓精誠を、勝利的な土台の上で、
私たちに孝情の伝統として相続してくださり、
真の家庭を中心として見た場合、
孝進兄さんと興進兄さんを中心とした真の家庭の四位基台を
永遠なる四位基台を復帰した土台の上で迎えた
天宙聖和3周年だったとおっしゃいました。   (文責:ten1ko2)

2017天一国指導者総会
趙誠一世界本部長、閉会の辞
9.10



韓国において、侍墓3年間精誠は、
基本的に、子供が親の前に立てる精誠です。

ご家庭の中で様々な事情がありましたが、
実際、お母様が精誠を捧げられたのは、
本来、お父様が地上で果たすことができなかったことを
蕩減復帰するものであった、ということなのでした。

3年間の精誠を捧げられ、
孝情の道理、見本を立ててくださった、
真のお母様に改めて感謝したいと思います。

続きます。




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posted by ten1ko2 at 09:20 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月12日

「本当に大切なものは目に見えない!」 サン・テグジュペリならぬ《金ウォンピル先生》?! 



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金元弼先生のみ言、
今回のテーマ、最終回です。


今私が皆さんに言いたいことは、
見えるものよりも見えないものを知るようになろうということです

ある人がだれかに水をあげるとしましょう。
水は見えるものですが、見えないものがあります。
それは何でしょうか。

その人が水をあげる時に、それを飲んで健康になれるようにと
清めて持ってきた心というものは見えないものです。

どちらがより貴重でしょうか? 
目に見えるものでしょうか、目に見えないものでしょうか。

ですから私たちは兄弟姉妹の関係においても、
目に見えるものよりも、その背後にある見えないものを
お互いに知ることができるように努力すべきです。

そのごとく、私たちが、真の父母の目に見えない部分を知ることが、
神の、真の父母の心情を知るということです。
心情というものは目に見えないのです。

そういうわけで私は、鉱山の人が土から宝石を探し出すように、
皆さんがもっている背後の良きところを見つけ出し、
掘り出そうと思っています。

そうすることによって、真に皆さんを愛することができるからです。
これが、私が先生から言われた、「開拓精神」というみ言の中の、
一つの大きな開拓事業であると思っています。



神と真の父母を喜ばせるために

皆さん、いかがですか? 
だれにも言わない、自分の良いところを
人々が分かってくれるというのは。
知られると嫌ですか。

それを私が分かるほうが良いですか。
真の父母に分かってもらうほうが、もっと良いですか。

そこで私は皆さんの良いところをどんどん見つけて、
それを真の父母に伝えてあげたいのです。

これが、私がこの国に来て一番やりたいことであり、
私の使命の中でも重要なものです。
そのためには、神と真の父母が願うことを、
皆さんにやってもらわなければなりません。

ところが皆さんには神の願いが分からないところがありますから、
それを教えるのが私の使命です。

時には私の言うことが皆さんにとって
気に入らないこともあるかもしれませんが、
それでも私の言うことを聞いてくれますか?
(はい!)。
それが私を一番助けることです。

そうすれば、真の父母は、神は、皆さんの良いところを見て、
また皆さんの国の良いところを見て、お喜びになるでしょう。
そうしたらその神は、真の父母は、皆さん一人一人を、
また家庭を、皆さんの国を、
そしてヨーロッパを祝福したくなるでしょう。

それが私がやりたいことです。
私と皆さんが心を一つにして助け合うことができれば、
それが可能になるだろうと思います。
皆さんはそういうことをしようとする私を助けてくれますか?
(はい!)。

神が喜ぶことを、真の父母が喜ぶことをたくさんしましょう!

1986年5月15日 ドイツ・フランクフルト本部教会
『目に見えないものを大切にする心』



真のお父様は、
目に見えないものを感じ取られた方です。

周藤先生の証しで、
お父様のために栗を買って、お父様に差し上げた、
ところがあまりも不味くて、
周りの食口たちもみんな不味そうにしていたのに、
お父様だけが、『美味しい、美味しい』
と言って、おかわりもされた。
それは、周藤先生の心情を味わっていたからだ。。。
そのような内容を聞いたことがあります。

真のお母様も、
霊的にとても敏感でいらっしゃいます。
背後の心情、というものを見つめておられるからだろうと思います。

私たちも目の前だけを見るのではなく、
その背後の心情を見つめる努力をしながら、
霊的センスを磨いていかないといけないと思います。



じゃあ、秘密を教えるよ。
とても簡単なことだ。
ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。
本当に大切なことは、目には見えない。
君のバラをかけがえのないものにしたのは、
君がバラのために費やした時間だったんだ。


サン・テグジュペリ「星の王子さま」より





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2017年10月11日

一体化するために、相手の過去を知ろう?! 《金元弼先生》



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金元弼先生のみ言、続編です。



人の過去にも関心をもつ

私は、ここへ来て皆さん一人一人を眺め、心から好きになりました。
それは、私の率直な気持ちです。

今まではアメリカで皆さんとは距離を置いてきましたが、
今は直接お会いできるようになりましたので、
一人一人を本当に深く知ることができるように努力したいと思っています。

私たちは、教会の中で因縁をもって一緒に生活していますから、
教会に入ってからのことについてはお互いによく知っています。

しかし、教会に入る前のことについては、
よく分からない世界がたくさんあると思います。
私も同じです。

また、私たちは、先生ご夫妻に会ってからの
ご夫妻のことについてはよく知っています。
しかし、それ以前のことはよく分かりません。
ですから私たちは、今のことよりも、
自分の知らない先生のことを知りたいのです。

ところが私たちは、真の父母に対して、
自分が出会う以前のことを知りたいと思いながらも、
兄弟に対しては、それほど知ろうとしないのです。

私は親に対しては言うまでもありませんが、
皆さんに対しても、過去のことを知りたいと思っています。
それは根深く、根深く一体化したいからです。
それが分からないから兄弟の大切さを忘れることがあるのです。



目に見えないものの貴重さ

一つの例を分かりやすく話してみましょう。

一人の貧しいこじきがいるとします。
これをこじきだと思ったらそれほど関心はありません。
しかし、そのこじきの過去を調べてみると、
その親がある国の国王だったと考えてみましょう。

そうすると、ただのこじきで終わるでしょうか。
そうはならないでしょう。
そのこじきを大事にする心が出てくるのです。
そうでしょう?


また、私たちのメンバーの中に気に入らない人がいるとしましょう。
しかしその人は、過去に自分の親から愛され、
本当に親孝行した人であるとするなら、
その人に対する考えがどう変わるでしょうか。

そういうことを考えてみると、今現れているものばかりでなく、
現れていない部分を知るということが、どんなに大切なことかが分かります。

先生は、北韓のろう屋から出られた時に、
ろう屋の中で食べておられた食べ物を持ってこられ、
平壌に残っていた弟子たちにお土産として分けてくださいました。

ただ有り難いと考えるかもしれませんが、
先生がろう屋の中で食べたいけれども食べないで、
弟子たちにあげようと思って持ってこられたものだと考える時に、
どんなに感謝の心になるでしょうか。

1986年5月15日 ドイツ・フランクフルト本部教会
『目に見えないものを大切にする心』



私たちは平面的な観点で物事を見つめがちです。
物事を立体的にみること、
平面的にみると問題がある時ほど、
そのような見つめ方が必要なのではないでしょうか。

かつて、復帰摂理のノア家庭において、
ハムがノアの裸につまずき、
心情一体化するための摂理が失敗したように、
一つ一つの現象の背後を
見つめていくことが大事なのだと思います。

続きます。




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