2017年04月19日

(証し) 誕生日の盛大なお祝い、お父様はどうされたのか?! 《金元弼先生の信仰サプリ》



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今年の御聖誕日、真のお母様は
お父様との最初のお食事を思い出されながら、
お手紙を添えた「食膳分かち合い祝祭」として
その場の全員に同じ昼食を配られました。*

草創期、ご父母様のお食事がどんなだったのか、
また誕生日はどのようにお祝いされたのでしょうか。
あるお誕生日にまつわるエピソードです。

金元弼先生の信仰サプリ
昨日の続編です。


1960年迄は、先生はいつも食卓なしで
床の上に直接お盆をおいておあがりになり、
1960年になってから初めて食卓でおあがりになったのです。

先生の誕生日なども、天は非常にメシアを愛するからこそ、
盛大にやってくれるのを願うのです。
親が愛する子女の為に盛大にやってあげたいのは当然でしょう。


しかし先生は、神のみ言をきかない時がある訳です。

先生は、「私の誕生日の為に何か準備しているんだろう。
そのお金を全部集めなさい」集めさせて、神に向かって
「今、こういう時期にありまして、
あなたはこういう願いがあるのではないでしょうか」 

たとえていえば、今地方には、たくさんの教会がある。
ところが車がないから、いちいち歩きながら伝道しなければならない。
地区長はバスにのったり、歩いたりしながら
兄弟達を見守って上げなければならないから、
あなたの摂理を進めるのに非常に遅い。
早く世の中の人にみ言を伝えんが為に機動力が必要である。

だから私の誕生日を盛大にやってくれるのもありがたいけれども、
このお金で車を買うのは如何でしょうか。
そして車を買った。


神のみ言を行わなかったけれども神は、おこらないというのです。
親が愛する子供の為にたくさんのお金を惜しまず使おうとした場合に、
その子供が、そのお金を使わないで私に下さい。

そのお金を親が喜ぶことのために使ったとするならば
その親は親不孝者だとして叱りつけるだろうか。
それともそういう心遣いの子供をみて
涙ぐましく感じるだろうかということと同じです。


10月14日は先生が興南の刑務所から自由の身として
釈放されたその日を記念する為に式典を行うことがあります。

「今度の14日の式典はどのようにしましょうか? 
教会内でしましょうか? 
野外にしましょうか?」と伺ったら、
先生は、「今年までは守らなければいけないよ」と言われたのです。

先生にしたら、非常に思い出深い日である訳です。
私達としても先がこの日を勝利して
自由の身とならなかったならば
私がこのような立場にはならなかっただろうということを考える時に、
非常にこの日が尊い日であることを考えざるを得ない訳です。

ところが先生は、私が釈放された記念すべき日だという、
そういう記念の日として守るのではなく、
そういう危ない境地の中にありながらも、
私をこのようにして見守って下さった
神の愛を記念するべき日だと考えられるのです。


たとえば世の中でも、非常に難かしい学校に
入学した記念すべき日が巡って来ると、
私が合格した喜ばしい記念の日だと考えがちであります。

しかし、私にこういうような感激の日を迎えさせんが為に、
陰に陽に親が苦労されて来たその期間が
実を結んだ日であるということを考える人があるとしたならば、
その日はいい加減に迎えられないのです。
親の苦労をしのぶ日として守らねばならない記念の日です。


もし先生が、自由の身として釈放された
記念すべき日として判断されたとするならば、
今年まではこの日を守らなければならないんだ
ということを言わなかったであろうと思います。

ところが先生がこの日を記念しなければならないということは、
私を自由の身として守ってくれた神の愛を記念すべき日だ
と考えて来だからこそこの日を大事な日として
記念してきたことがわかる訳であります。

こういう心がけというものは、
神が幻に現れて教えてあげるよりも、
もっと貴重な教えだと思います。



神様を愛する真のお父様ならではの、
貴重なエピソードですね。。。

信仰初期のころ、自分の誕生日には断食をしたのを思い出しました。
お父様が若い頃、そのように過ごされたからと聞きました。

また、イエス様の33歳の苦労の生涯を思い、
3年の公生涯を越えるということだったか、
4年間は3数の献金を納めました。

今でこそ、御聖誕祭を盛大に祝うようになりましたし、
私たちも、自分の誕生日にケーキやプレゼントなど頂くようになりましたが、
長い期間、お父様、お母様が、苦労してこられた
そして、勝利してこられたそのゆえであると
心から感謝します。

自分のこと以上に食口を愛するがゆえに、
ご自身の誕生日も祝うことなく、
食口のために尽くしていかれたお父様。

また何より、神様の真の願いを優先して
み旨成就のために
犠牲を犠牲とも思われないかのように
率先していかれたお父様。

今は、霊界において、
神様とともに、お母様に対して、
そして、お母様に侍る者たちに対して、
全面的な協助をされる
真のお父様であるに違いありません。。。

もう一回続きます。
*「食膳分かち合い祝祭」については、↓こちらをどうぞ
感動、お母様から手紙が?!食事に添えられた真の母の愛!




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2017年04月18日

お父様はメシア、だから何でも知っているのか?! 《金元弼先生の信仰サプリ》



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金元弼(ウォンピル)先生の信仰サプリ
今回は、『メシヤと霊界』から紹介します。


時たま、先生はこんなこともするのです。

ある人が心づくしのお菓子をもってきたのでした。
ところが先生は、受け取らないのです。
せっかくおみやげに持ってきたその人は淋しかったかも知れません。

後で知った訳なのですが、その人がそうされることによって
自分をかえりみるというのです。

この人は、先生が真のお父様である
というお告げを受けていた人であったのでした。
普通の人には、先生はそんなことはしないのです。

しかし、この人は神のお告げによって
心づくしのものを買ったのでしたが、
それが百円のものを九〇円にして貰えないか
といって買ってきたのです。

私達でしたら問題にはなりませんが、
お告げによってメシアが分かってついて来た人が百円でも、
たとえ百円のものが千円だと言われても
高いと考えてはいけない立場なのです。

神の願いから離れた考え方だったのです。
それをどのように先生はお知りになったのか分からないのです。


ある食口が私にこういうような質問をするのです。
メシアであるなら何でも知っていますか?と。
皆さんはどういうように答えたらいいと思いますか。

私は「知ろうとすれば何でも知ることのできる方である」
と答えたいのです。

「先生は何故私達に聞かれるのですか。
試す為ですか?」
そうじゃない。
知ろうとすれば何でも知れる方であります。


あの人は非常に悩みがある、
あの人はない人だということはわかるのです。

個人個人のことをただではわからない。
神に通じなければできない。
霊界に通じなければならない。
お祈りの時間が必要である。

神の願うたくさんの重要なことがあって、
それでも時間が足りないという時に、
個人の事情を知る為に時間を費やすことは勿体ない。

しかし、その人が本当に
神の前にあって知らなければならないことで、
それをすることが数多くの人にとって
必要ならばする事もあり得るでしょう。


先生に対して私達が研究しなければならないのは、
一つは真理の面に於て、二つめは人格の面で、
三つめは心霊の面でお父様を研究していくならば
自然と自分が近くなっていくのです。

神の為に、人類の為に自分を推し進めて行くならば
必ず私達の心にはっきりしていくと思います。




私たちから見れば、何でも知っているように見える父母様。
お父様は、知ろうとすれば
なんでも知ることのできる方だと、金元弼先生は言われます。

まさに神様が願うことを優先し、神様を中心として
摂理を中心として、見るもの聞くもの、思いまでも
主管してこられたのでしょう。

確かに、メシアだからといって、
流行りの歌やファッションにまで精通しているわけではないし、
知る必要がないものもあると思います。

それでも、お父様が『霊的に』
何でも知ることができるお方であることは確かです。

昔の大先輩たちは、
お父様から直接アドバイスを受けて、
そのみ言がご本人にとって、
どれだけ大切な命のみ言であったか。。。
そのことによって、
新たなる信仰の出発をしていかれました。

羨ましい側面もありますが、
今は残されたみ言、
そして、お母様のみ言を命として、
受け止める必要があるのだと思います。

続きます。





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2017年04月17日

今日が『真のイースター』?! 82年前、お父様がイエス様と出会う?!  1935.4.17



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今日は4月17日です。
キリスト教においては、昨日がイースターですが、
私達、家庭連合においては、
今日が、『真のイースター』です。

1935年の今日、真のお父様は、
イエス様と霊的に出会われました。

毎年恒例になりましたが、ここで質問です。
その時、お父様とイエス様は、何語で話されたのでしょうか?

周藤先生が、ご自身の体験談をふまえ、
このことについて話されています。


お父様は昔、アメリカでインタビューを受けました。
その時に、イエス様から啓示を受けたことに
話が進んでいきました。

記者たちはこう質問しました。
「イエス様は何語で話されましたか?」

その時に、お父様はすぐさま、次のように答えられたのです。
「韓国語です」
その答えに、記者たちはみんなあっけにとられました。

私も若いころ、
実はイエス様から啓示を受けたのです。
その時の言葉は何語だったと思いますか?
日本語なんです。

じゃあ、イエス様は韓国語を話すことができるのか、
日本語が話すことができるのでしょうか。

私なりの解釈ですし、
正しいかわかりませんが、こう思います。

イエス様は想念だけを送られたのです。
その想念を自分の一番得意な言語に移し変える
私たちは特別なメカニズムを持っている、
そのように解釈します。

だから、お父様の得意の言語は
当然韓国語だから韓国語に、
そして、私は日本人ですから、
日本語として啓示を受けた・・・
そのように思います。
でも、これは、正しいかどうかはわかりませんよ。
(U−ONE TVより)



答えは、『韓国語』です。

やっぱりそうですよね。。。
霊界は心情の世界だから、
何語でも通じるのですよね。。。

周藤先生がイエス様と霊的に話をされたということ、
それも、とても貴重な証ですが、
以前取り上げていますので、こちらをどうぞ↓

イエス様に侍る方たちは、
霊的な真の父母の愛を受けて、
霊的な救いを受けました。

私たちは、真の御父母様を通して、
実体的な真の父母の愛を受けて、
霊肉ともの救いを受けた立場です。

復活したイエス様と出会った弟子たち120人が
一つとなって祈りを捧げ、
ペンテコステの役事を受けたことを思うと、
私たちも一つになって、祈りを捧げつつ、
それ以上の役事を受けていきたい、と思うのです。。。




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