2017年06月12日

泣く教会、再び! そして迫害の始まり…! 《キリスト教牧師からの華麗な転身⁈ 李ヨハネ先生》4



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李ヨハネ先生の証し、続編です。


釜山(プサン)の凡一洞(ポミルドン)の土の家から始まったみ旨の伝道により、
日ごとに人々が多く集まるようになり、
毎日我々を中心として新しい様相が展開されました。

まずみ言により復活変化して行ったことは人の心であり、
次に周囲から私たちを見る目でした。

私たち食口が数名しかいないときは、
周囲の関心は別にありませんでしたが、
だんだん食口が増えると高麗派(の教会)から
「凡一洞に変な集団がいるので注意しろ」という広告が出され始めました。

特に食□たちの往来が激しくなり、先生は長い時間み言を語られました。
その上にまた金元弼氏が稼いだもので、その日その日を暮らしていたので、
経済的にとても難しく、また先生は金ができると
みんな貧しく不幸な人に上げてしまわれました。

そうして人々が集まるにつれて、社会の冷たい目も集まって来ました。
そうでなくても先生は北から来られた立場なので、
警察や憲兵隊の疑いを受けやすく、
一体どんな理想を持って人があのように出入りし、
社会的な肩書もなく教会の看板もなく、
(既成キリスト)教界から認定もされないのに、信仰の熱気が高いのか、
すべての人たちが疑いの心を捨てることができませんでした。


たまたま姜賢實(カン ヒョンシル)さんが入教した後、
光福洞(カンプクドン)の高麗派(の教会)から
権士や執事が入って来て、私と因縁のあった教人が
よく教会に来たりするようになりました。

ソウルから避難して来た人が多い所でした。
教界から我々に反対の矢を向けるようになった原因は、
玉世賢(オク セヒョン)さんの夫である長老の影響も大きかったのです。

その人は玉さんのおばあさんが平壌(ピョンヤン)でも先生に従い、
釜山に来てからも従うので不満に思って、多くの迫害をなし、
教界に密告し再臨主として従っていると、いろいろ陥れようとしました。

玉さんのおばあさんの夫である禹(ウ)長老はその後、
高麗派神学校に入って牧師になり、
婦人と離婚した後再婚してしまいました。

この人は平壌でも大きな教会の長老で、
神学の勉強をしたので先生を正しく理解できず、
愚かしく見ていたのでした。


私の知る朴ユンソン牧師みたいな人も
(私もその弟子の一人でしたが)
呆れたように見てまじめに対話しようとしませんでした。

私はみ言を聞いてしばらくの間は、
「先生が誰か」という疑問を持ちませんでした。
原理を聞いて聖書的に根本問題を解決して秘密が明らかにされ、
無条件に先生に従い尊敬するようになりました。


そして人によって信じる角度と深度が違っていました。

ある心霊的な人は「訪ねて行って拝しなさい」
という啓示を受けて礼をなし、
たとえ青年で作業服を着ていたとしても、
その方の前に出ると痛哭をしたり、
主のように侍らねばという程霊界の指示があり、
先生を中心としてすばらしい雰囲気が高まりました。

先生がどんな方かに対して霊界から物々しく教えてくれるので、
皆とても対し方に苦慮し、礼拝のときに心霊役事をする人を
一言でやめさせるのを見て、恐ろしい方であると皆考えました。

霊的に自己を主管できず、無我の境地で役事をする人も、
先生の一言で正気に戻りました。

玉世賢さんのような人は、平壌にて啓示を受けて来たために
先生のことをよく知っていましたが、
ある人は、牧師よりすばらしい人だ、
誰よりもすばらしい人だという程度の理解で先生に従っていました。

またある人は熱心にみ言を聞いて感銘を受け、
先生がこれからしなければならないことに対して話された後、
服を作ってあげ、よく接待してあげたにもかかわらず、
ノアの方舟のカラスのように出て、再び帰って来ない人もいました。


その当時は大部分の人が心霊的役事をしました。
役事の特徴は悲しみに胸が一杯になって泣くことでした。

避難生活で苦しめられる何もない環境の中で、
霊界から指示されたように先生を奉り侍ることもできず、
位置はあまりにも貴重ですごいのに、
そこへ座っている私はあまりに不足しており、
神の前に面目がなく、心が苦しくて泣く役事でした。



北韓でも、『泣く教会』と言われていましたが、
南で出発したときにも、『泣く教会』だったのですね。。。

そのような霊的役事の土台で出発した
家庭連合(旧:統一教会)です。

私達は、霊的にあまりにも鈍いのですが、
霊界においては、多くのクリスチャンたちが、
真の父母様に侍っていることを
どれだけうらやましく思っているか知れません。

地上のお母様に孝情の心情をもって歩むことを
改めて決意させられるのです。。。

続きます。




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2017年06月11日

私たちは違わなければならない! ──何を、どのように?! 《真のお母様のみ言5.27》 



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神様主体の
人格教育!
目的は真の父母です




孝情人格教育教材編纂(へんさん)のための国際学術シンポジウムというのが
5月27日に行われましたが、その後
編纂委員たちに語られたお母様のみ言です。


私たちは違わなければなりません。
既存の思想や哲学、それに立脚した人格教育ではない、
神様を主体として真の父母を教育する人格教育、
教材が出てこなければなりません。

神様の創造は真の父母です。
真の父母!

そのため、堕落した世の中で、母の役割が重要です。
母胎教育をしなければなりません。
そのような環境圏を作っていかなければなりません。

自然を考えてみてください。
渡り鳥はどのように季節がわかるのか。
自然は誰かが教育しなくても知っているのに、
なぜ人間だけ(分からないのでしょうか?)

そのため皆さんが教材を作る上で、
本質、本性を明らかにしなければなりません。

人間が本性を見つけることのできる、
善なる方向に誘導してくれる、
これを学校で出来ない訳はありません。

私たちは単に一宗教ではありません。
創造原則、目的は真の父母です!

このようなすばらしい宝石のような内容を持っているのに、
世の中と妥協してはいけません!
原則を立てなければなりません。


孝情人格教育教材編纂委員会 特別晩餐会
天一国5年天暦5月2日(陽5.27)HJ天苑 天正宮博物館



私たちが目指す人格とはなんでしょうか。
神様に似ることでしょうか。
神様とは真の父母の姿だといいます。

原理講論のキリスト論において、
『創造目的を完成した人間(完成したアダムの価値)』
について、次のように記されています。


イエスが言われたとおり、
人間は天の父が完全であられるように、
完全な人間となるのである(マタイ五・48)
ゆえに、創造目的を完成した人間は、
どこまでも、神のような価値をもつようになる。


まさに真の父母様がこのようなお姿であり、
真の父母様を通してこそ、
本当の意味の人格教育が実現できるのではないでしょうか。

神様のご心情に立って、
今、何をすべきなのかを最優先して歩まれる、
真のお母様がおられることに
心から感謝を捧げていきたいと思うのです。





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posted by ten1ko2 at 09:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月10日

文先生から直接信仰指導! 統一教会創立以前の教会  《キリスト教牧師からの華麗な転身⁈ 李ヨハネ先生》3



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李ヨハネ先生が導かれた証し。
今回は、集会での様子、お父様の証しです。


当時の集会は、はっきりした形式はありませんでしたが、
み言の宴会のようにそわそわしていました。
毎日人でにぎわっているので、
いつも聖日のような雰囲気でした。

働き蜂が蜜を運んでくるように、
各自が家から様々な物を持ちよってきました。
ある人が餅を作って来れば、ある人は食べ物を支度して来て、
み言を聞いて腹が減ると、時々準備した間食をとることができました。

先生のみ言を聞くと、時間の経つのも忘れてしまいました。
先生ご自身も寝る間もなく、み言にみ言を語り続けられました。

私の場合は朝食を取り、教会を訪問したり伝道対象者を訪ねたりして、
いつも夕方になって帰って報告しましたが、
先生は助言をくださりみ言を続けて語ってくださいました。


その当時は、各自が生活報告を先生にしました。
家庭であったこと、教会で起きたこと、
各自の居所で起きたことを報告すると、
先生はその報告を聞いて
「こうしなさい。ああしなさい」と直接指示されたのです。

各自がみ言の通り暮らしたので、
話す内容が多く啓示を受けることが多かったです。
先生は報告する人たちごとにみ言を語られたので、
少しの時間もその場を離れることができませんでした。

時々胸苦しいときには、昼にちょっと凡一洞(ポミルドン)の裏山へ登られたし、
水晶洞(スジョンドン)では私も一緒に何度か登りました。
裏山を一周して来ると既に人々が集まっており、
彼らを相手に再びみ言を語られました。


先生はご自分がどんな啓示を受けた
ということを語られたことはありませんでしたが、
食口たちの生活をすべてご存じでした。

山に行って不意に帰って来られたので分からないはずなのに、
そのとき家にどんなことがあったのかすべて知っておられ、
食口たちがどんな心を抱いているか見通しておられました。

誰かが先生の前で疑いを持つと、
それも分かり恐れているとその理由も皆ご存じでした。

また先生が冗談を言われるとき、
誰かが人間的とか批判的に考えて座っていると、
その心を皆明らかにされました。

毎日先生と暮らしている人も、
霊的役事によって恩恵を受けたときに弾んだ心が、
平常時のように静まって行くのを知り、良くない心を指摘されました。

そして与えられるみ言の内容は題目をおかないで、
そのときそのとき各自の心霊を指導されました。


相談のように各自の家庭の話、教会の話を聞いてみ言をくださり、
平壌であったこと、例えば獄中生活、腹中教や聖主教団の話、
平壌で会った人たちに対する話をされました。

また先生のお母様が面会に来られたときの話、
一緒に過ごした牧師の話、ソウルで牧会するとき
ジャンパーを着て説教された話をされ、
イエス様の悲しみ、神様の悲しみに対してのみ言を多く語られました。

特にその当時は悔い改めに対するみ言を多く語られ、`
信仰に対するはっきりとした姿勢を持つよう語られました。

先生ご自身も多く泣かれ、食口たちもイエス様の悲しみ、
神様の悲しい事情を聞き、よく泣きました。

またカイン・アベルに関するみ言が
当時の主な内容であったとすれば、
七〇年前後には蕩減法に関するみ言を主に語られ、
最近に至っては、真の愛に関するみ言をよくされるのをみると、
信仰の段階によってみ言をくださっておられるようでした。



まだ、数少ない食口たちの集まりでしたが、
霊的な役事が起こり、みんな復活していました。
お父様から直接指示を受けたなんて、
本当にうらやましい限りです。。。

今は、組織が大きくなりましたが、
『各自がみ言の通り暮らしたので』
とありますように、
今の時代圏であったとしても、み言を守り、
天の伝統を守っていくならば、
霊的な役事が起こりうる時であると思います。

続きます。




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