2021年11月14日

未来の伴侶のために、若者たちの誓い 日本5地区&韓国会場リレー中継で大盛り上がり 《孝情祭2021》



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方相逸・大陸会長夫妻から伝授された指輪を
代表家庭(4000万双・日露家庭)の父母が息子・娘に授ける


11月6日に開催された「孝情祭2021」
その様子を中和新聞より抜粋して紹介します。


孝情祭で未来の配偶者のために
純潔を誓う「聖決式」が行われる

2021年陽暦11月6日
松濤本部および全国

全国の青年・学生の孝情が爆発!

 11月6日、東京・渋谷の松濤本部をメイン会場とし、代表会場と中継で結びながら「孝情祭2021」(共催・未来人材局、家庭教育局)が盛大に開催されました。青年・学生圏をはじめ、祝福家庭全体がインターネットを通じて視聴。教会や家庭を含め、総視聴件数は約2万3000に上りました。孝情を分かち合い、真の父母様にお捧げする恩恵深い時間となりました。


 司会は未来人材局の佐野忠國・人材教育部長と北千葉教区八千代家庭教会の木下華奈・成和部長が務め、代表会場となった第1地区の千葉家庭教会(南千葉教区)、第2地区の札幌はなぞの総合研修センター(南・北北海道教区)、第3地区の名城家庭教会(北愛知教区)、第4地区の富田林家庭教会(東大阪教区)、第5地区の北九州家庭教会(北福岡教区)、韓国・鮮文大学と順に中継をつないで、各地の盛り上がったようすが伝えられました。


聖決式とは

未祝福の青年・学生が、
祝福を受けて三大祝福完成を成し遂げることを、
天の前に決意をする式です。

「聖決宣言文(*)」の唱和をし、
その決意の証しとして「聖決リング」が伝授されます。
参加可能年齢は中学生以上です。

もともとはHJ天宙天寶修錬苑において
“天の前に純潔を誓う”プログラムが行われていました。
2021年3月、その行事を真の父母様が主管される
「聖決式」という形で挙行されたのが始まりです。

一般的に、中学生、高校生は思春期を迎え、
悩みも多くなります。

そのような時期に、天の父母様の子女として、
“人生をかけて三大祝福を成し遂げる!”
という決意を固める必要があります。
その場が聖決式なのです。


*聖決宣言文

・未来の配偶者のために純潔を守り、
 個性完成の道を行きます。

・天地人真の父母様から祝福結婚を受け、
 家庭完成の道を行きます。

・天の父母様のもとの人類一家族の理想に同参し、
 主管性完成の道を行きます。





この他にも、「孝情リレー動画・ダンス演舞」
「孝情スピーチ」「神大阪孝情ダンス」「全国孝情クイズ選手権」
さらには、「南千葉教区の劇『恩愛』」など、
とても充実した式典でした。

3時間近く、とても長いものではありました。
個人的には仕事をしながら視聴させていただきましたが、
時間の長さを感じないようなものでした。
司会のお二人も、とてもお上手でした。。。

この「孝情祭」は以前、「中和文化祭」として、
中高生対象に行われていたものでしたが、
中高生と青年を合わせたイベントになり、
名称も「孝情」と名付けられたものになったそうです。

メインの聖決式は、親子で参加するようになっていましたが、
渡邊教会長のご家庭も参加されました。
長女の娘さんは小学3年生で対象ではなかったのですが、
教会長が促されたところ、娘さんも「参加したい」となり、
松戸家庭教会では最年少での参加となりました。

全体祈祷の場では、一生懸命お祈りしていて、
「相手の人はお父さんが決めてね」
と言っているそうです。

「鉄は熱いうちに打て」
純潔の重要性を、小さい頃から
そして親から伝えることが重要だと感じます。


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posted by ten1ko2 at 09:20 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年11月13日

北でキリスト教が根絶やしにされ、やくざがいなくなった理由 《金元弼先生》



211113.jpg


金元弼(ウォンピル)先生の証し。

いよいよ連行され、興南監獄に向かう道に──

若き日のお父様(文鮮明先生)が行かれた
1948年当時の平壌の様子がわかるお話です。


共産党の抑圧政策
事実共産党は、徐々にキリスト教を抹殺している
ということでした。
一例をとってみましょう。

小学校の児童の中には、親が
(キリスト教の)教会に行っている子供がたくさんいました。
子供も親と一緒に通い、日曜学校にいつも参加するのです。

平壌はキリスト教が最初に広められて、
非常に盛んな所でした。
ところが、学校では必ず日曜日に、
特別の登校の日を設けました。

クラスの全部が全部教会の学生ではないのですから、
クリスチャンでない子供を日曜学校の時間に教会へ送るのです。
そして自分のクラスの誰が
日曜学校に出ているのかチェックさせました。

北韓では、少年の時には少年団を、
青年になると民主青年同盟をつくっていました。
そこから労働党、共産党へと行くのです。

このような段階を通して、小学校の時から既に
共産党員になるためのすべての教育を順々に進めているのです。
全員少年団員になるのです。


月曜日には、少年団員の学校の勉強が終わってから、会議があります。
そこでは自己批判、総合批判が始まります。
お互いに批判するのです。

そこで日曜日に出て来なかった児童を立たせます。
先生がそうするのではありません。
先生はそばに立っていて傍聴しています。

少年団の団長は、日曜日に学校へ来なかった
子供の理由をよく知っています。
それを知らないふりをして、その児童を立たせて、
「お前はなぜ日曜日の特別の学習に、
特別の集会に出なかったのか、その理由を
自己批判しなさい」と言って、自己批判させるのです。

幼い子供ですから、強い信仰をもっているのでもないし、
全員の雰囲気がそうなるので、正直に
「私は教会へ行っていました。
これからはそうしない。
この活動には悪魔がいます」と
涙を流しながら悔い改めなければならないようになります。


それは小学校ばかりではなく、中学校、大学
どこにでも適用されるのです。

職業をもっている人は職業別に、
教員、農業関係、炭鉱労働者など、職業同盟をつくりました。
個人で商売する人は、四八年の時には街頭組織がありました。

ですから働かないと食べられないような社会になっているわけです。
こじきは働かないで食べる者です。
物を乞うということ自体は一種の働きですが、
それは自分のため以外の何ものでもありません。

それゆえにこじきでも働かなければ、
食べ物は何も与えないという主義ですから、
全国のこじきを一つの島に収容しました。
そこで働かせたのでした。

また、酒を飲んで人を殴ってお金を取るという
やくざな者たちがいました。
そういう者を一つの所に集めて働かせます。
ですからやくざは一遍になくなりました。
やくざもこじきもいないのです。

また個人の財産を泥棒するのは、とっても軽い罪ですが、
公的なものを盗んだら極めて厳しいのです。
軽くて三年の刑です。


仕事をしている人たちには、仕事があけたら、
毎日のごとく復習の時間を与えて理論を教育していきました。

しかし、学校教育を受けていない人は字が読めず、
いくら共産主義理論を教えても分からないので、
教えることができません。

そこで小学校の児童を動員して、文盲退治ということで、
いなかの人たち、勉強してない人たちや老人の教育を始めました。

子供たちには親のところへ行って
どんどん連れてくるようにさせました。
親は子供がかわいそうに思われて、出なければならなかったのです。


次には、地主から土地を無償で回収して、地主を追っ払い、
ある者は炭鉱に行かせて強制労働をさせ、
その土地は土地のない農夫に分け与えたのです。

苦しく貧しい生活をしていた人たちですから、
まず第一に喜びました。
ところが収穫の大部分を現物税という名目で取り立てますので、
地主の下で大変楽に暮らしていた時より税も高く、
もっと苦しい生活となったのでした。

転職のとき、南では自由に他の職場に移ることが
できるのですが、ここでは許されませんでした。
行こうとしてもお金がなければ、
また許可を受けなければいけない世界なのです。


そういう中で先生がみ旨を行うということは、
どれほど難しいことであったかお分かりと思います。

神のみ旨からすれば、先生を迎えるために
キリスト教を準備したにもかかわらず、
そのキリスト教は先生に反対し、牢屋に送ったのでした。

I 平壌開拓から興南解放
第三章 興南監獄での伝道
「共産党の抑圧政策」

信仰生活シリーズ 6
「伝統の源流 主と歩んだ教会創立以前の道」 
金元弼(1998年7月1日発行)
*『信仰と生活第二集伝統の生活化』を改題


お父様が北に渡ったのは、1946年。
正式に北朝鮮が建国されたのは、1948年9月9日です。

しかし、1945年、韓国が日本から独立したときから、
すでに38度線に分断され、
北韓は、(当時の)ソ連に支配されていました。

北韓での子供たちに対する共産党政策、
読んでいるだけで胸が詰まります。。。
やくざもいなくなる共産党・・・本当におそろしいです。

子供、というのは、とても純粋です。
、教えたとおりに実践していくのです。
悪い教育を受けたら悪いままに育ってしまいます。
青少年たちの教育を正しく行うことが
どれほど重要であるか、と思わされるのです。


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posted by ten1ko2 at 11:27 | Comment(0) | 金元弼先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年11月12日

痩せぎすの貧相な青年が、もしかしてイエス様の生まれ変わり?! 《松本ママ奮戦記》



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松本ママの「信仰は火と燃えて」より
今回は、『青年宣教師との出会い』後半、
いよいよ西川先生との運命的な出会いです。


ちらっと見ると、よれよれのズボンにジャンパーを着て、
変な髪型の乞食(こじき)のような青年が立っていました。
やせこけて骨と皮だけのようで、
顔ははたけができてむけています。

私は、宣教師といえば
立派なダブルの背広でも着ていると思っていたので、
「なんだ貧弱な青年だな」と思いました。

そして、型どおりのあいさつのあと、
セールスを4年もやったふてぶてしさで
「あなたは神様がいると思いますか」と聞いたのです。


すると、その青年は下を向いたまま
「神様は生きています」と答えました。

私は驚きました。

「私は長いことクリスチャンですが、
神様を見たことがありません。
神様はどこにいるんですか。
神様が分からないのが悩みなんです。
病気が治ったら神学校に行こうと思っているんです」

するとその青年は、話してきました。
「もう神学校に行く時間がありません」

「どうしてですか」

「世の終わりが来るんです」

「えっ、ではイエス様が来られるんですね。
でも何百年かあとでしょう」

「聖書には、時のしるしを見よと書いてあります。
今、世の中は道徳はすたれ、人々は戦争の準備をしています。
今やボタン戦争が行われようとする時代です。
メシヤは、ボタン戦争が済んだあとに来たところで、
いったい誰を救うんです」

「じゃ、今じゃないですか」

「そうです」

「どうして分かるんですか」

「聖書にそう書いてあります。
私は天から啓示を受けました。
あなたに納得のいくように話すこともできます」


確信をもって語られる言葉に感動し、
私はすっかりその青年を見直していました。

乞食のような格好をしていますが、
目は澄んできれいですし、とても純粋な顔をしています。

話を聞きながら、これはすばらしい人を見つけた、
この人の話を絶対に聴こう、この人について、
いろんなことを質問してみようと、
私は畑に埋められた宝物を見つけたように
喜びに胸を踊らせていました。


青年の言う聖書原理というものを早く聞きたくて、
翌日、さっそく出かけていきました。

西川先生は、私がイエス様の話ばかりするので
救世原理から始めました。

それを聴いているうちに私はどんどん興奮してくるのです。

イエス様の十字架は人間の罪を赦(ゆる)すために
神の予定としてあったと思っていたのにそうでなく、
イエス様は人間の不信仰によって殺されたのだと、
全く違うことを言うので、びっくりしてしまいました。


もっと驚いたのは、講義をする西川先生の姿でした。
目をらんらんと輝かせ、涙を浮かべながら、
イエス様の胸のうちを語るのです。

顔は興奮してピンク色に紅潮し、
汗をだくだく流しながら黒板をたたいて、
「アバ父よ、願わくはこの苦杯をとりのぞき給え、
四千年の歴史を経てやって来た私が、
使命を全うせずに行かなければならない」
というクライマックスをすごい迫力で語るのでした。

私一人を前にして、大勢の人に語るような真剣な講義に、
私は胸が高まり、大きな声で泣きたくなってしまいました。


年齢も33歳ぐらいですし、もしかしたら、
その青年はイエス様の生まれ変わりではないだろうか
と思ったほどでした。

そして自分がイエス様を十字架につけた人間の一人だ
ということが分かってくると、イエス様が
昔の恨みを私に言っているような気がして怖くなってきました。

そこで、私は勇気を出して
「あなたは誰ですか」と質問してみました。

すると青年は「私が誰であるか祈ってみなさい」
と言うではありませんか。

私は何が何だか分からなくなり、
早くその場を逃げ出したい思いで帰途に就いたのでした。

松本 道子・著
(光言社・刊『信仰は火と燃えて―松本ママ奮戦記―』より)

信仰は火と燃えて 2
青年宣教師との出会い

(blessed lifeより)


2000年前イエス様を証しした洗礼ヨハネは、
荒野で修行をし、いなごと野蜜を食しながらの、
本当に清貧な生活を送っていました。

西川先生の姿もかつての洗礼ヨハネのごとくでありました。
まさに現代の洗礼ヨハネ、と言えるでしょう。

西川先生が松本ママに対して、大声で語られる姿。。
お父様が草創期のころ、数少ない食口たちの前で、
大声で説教される姿を彷彿とさせます。

この西川先生との運命的な出会いが、
(当時の)日本統一教会の出発であり、
原点であることを思うと、
神様もイエス様も注目する、
歴史的名場面だったのです。

「逃げ出したい思いで帰途に就いた」松本ママでしたが、
結局は西川先生の下に戻ってこられたのは、
とても惹かれる思いがあったからでしょう。
次回も楽しみです。。。


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