2021年11月12日

痩せぎすの貧相な青年が、もしかしてイエス様の生まれ変わり?! 《松本ママ奮戦記》



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松本ママの「信仰は火と燃えて」より
今回は、『青年宣教師との出会い』後半、
いよいよ西川先生との運命的な出会いです。


ちらっと見ると、よれよれのズボンにジャンパーを着て、
変な髪型の乞食(こじき)のような青年が立っていました。
やせこけて骨と皮だけのようで、
顔ははたけができてむけています。

私は、宣教師といえば
立派なダブルの背広でも着ていると思っていたので、
「なんだ貧弱な青年だな」と思いました。

そして、型どおりのあいさつのあと、
セールスを4年もやったふてぶてしさで
「あなたは神様がいると思いますか」と聞いたのです。


すると、その青年は下を向いたまま
「神様は生きています」と答えました。

私は驚きました。

「私は長いことクリスチャンですが、
神様を見たことがありません。
神様はどこにいるんですか。
神様が分からないのが悩みなんです。
病気が治ったら神学校に行こうと思っているんです」

するとその青年は、話してきました。
「もう神学校に行く時間がありません」

「どうしてですか」

「世の終わりが来るんです」

「えっ、ではイエス様が来られるんですね。
でも何百年かあとでしょう」

「聖書には、時のしるしを見よと書いてあります。
今、世の中は道徳はすたれ、人々は戦争の準備をしています。
今やボタン戦争が行われようとする時代です。
メシヤは、ボタン戦争が済んだあとに来たところで、
いったい誰を救うんです」

「じゃ、今じゃないですか」

「そうです」

「どうして分かるんですか」

「聖書にそう書いてあります。
私は天から啓示を受けました。
あなたに納得のいくように話すこともできます」


確信をもって語られる言葉に感動し、
私はすっかりその青年を見直していました。

乞食のような格好をしていますが、
目は澄んできれいですし、とても純粋な顔をしています。

話を聞きながら、これはすばらしい人を見つけた、
この人の話を絶対に聴こう、この人について、
いろんなことを質問してみようと、
私は畑に埋められた宝物を見つけたように
喜びに胸を踊らせていました。


青年の言う聖書原理というものを早く聞きたくて、
翌日、さっそく出かけていきました。

西川先生は、私がイエス様の話ばかりするので
救世原理から始めました。

それを聴いているうちに私はどんどん興奮してくるのです。

イエス様の十字架は人間の罪を赦(ゆる)すために
神の予定としてあったと思っていたのにそうでなく、
イエス様は人間の不信仰によって殺されたのだと、
全く違うことを言うので、びっくりしてしまいました。


もっと驚いたのは、講義をする西川先生の姿でした。
目をらんらんと輝かせ、涙を浮かべながら、
イエス様の胸のうちを語るのです。

顔は興奮してピンク色に紅潮し、
汗をだくだく流しながら黒板をたたいて、
「アバ父よ、願わくはこの苦杯をとりのぞき給え、
四千年の歴史を経てやって来た私が、
使命を全うせずに行かなければならない」
というクライマックスをすごい迫力で語るのでした。

私一人を前にして、大勢の人に語るような真剣な講義に、
私は胸が高まり、大きな声で泣きたくなってしまいました。


年齢も33歳ぐらいですし、もしかしたら、
その青年はイエス様の生まれ変わりではないだろうか
と思ったほどでした。

そして自分がイエス様を十字架につけた人間の一人だ
ということが分かってくると、イエス様が
昔の恨みを私に言っているような気がして怖くなってきました。

そこで、私は勇気を出して
「あなたは誰ですか」と質問してみました。

すると青年は「私が誰であるか祈ってみなさい」
と言うではありませんか。

私は何が何だか分からなくなり、
早くその場を逃げ出したい思いで帰途に就いたのでした。

松本 道子・著
(光言社・刊『信仰は火と燃えて―松本ママ奮戦記―』より)

信仰は火と燃えて 2
青年宣教師との出会い

(blessed lifeより)


2000年前イエス様を証しした洗礼ヨハネは、
荒野で修行をし、いなごと野蜜を食しながらの、
本当に清貧な生活を送っていました。

西川先生の姿もかつての洗礼ヨハネのごとくでありました。
まさに現代の洗礼ヨハネ、と言えるでしょう。

西川先生が松本ママに対して、大声で語られる姿。。
お父様が草創期のころ、数少ない食口たちの前で、
大声で説教される姿を彷彿とさせます。

この西川先生との運命的な出会いが、
(当時の)日本統一教会の出発であり、
原点であることを思うと、
神様もイエス様も注目する、
歴史的名場面だったのです。

「逃げ出したい思いで帰途に就いた」松本ママでしたが、
結局は西川先生の下に戻ってこられたのは、
とても惹かれる思いがあったからでしょう。
次回も楽しみです。。。


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posted by ten1ko2 at 09:47 | Comment(0) | 草創期の証し(韓国・日本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年11月11日

敬愛する聖和者の皆さんと、共に天国へ! 新旧交代、変革の*神日本聖和祝祭*



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中央祭壇に代表献花をする方相逸・大陸会長夫妻


先日開催された「神日本聖和祝祭」の様子が、
中和新聞に掲載されていました。

昨年までと名称も変わり、
教会だけでなく家庭でもリモートで参加できるなど
さまざま新しくなったようです。


第39回「神日本聖和祝祭」を
神日本全体で挙行

天一国9年天暦9月29日(2021年陽暦11月3日)
群馬・尾瀬霊園


全聖和者を思慕するための
聖和祝祭に


 11月3日、尾瀬霊園(群馬県利根郡片品村)で、第39回「神日本聖和祝祭」が行われ、約200人が集まりました。式典のようすはインターネットで配信され、全国の食口が教会や家庭で視聴しました。



方相逸・大陸会長「天寶修行の主役に」と激励

 天の父母様聖会の竹内啓晃・神日本大陸副会長が司会を務め、最初に、今回から聖和祝祭の名称が「全日本聖和祝祭」から「神日本聖和祝祭」に変わったことを伝えました。その理由について、これまで全国8か所の霊園で執り行っていた聖和祝祭を、今後は一般の霊園に入っている方も含めた全ての聖和者を思慕する会として神日本全体で捧げるようになるためと説明し、その後、開会を宣言しました。

「天一国の歌」の讃美、敬礼、「家庭盟誓」の唱和に続いて、田中富広・神日本家庭連合会長が代表報告祈祷を行い、「先輩方の志を受け継ぎ、天の父母様(神様)の願いをこの地に形にすべく、総進軍してまいります。精誠と霊的摂理と霊性啓発の殿堂である天心苑と直結しながら、真の父母様の前に、ひまわりが隊列を組むように、霊界と地上界が共に前進できるようにお導きください」と祈りました。

 次に久保木哲子・全国聖和家庭会会長(430双)の挨拶があり、「生まれてから死ぬまで、それぞれの運勢、蕩減などによって違いはあります。しかし私たちは真の父母様に出会い、神様を知ることができました。こうしてりっぱな聖和祝祭をしていただけることに心から感謝を捧げます」と伝えました。

 天の父母様聖会の方相逸・神日本大陸会長夫妻による中央祭壇への代表献花、聖和者家庭の福田実さん(6000双)と長女・佳代さんの証しに続き、李成萬・家庭連合副会長による献詩「天上の皆様を忘れません」の朗唱と、二世のソプラノ歌手、小野田佳恵子さんによる献歌がありました。

 天一国経典『天聖経』第7篇「地上生活と霊界」の一部を司会が訓読し、方相逸・大陸会長が記念説教に立ちました。説教の冒頭で、尾瀬霊園の園長が戸丸廣安さん(1800双)から長男の正政(まさとし)さんになることと、尾瀬聖和家庭会の理事長が阿部知行さん(777双)から柴沼邦彦さん(同)に替わることが伝えられました。

 説教では「縦的430代と横的430家庭を全うし、天寶修行の主役となることが真の父母様に捧げられるいちばん大きな贈り物だと思って、頑張ってまいりましょう」と訴え、同時に夫婦、親子が一つになることや、二世圏を守ることの重要性を強調しました(下に要旨)。

 方相逸・大陸会長夫妻の祝祷に続いて、徳野英治・神日本天議苑苑長が億万歳を先導して閉会しました。


  方相逸・大陸会長の記念説教(要旨)

よく生まれ、よく生きて
霊界に旅立たなければなりません

真のお父様は、人間の生涯は腹中10か月、
地上生活100年、霊界生活は永遠だとおっしゃいました。

赤ちゃんはお母さんのおなかの中で守られ、
生まれる準備をしてから生まれてきます。
同じように、私たちは地上で守ることは守り、
やるべきことをしながら、よく生きて、
霊界に旅立たなければなりません。

人間は誰でも霊界に行きます。
私は四大聖人が死に対して
どのように語っているかを調べてみました。
すると誰一人、霊界に対する細かい話をした人は
いなかったのです。

一方、家庭連合では、霊界と神様について、
真の父母様がどれほど細かく教えてくださったでしょうか。

神様を端的に表現すると、「真の愛」です。
愛とは、ために生きることです。
私のためではありません。

自分のために生きる人がいる場所は地獄のようなところで、
他人のために生きる人がいる場所は天国なのです。
つまり、愛があるところが天国だというのです。

単純に思えるかもしれませんが、
これがほぼ全てと言っても過言ではありません。
皆さんの家庭も、愛があれば幸せでしょう? 
愛がない家庭は地獄のように感じるはずです。

キリスト教では、自分が神様を信じれば
天国に行けると言います。
はっきり言うと、これは間違っています。

自分は信仰を持っていて天国へ行っても、
愛する妻が信仰を持っていなければ地獄に行く、
これは幸せなことでしょうか? 

家庭連合では「一緒に」という言葉を大切にします。
夫婦一緒に、親子一緒に天国に行くのです。
これを聞いて心が痛む方もいるかと思いますが、
これが原理原則です。

愛の実践においては、以前からお伝えしている、
二世圏を守ることもそうです。
二世圏に愛を注いで、全員を取り戻し、
絶対に守りましょう。

そして、私たちが親に会いにいくときは
何か贈り物を準備する、これが親に対する礼儀ですが、
私たちは霊界に行くとき、神様に何を持っていきますか? 

お金、権力は霊界では必要ありません。
自分が愛を実践した結果、信仰の子女が必要なのです。

私たちが縦的430代と横的430家庭を勝利し、
天寶修行の主役となることが
神様と真の父母様へのいちばん大きな贈り物であり、
先に霊界に旅立った先輩方へのプレゼントになります。

全食口がもう一度霊界の大切さを確認し、
真のお母様の願いをかなえることを決意しましょう。

6000年摂理の最後の段階に来た第2次7年路程、
この時を私たちの命よりも大切に思いながら、
全力を投入して頑張ってまいりましょう。

そして先に霊界に行かれた先祖の皆さん、
日本が母の国の使命勝利を
一日も早くお母様にお捧げできるように応援してください。


中和新聞より


私たちの人生は地上で終わらずに
永遠の世界である霊界に向かっていきます。

霊界の存在をはっきりと知ること、
霊界での生活に向けて準備するのが、
地上生活であるといえます。

大陸会長が語られているように、
愛を実践し、真の愛をもった者になること、
どれだけ重要なことでしょうか。

尾瀬霊園の園長さんも戸丸先生のお子様に
バトンタッチされるのですね。。。
三代圏に引き継がれることもとても希望ですね。






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2021年11月10日

どうしてここにいるか、私の過去をすべてご存じ 《天一国時代の信仰生活講座》



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前田千代子先生の『天一国時代の信仰生活講座』
お父様とのエピソードなどがあり、
とても心に残るものがあるので、ピックアップして紹介します。

今回は、『召命される者の条件』です。


召命された人たちは、天の復帰摂理に用いられる中心人物です。
そこには条件が必要です。

では、召命される者には、どのような条件が必要でしょうか。

まずその人は、神様のみ旨を担当してきた
選民の中から選ばれます。

そして、先祖が善の功績をたくさん遺している子孫であり、
み旨を成すにふさわしい天稟(てんぴん)を備え、
後天的条件があり、
時と場所にかなって現れた人です。

私たちは、これらの条件を全て満たしているからこそ、
導かれ、選ばれたのです。

父母が祝福を受け、神の血統圏に生まれた二世は、
既に選民として、先祖の善の功績など、
天の功労をもった「召命された存在」だと言えます。


私が1972年に訪韓して
真のお父様にお会いしたとき、このように言われました。

「あんたたちは、先生が自分のことを
 何も知らないと思っているだろう。
 そうじゃないんだよ。

 先生は、あんたたちがどう思って、
 どのようにしてここに来たのか、
 全部、知っているんだよ」

「知らないと思っているだろう」と言われたときと、
「全部、知っているんだよ」と言われたとき、
ぱっとお父様と私の視線が合いました。

その時、お父様が私の目を見られ、同時に、
すうっと背後の全てを見通していらっしゃると感じました。

その瞬間、
「このお方は私の全てを知っていらっしゃるんだ」
と実感しました。


神様も真の父母様も、私たちが今までどのようにして生きてきたのか、
過去の先祖たちがどのように生きたのか全てご存じなのです。

自分の歩んできた道、時として悩み苦しみ、
探し求めてきた、その全てを見つめ、共にいてくださったのです。

それでは実際に、人が伝道される過程を追いながら、
召命の条件について確認していきましょう。

スマホで立ち読み Vol.10
『天一国時代の信仰生活講座』(4)
召命される者の条件

前田千代子・著
第一章 神による召命
3. 召命される者の条件


神様は「私」をご存じである。。。
そのことはどれほど喜ばしいことでしょうか。

さらに言うならば、
真の父母様もご存じであることが、
本当に素晴らしいことだと思います。

ですから、精誠を尽くして歩み、
それを誰も知らなくても、
人から誤解されることがあったとしても、
それでも私を知ってくださっている方がいる・・・
それだけでも十分だと思うのです。





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posted by ten1ko2 at 08:29 | Comment(0) | 信仰生活・信仰講座・礼拝説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする