基元節を前にして、
聖酒を飲むことを迷っておられる方、
真の父母様の示される道をいくのが
真実なのか、
確信がもてない方に──
下に添付した動画がお勧めです。
★
ファミリーフォーラムに
フランスの哲学者
ブレーズ・パスカルの
『パンセ』に記された
「パスカルの賭け」
と呼ばれる一節を表した動画が
紹介されていました。
「神は存在するか、しないか。きみはどちらに賭ける?」
短い内容なので、
書き起こしてみました。
★
神は存在するか、しないか。
きみはどちらに賭ける?
いや、どちらかを選べ
ということが間違っている。
正しいのは賭けないことだ。
そう。
だが、賭けなければならない。
君は船に乗り込んでいるのだから。
すでにこの世に生きている以上、
この勝負を降りることはできない。
賭けないということ自体が、
結果的に一つの選択となるからだ。
掛け金は自分の人生である。
神が存在するという方に
賭けたとしよう。
勝てば君は永遠の生命と
無限に続く喜びを得ることになる。
しかも、君の人生は
意味あるものとなるだろう。
賭けに負けたとしても、
失うものは何もない。
反対に、神は存在しない
という方に賭けたとしよう。
その場合、たとえ賭けに勝っても、
君の賭けは、現世の幸福だけである。
死後は虚無とみなすわけだから、
そこで得るものは何もない。
逆に負けたとき、
損失はあまりにも大きい。
来世の幸福を
すべて失うことになるからである。
きみはどちらに賭ける?
いや、どちらかを選べ
ということが間違っている。
正しいのは賭けないことだ。
そう。
だが、賭けなければならない。
君は船に乗り込んでいるのだから。
すでにこの世に生きている以上、
この勝負を降りることはできない。
賭けないということ自体が、
結果的に一つの選択となるからだ。
掛け金は自分の人生である。
神が存在するという方に
賭けたとしよう。
勝てば君は永遠の生命と
無限に続く喜びを得ることになる。
しかも、君の人生は
意味あるものとなるだろう。
賭けに負けたとしても、
失うものは何もない。
反対に、神は存在しない
という方に賭けたとしよう。
その場合、たとえ賭けに勝っても、
君の賭けは、現世の幸福だけである。
死後は虚無とみなすわけだから、
そこで得るものは何もない。
逆に負けたとき、
損失はあまりにも大きい。
来世の幸福を
すべて失うことになるからである。
★
パスカルはこのパンセの中に
有名な言葉、
「人間は考える葦である」
「クレオパトラの鼻が低かったら・・・」
など、とても含蓄のある言葉を残しています。
この神は存在するか、
存在しないか
もちろん、人生の選択ですから、
他人が強要することは出来ません。
同様に、真の父母様を信じる道が
いかにすばらしい
永遠の恩恵につながるものだとしても、
最終的に信じるかは、一人ひとりの
責任分担ということになります。
どちらが意味があるのか。
どちらが得か、どちらを選んだ方が
「当たり」なのか。。。
聖酒を飲むか、飲まないか
迷っている方がおられたら、
どうか自信をもって
勧めてあげてください。
後天時代、基元節間近に控え、
天の父母様を信じること
真の父母様とともに生きることが
どれほど感謝であるか、
ますます実感するだろうし、
そのことをさらに述べ伝える
そういう時代に入ってきたことを感じます。
第46回「天の父母様の日」午前零時、真のお母様の祈祷(抜粋)
敬愛する天の父母様。
今や基元節を12日後に控えて、
今まで責任を果たせなかったことを心から悔い改めながら、
天地人真の父母様に侍り、
真の家庭と祝福家庭たちが一つになり、
一心、一体、一念、一和の心情圏において、
天一国の祭物として捧げることができる
新しい環境を新たにしなければなりません。
全世界の統一家は、真の父母様のみ旨と一つになり、
氏族的メシヤの使命を必ずや完遂することを決意し、
新しく出発することを宣布いたします。
今や2013年、天一国元旦を迎えました。
太平聖代の驚くべき新しい時代を開門し、
地上と天上世界に、天の父母様の天福と
大きな愛が満ちあふれることを祈願しながら、
天地人真の父母様の名によって
懇切に祝願いたします。
敬愛する天の父母様。
今や基元節を12日後に控えて、
今まで責任を果たせなかったことを心から悔い改めながら、
天地人真の父母様に侍り、
真の家庭と祝福家庭たちが一つになり、
一心、一体、一念、一和の心情圏において、
天一国の祭物として捧げることができる
新しい環境を新たにしなければなりません。
全世界の統一家は、真の父母様のみ旨と一つになり、
氏族的メシヤの使命を必ずや完遂することを決意し、
新しく出発することを宣布いたします。
今や2013年、天一国元旦を迎えました。
太平聖代の驚くべき新しい時代を開門し、
地上と天上世界に、天の父母様の天福と
大きな愛が満ちあふれることを祈願しながら、
天地人真の父母様の名によって
懇切に祝願いたします。
※ このブログは、
あくまでも個人において、書いているものであり、
教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、ブログの記事においては
無断転載はお断りいたします。
曲解や悪用ととれる引用も、
差し控えてくださいますよう
よろしくお願いします。
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全ての責任は私自身に帰属するものであります。
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差し控えてくださいますよう
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