きょう、私たちは一つになりました。
(真のお父様が)
今にも歩いて出てこられ、透き通るような笑顔で
「おまえたち、元気だったか」
と言ってくださるような気がします。
(一周年追慕式でのお母様のみ言)
☆
(真のお父様が)
今にも歩いて出てこられ、透き通るような笑顔で
「おまえたち、元気だったか」
と言ってくださるような気がします。
(一周年追慕式でのお母様のみ言)
☆
今日も夢を見ました。
ご父母様の夢ではありませんが、
意味のある夢だと思うのです。
まるでお告げのように、
「二つの内容を記事に書くように」
そのように言われたと感じました。
神様が言ったというか、思わされたというか。。。
一つ目は、「二人のことを書きなさい」
「二人」とは、私の教会で普段から
熱心に伝道活動をしている二人の婦人のことです。
今、お母様が立ててくださった
CIG復興団というものがあります。
この二人はそこには、入っていないのですが、
ほとんど同じ基準で、伝道を毎日しています。
一人は70代の方で、
祝福を受けたあとに、
ご主人が亡くなりました。
もう一人の方は60代で、
独身祝福から霊肉祝福を受けられました。
二人はとても仲がいいのです。
いつも一緒、伝道ももちろんですが、
礼拝もいつも隣の席に座っています。
先日、礼拝のあとに
マクドナルドに家内と子供で寄ったのですが、
そこにも二人でいました(笑)。
CIGのメンバーが立ったことで、
刺激を受けて、全体が復興していることは間違いありません。
もちろんCIGが天の願う基準で結果を残しているかと問われれば、
必ずしもそうであると言い切れないところがあります。
でもこれはそのメンバーだけが問題なのでしょうか。
先日、足の怪我で通院している婦人から連絡がありました。
こんな自分でも伝道することは出来る、
そう思って、いつもお世話になっている
リハビリの先生に自叙伝を渡しました。
また、家に来てくれる介護師の方にも
自分が統一教会員であることを証しし、
自叙伝を渡したといいます。
また、ほかの70代の婦人ですが、
電車に乗っているときに、
青年が席を譲ってくれたそうです。
「お礼です」
それで、自叙伝を渡したら、
「ありがとうございます。読んでみます」
そう言って、駅を降りていったそうです。
CIGはキリの先のような立場です。
それを押してあげるのが私たちの役目ではないでしょうか。
教会長は教会スタッフに対して、
「あなたたちはスタッフである前に、
まずは、伝道師なんですよ」
とハッキリ言っておられます。
全ての祝福家庭は
『氏族メシヤ』の称号を与えられているのですから、
当然、伝道師なのだと思います。
二人の婦人の姿を通して、
天が教えることはこれなのかな、
そんなことを思います。
キリも押し上げる力がないと
穴を開けることが出来ません。
☆
夢の中のお告げ(?!)、
もう一つがこれです。
“ハングルの日” 各地で記念行事
昨日(10月9日)はハングルの日でした。
世宗大王が1447年に制定したハングル。
それから今年で567年目だといいます。
そして、今年から公休日、いわゆる祝日になったそうです。
やはり、韓国語は
本当に勉強しなければならないものです。
人がどう言おうと自分で主体的に
やらないといけないのではないかと思います。
☆
伝道と韓国語の勉強。
2020年までの課題、
いやもっと早くやらなければいけないもの。
それで、二つの夢を見たのかも知れません。
お母様のみ言
この良き日に、貴賓の皆様と愛する祝福家庭、
食口の皆様と共に、心の中で真のお父様に
「愛しています。
あなたと一つになった私たちとなって、
必ずや天の父母様(神様)と天地人真の父母様のみ旨を、
私の生涯において成し遂げてさしあげる子女になります。
孝子になります。
忠臣になります。」
と決意するこの時間になることを、切にお願いします。
「文鮮明天地人真の父母天宙聖和一周年追慕式」
における真のお母様のみ言
この良き日に、貴賓の皆様と愛する祝福家庭、
食口の皆様と共に、心の中で真のお父様に
「愛しています。
あなたと一つになった私たちとなって、
必ずや天の父母様(神様)と天地人真の父母様のみ旨を、
私の生涯において成し遂げてさしあげる子女になります。
孝子になります。
忠臣になります。」
と決意するこの時間になることを、切にお願いします。
「文鮮明天地人真の父母天宙聖和一周年追慕式」
における真のお母様のみ言
※ このブログは、
あくまでも個人において、書いているものであり、
教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、ブログの記事においては
無断転載はお断りいたします。
曲解や悪用ととれる引用も、
差し控えてくださいますよう
よろしくお願いします。
(もちろん、善なる目的で
使用することに関しては
その限りではありません)
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