先生は霊界にいても
地上にいても働き続けるのです。
◇
地上にいても働き続けるのです。
◇
基元節に向け、また聖和3周年までを一つの区切りとして
地上もそうですが、霊界は大忙しなのだとか。
『明日は霊界のことを書こう』
そう思って休んだら、
私自身が霊界に行く夢を見てしまいました(笑)
☆
海辺の船で、行商をしているおばさんがいるのですが、
その船の中で買い物をしているところで
大地震が起きました。
それで、船の中の備品が倒れてきて、
それを抑えようと必死になっているうちに
水が入ってきて、結局は溺れ死ぬのです。
夢の中で、
「死んで、霊界に来てしまった・・・
もう少し、地上でみ旨を歩みたかったなぁ」
そんなことを思っていると目が覚めました(笑)
「夢で良かった・・・」
そう思うと同時に
「でも、霊界に行く夢を見てしまったな」
そんな思いも湧きました。
朝起きて、少し落ち着くと、
死ぬ、というのは、生まれ変わり、ということでもある、
新しい出発という意味では、いい夢だったんだ!
そう気を取り直すことが出来ました。
☆
今回は、教会長のある知人から聞いた話です。
その方のお母さんは食口なのですが、とても霊的な方です。
霊界のことが見え、霊界にいる人と話が出来るそうです。
お父さんがすでに聖和され、
霊界に行っておられます。
お母さんはそのお父さんと交流が出来るのだそうです。
今まで、定期的にお父さんを呼んで、
お父さんと一緒に食事をする時間を持ってきたのですが、
最近、お父さんがこう話されるそうです。
「今は忙しいんだ。
だからあんまり呼ばないでくれ」
☆
もちろん、『霊界からの協助』
というのはあると思うのですが、
しかし、実際には、真のお父様が霊界に行かれたので、
霊界では、今、相当整理されているのだそうです。
お父様の聖和3周年。
これがやはり一つの節目なのだといいます。
お父様はそれまでの期間に
霊界の整理をなされながら、
それ以降は、地上に全面的に、いっせいに協助するのだ
そのような時になるのだそうです。
ちょうど、韓国の会長のメッセージに
そのことに当てはまる内容がありました。
☆
最も重要なことは、今年は真のお父様の聖和3周年になるので
世間で言う喪明けをする時だということです。
3年路程に直面された時、お母様は、これまでよりも天の父母様と、
特に真のお父様の心情と一つになるために
3年という期間を置くとおっしゃいました。
生涯を真のお父様と一緒に近くともにおられ、
時には侍りながら、時には妻として、時には真の母として
歩んで来られたその路程があったにもかかわらず、
誰よりも真のお父様の心情を推し量られながらも、
自らが最も低い位置で、どの時より天におられる
真のお父様と一つになるための心情的基台を持って行かれるということは、
今日、私たち統一家に与えられた暗黙のメッセージだと思います。
私もそうですが統一家のすべての指導者と祝福家庭、食口は
同時代にともに生きた真のお父様との心情的基台と縁を
これまでよりもますます強固にして、
この3年路程を越えることを願う望みを持っておられるのではないかと思います。
そのような基台の上に、実体としての真のお母様と一緒に
天の御旨を成就していく統一家の祝福家庭、
食口になることを願っておられると思います。
☆
聖和3周年は、8月30日です。
それまで、お母様は喪に服されておられるというのです。
ちょうど、時が合っています。
それ以降、全面的に霊界が協助するのです。
そう考えると、問題は地上の私たちです。
相対基準が合わないと、霊界の協助も起こらないのではないでしょうか。
ですから、残りの7ヶ月間が重要なのだと思います。
お父様のみ言
先生はどんなに苦労が絶えなくても
もっと苦労しようと思います。
もっと誤解され、もっと非難されようとも
それに一言の文句も言わず、すべてを受け
携えて霊界に行こうと思います。
そして引き続いて伝統を立てていきます。
そうすれば
いずれは我々のやっていること
我々の真理は勝利を収めるようになります。
先生は分かっています。
だから先生は霊界にいても
地上にいても働き続けるのです。
先生はどんなに苦労が絶えなくても
もっと苦労しようと思います。
もっと誤解され、もっと非難されようとも
それに一言の文句も言わず、すべてを受け
携えて霊界に行こうと思います。
そして引き続いて伝統を立てていきます。
そうすれば
いずれは我々のやっていること
我々の真理は勝利を収めるようになります。
先生は分かっています。
だから先生は霊界にいても
地上にいても働き続けるのです。
愛のシンフォニーB
「 主の道 」
写真で見る文鮮明氏の路程 より
「 主の道 」
写真で見る文鮮明氏の路程 より
※ このブログは、
あくまでも個人において、書いているものであり、
教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、ブログの記事においては
無断転載はお断りいたします。
曲解や悪用ととれる引用も、
差し控えてくださいますよう
よろしくお願いします。
(もちろん、善なる目的で
使用することに関しては
その限りではありません)
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