2015年02月16日

「砂漠にまかれた生命の種」! 《真のお母様、ラスベガス伝道チームへのみ言》



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皆さんがこの砂漠に生命の種を撤いたのです。
この眠っている都市に皆さんが火をつけました。
これはすごいことなのです。




真のお母様がアメリカ、ラスベガスで語られたみ言を紹介します。

「青年達よ、立ち上がれ」というテーマで
韓国の青年指導者、日本宣教師、アメリカ教会伝道チーム、
米国食口が参加して行われた
「ラスベガス14日伝道ワークショップ」
の閉会式におけるみ言です。


韓国と日本から皆さんを連れて来る時には
「二週間伝道だ!」と言いましたが、
実際は皆さん少し休みましたね?
5〜6日しか出来ませんでした。
今まで風邪で体調を崩し、大騒ぎになりました。
私は毎日皆さんについての報告を受けています。
とても良い経験をされていると思います。

皆さんがこの砂漠に生命の種を撤いたのです。
皆さんが精誠と祈祷でずっと関与して
伝道された生命をよく育てなければなりません。
皆さんは一端帰ることになりますが、
ラスベガスを引き受けた教会とアメリカ協会が責任を負い、
その生命が立派な芽を出し、
実を結ぶことができるように
導いてくださらなければなりません。

この眠っている都市に皆さんが火をつけました。
これはすごいことなのです。
そのようなことを感じながら働きましたか?

フーバーダムが砂漠地域であるカリフォルニアとネバダ、
そしてアリゾナの三つの州に影響を与えています。
1931年に建設を始めて6年後に完工しましたが、
この建設で多くの犠牲者も出ました。
しかし大胆にダムを建設して三州を生かし、
経済恐慌を乗り切ることができたのです。

当時の大統領だった、ルーズベルト一人の考えが
三州を生かし、アメリカを生かしたという話です。
皆さんの行動と考えがラスベガスだけではなく
アメリカを生かして、
また全世界的に影響を及ぼすようになります。

ここにはすべて備わった環境があり、
全世界に広がっていく場所です。
一年中コンベンションが続いています。
ですからたくさんの人々、世界の人々が
ここに群がって来ています。
これから5、6日間、家電製品の電子ショーがあるそうです。
サムソンとLGも参加するため、
韓国からも人々がたくさん来ると言います。
続いてコンベンションがあるそうです。
ですからたくさんの人々が来ます。

その人々はここで暮らす人々ではないので、
情報を得てから故国に帰ります。
その人々を私たちが逃さないことです。
ラスベガス教会が栄え、ここに来る人々を
すべて導くことができたらどれだけ良いですか?

アメリカが発奮しなければならず、
ラスベガス教会が発奮しなければなりません。
二人の牧師さん、分かりますか?(「はい。」)
一人も署名した人を逃さずにずっと連結して
み言を聞くようにします。
分かりますか?(「はい、分かりました。」)
私が今度は注意深くどのように行動するのか
見守ろうと思います。
ですから一人も繋がった人を逃さないで下さい。(「はい。」)

2015年が始まりましたね?
私たちは天暦で数えますが、
陽暦にすれば新年だというのです。
新年は青羊の年だと言います。
真のお母様が羊年なのです!(歓呼、拍手)

皆さんによって、真の母がこの世に
より高く、現れなければなりません。
そうしますか?

(一部省略しています)



今は、真の父母様と『一心、一体、一念、一和』
さらには、『一核』にならないといけない、といわれます。

真の父母様とは、お父様とお母様のことです。
ですから、真のお母様とも、
『一核』すなわち、一点のずれもあってはいけない、
ということです。

もうすぐ、天暦で数えれば、天一国2年が過ぎ去ります。
お母様は、いよいよ羊(未)年を向かえられるわけです。
お母様にはべりながら、新しい年を迎えていきたいと思います。


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posted by ten1ko2 at 14:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月15日

こうして、日本統一教会は、産声をあげた! 《西川先生の「日本伝道日記」》



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彼女が立ってくれれば、と心で祈る。
原理を聞いて素晴しさを知るが、
またサタンの攻撃も強い。

彼女が真理を知ろうとする情熱が
何よりの私に対する慰めであり、
涙が出る喜びである。



さて、松本ママを導いたのは、西川先生です。
お父様から日本宣教の命を受け、
命がけで歩んでいかれた中で、
不法入国の罪で刑務所に入りましたが、
その後、病気になり、病院を抜け出して、
宣教の道を出発します。

「東京に行かなければならない」と、
山口から東京に来られたのが1959年3月のことです。
その後、高田馬場の地に来られたのが7月です。

「日本伝道記」という西川先生の貴重な日記が
残されています。
そのときの様子が記されています。


東伏見の家より下北沢に来た。
伝道の最善の方法と身分の保証の為に、
学籍を置いておくほうが良いと思って、
平出牧師を訪ねたが、最初の日は喜び迎えてくれたが、
二日目の日には原理の一部を語ると彼は私を警戒したので、
それ切りにして、次に車田さんを訪ねた。
喜び迎えてくれた。
早速入学を約束して、東京聖書学院に通う事にした。

学校の米田さんが私に韓国人でクリスチャンがいると言って、
清水さんを紹介してくれた。
日本に帰化した青年で、雄鶏金時計店をやっていた。
私はここを根拠地として伝道したいという腹案をもって、
彼に私は新生運動をやめてここで働きたいと言って、
新生運動より雄鶏舎に勤めるようになった。

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朝は各自動車会社の月賦販売であり、
午後は映画館の時計のスポンサー契約であり、
夜は映画館の時計修理である。
最初のうちは伝道する時間がなかったが、
最後、午前中だけにして、昼は伝道の自由を得る時間にして、
牧師、学生、一般人を伝道した。

心は焦る。
早く伝道したい。
教会を始めたい。
心から敬服して従う者がいない。
日本復帰を1日も早くと、午後には清水さんの2階で
原理講義をしたが、あまり聞きに来ない。
最初の夜の原理講義に4人が聞きに来て嬉しかった。
この調子でいつも来れば、と思った。
清水一家は原理を良く聞いたが、
須田さんは半信半疑で反対はしなかった。

とにかく教会を発足してみたかったので、
初めて世界基督教統一神霊協会東京教会の名で
伝道紙を刷って散布して、名を日本に初めて上げた。



そして、日本統一教会の創立記念日、
10月2日の日記です。


10月2日金曜日午後7時15分

日本宣教100周年の今年、神の原理は伝えられ、
4月より今日まで原理を信じた兄弟姉妹4人、
西川勝、清水義雄、須田トク、田村芳子は
午後7時15分定刻に礼拝を始め、
清水氏の司会により始められ、讃美歌と祈りの後、
西川勝の聖書講読、マタイ6章25節より後までを読み、
「義と神の国を求めよ」という題で約30分説教して、8時に終わった。

J・C・Cの学生も来ると思ったのだが来なかった。
4人で歴史的な礼拝をして、主の名において
日本に1日も早く神の国の来たらん事を祈り、
神の讃美と共に報天の決意を固くした。



松本ママが入教されるのが、
そこから半年後のことです。
西川先生は、日記の中で
「曹」と表現されていますが、
これが松本ママのことです。

その後、松本ママの存在が
西川先生の中で大きくなっていったこともあるのか、
「松本さん」と名前を出すのが増えてきます。

11月27日、松本ママに対しての記述があります。


今ちょうど多くの人々の往来のうちに、
松本道子さんが原理講義を聞いて喜んでいる。
一方疑いもしている。

彼女は積極性のある良い女性である。
神の為に尽くすなら誰よりもやる人である。
彼女が立ってくれれば、と心で祈る。
彼女が原理を聞いて素晴しさを知るが、またサタンの攻撃も強い。
教会の牧師が初めはこの原理の素晴しさを喜んだが、
今は心変り、サタンの方に立ち、彼女を悩ます。

彼女が私に対応する態度は誰よりも頼もしい。
しかし、時々不信な質問をするので、
さすがの私も義憤に一声を上げる。
それでも彼女が堪えてくれる事が何より嬉しく、
彼女が真理を知ろうとする情熱が
何よりの私に対する慰めであり、涙が出る喜びである。

彼女一人でも立ってくれれば教会の前途は変るだろうと、
案ずる思いで接する。
時には彼女が私に強く言われ、
去りそうであったが、また訪ねてくれる。
嬉しい。

時々、昼間に原理講義をYMCAでして
帰りに彼女が昼食を出してくれる。
今迄は私が出していたが、また相手が出した事もあった。

天のみ言を語る先生として尊敬心のない、
唯人間としての食物を食べるのはこれは有難くないが、
彼女はみ言の価値を知り、師と思う心でもてなしてくれるので、
私の方で心からより嬉しく有難く思う。
私より天の父様が何より喜ばれる事である。

彼女も不思議な天よりの声を聞いて、この原理の正しさを知り、
信じ従う決心をしたので、本当に嬉しかった。



西川先生の熱い祈りの中で
松本ママは大きく成長していかれました。

その土台の中に、「私たち」「私」の存在があることを思い、
改めて感謝した次第です。



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2015年02月14日

(証し) 炎の伝道師、初めての伝道! 「私を殉教させてください!」 《松本ママ》



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「西川先生は偽者ではありませんか?」

「松本さん、神様を信じられない人に神を教え、
真の清い人をたくさんつくったら、
神様が『地獄に行け!』
と言われるのであれば、
喜んで行こうではありませんか。
そこが天国です」



西川先生と出会い、講義を聴き始めた
日本統一教会の母、松本道子さんでしたが──
松本ママの証し後半です。


その後、「創造原理」と「堕落論」を聴いたのですが、
「堕落論」を聴く前に私は夢を見ました。

電信柱のように大きな蛇が二匹闘っていると、
蛇が蛇を産んでそこらじゅうが蛇だらけになってしまうのです。
もう足の踏み場もないほどですから、
私は恐ろしくなって「この蛇を焼いてしまえ」と叫んだのです。
するとだれかがやって来て、火で焼いてしまうのです。
蛇は焼かれて灰になりました。
韓国の白い服を着た男性が、その灰を掃いているのです。
私はその出来上がった道を歩きながら、
「ああ、あの人が焼いてくれたんだな」と、
感謝の思いで見ながら行くのです。

私はその夢を隣で寝ていた兄に話すと、
「縁起のいい夢を見た。宝くじを買え。きっと当たる」
と言って喜ぶのです。
私は兄が言うような夢ではないと思ったので、
急いで西川先生の所に行って夢の話をしました。
西川先生は、
「その夢は深い意味があります。
これから『堕落論』を講義するので、その夢の意味が分かります」
と言って、「堕落論」の講義を始めました。

「堕落論」を聴いて驚きました。
髪の毛がよだつほどでした。
私の中に、嫉妬心、猜疑心がある理由がよく分かったのです。
私の血統の中に、蛇の血が流れていることがよく理解できたのでした。

私は泣きながら、
「天のお父様と私は呼ぶことができませんが、
天のお父様、私はあなたの娘になりたいのです」
と祈ったのです。


三日後に入院しなければならない私でしたが、
もうその時から最後まで毎日、
西川先生の所に出掛けて行って受講しました。

そのことに兄は怒って、
「何がプラス、マイナスだ。
お前は入院しなければならないのに、夜中遅くに帰って来る。
お前の顔には死相が表れているぞ!」
と言うのです。

娘も「お母ちゃん、あんな変わったシスター・ボーイみたいな男、
あの人は牧師?」と言って、西川先生を軽蔑しているのです。

兄があの人は密航した男だから警察に訴えるというのです。
私は「あの義人を警察に訴えるなら、もう兄さんとの縁も切ります。
私は兄さんを殺します」
と言ってしまいました。
すると兄が「何?今まで育てて、お嫁にも行かせてあげたのに、
それが兄に向かって言う言葉か!」と言って私を殴るのです。
私は兄さんを殴るわけにはいかないので、兄の箪笥を蹴飛ばしました。
そして、取っ組み合いの喧嘩をしたのです。

「この無礼者、出て行け!」と兄が言うので、
「出て行く!」と言って、
布団とちゃぶ台を頭の上に載せて家を出ました。

西川先生の所に着くと、西川先生は私の事情を聞いて
私を慰めてくださるのです。

その時、私は「私は一生、女中をしてでも西川先生の後に付いて伝道したい!
先生のように黒板をもって伝道したい」と言ったのです。
西川先生も心の中で、とてもうれしかったと思います。
そのとき西川先生は、「ああ、やりましょう」と言われました。


私は「この汚い堕落性をもった私をひどい目に遭わせてください」と祈りました。
どうすればこの堕落性を脱げるかと西川先生に尋ねると、
伝道すれば脱げると言われたので、私はその言葉を信じて祈りました。

「天のお父様。
私はこれから伝道します。
堕落性を脱ぎます。
もし私が途中で伝道をやめ、手を鍬にかけて
後ろを振り向くようであれば、
私を地獄の十二丁目まで行かせてください。
もしあなたを裏切るようであれば、
地獄の最も深い所へ千年も万年も閉じ込めてください」。

このように祈って、伝道を始めたのです。
このとき西川先生は、黒板を作ってくださいました。

私は西川先生に、「先生、本当のことを言ってください。
先生は偽者ではありませんか?」と尋ねたのです。
すると西川先生は、「松本さん、よく考えてごらんなさい。
神様を信じられない人に神を科学的に教え、
『堕落論』を通じて真の清い人をたくさんつくったら、
神様が『お前、地獄に行け!』と言われるのであれば、
喜んで地獄に行こうではありませんか。そこが天国です」
と言われました。

私はその話を聞いて納得したのです。
牧師は、西川先生のことをサタン呼ばわりしたのですが、
西川先生のその一言で私の心は定まりました。

「私は行きます、天のお父様。私を殉教させてください」
と、決意を固めたのです。
そのとき、西川先生は私の手を握って祈ってくださいました。

私は死んでもこの道を行くと誓って、
開拓伝道に出発する前に三日間断食をしながら、
殉教精神で1960年8月16日、
黒板を肩に掛けて増田勝さんと初めて伝道に出発したのです。



このあと、松本ママは神宮外苑で
40日の開拓伝道に出発されます。
その時には、実りはありませんでしたが、
先日、紹介したように名古屋で基盤を築かれ
また、各地で多くの人を導いていかれました。

櫻井(小河原)節子さん 小室宏之先生
長谷川(竹内)みつ江さん 周藤健先生
神山(岩井)裕子さん・・・・・

特に、小室先生のあとに、澤浦さん、小宮山さん
そして、久保木会長が導かれました。
久保木会長を通して、さらに教会の基盤が確立し、
宗教法人世界基督教統一神霊協会が出発したのです。

松本ママは、伝道に出かけるとき、
黒板や聖書はもちろんのこと、
あのノボリを持ったまま、バスに乗り、
名古屋の駅頭に出かけていかれたそうです。

まさに、「命がけの伝道」です。
そういう精神を相続することを
松本ママは、お父様と共に
霊界から訴えかけられていると感じます。



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松本道子 : 1916年旧暦1月7日、韓国慶尚南道の片田舎に3人兄弟の末子として生まれる。
 韓国名は曹正道。10歳の時、留学中の兄を頼って日本に渡り、以後永住。17歳で結婚、
 3人の子の母となり、27歳で死別。化粧品のセールスをしながら子どもを育て、1960年
 西川勝氏により、統一教会に導かれる。日本統一教会の初穂である。
 2003年10月25日、聖和。真のお父様より「忠心教母」の贈り名を下賜された。

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松本ママの書籍など(光言社Online Shop)
 信仰は火と燃えて―松本ママ奮戦記
 マンガ 炎の伝道師 松本道子の奮戦記
 DVD 炎の伝道師 松本道子の奮戦記(アニメ版)


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