2015年02月14日

(証し) 炎の伝道師、初めての伝道! 「私を殉教させてください!」 《松本ママ》



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「西川先生は偽者ではありませんか?」

「松本さん、神様を信じられない人に神を教え、
真の清い人をたくさんつくったら、
神様が『地獄に行け!』
と言われるのであれば、
喜んで行こうではありませんか。
そこが天国です」



西川先生と出会い、講義を聴き始めた
日本統一教会の母、松本道子さんでしたが──
松本ママの証し後半です。


その後、「創造原理」と「堕落論」を聴いたのですが、
「堕落論」を聴く前に私は夢を見ました。

電信柱のように大きな蛇が二匹闘っていると、
蛇が蛇を産んでそこらじゅうが蛇だらけになってしまうのです。
もう足の踏み場もないほどですから、
私は恐ろしくなって「この蛇を焼いてしまえ」と叫んだのです。
するとだれかがやって来て、火で焼いてしまうのです。
蛇は焼かれて灰になりました。
韓国の白い服を着た男性が、その灰を掃いているのです。
私はその出来上がった道を歩きながら、
「ああ、あの人が焼いてくれたんだな」と、
感謝の思いで見ながら行くのです。

私はその夢を隣で寝ていた兄に話すと、
「縁起のいい夢を見た。宝くじを買え。きっと当たる」
と言って喜ぶのです。
私は兄が言うような夢ではないと思ったので、
急いで西川先生の所に行って夢の話をしました。
西川先生は、
「その夢は深い意味があります。
これから『堕落論』を講義するので、その夢の意味が分かります」
と言って、「堕落論」の講義を始めました。

「堕落論」を聴いて驚きました。
髪の毛がよだつほどでした。
私の中に、嫉妬心、猜疑心がある理由がよく分かったのです。
私の血統の中に、蛇の血が流れていることがよく理解できたのでした。

私は泣きながら、
「天のお父様と私は呼ぶことができませんが、
天のお父様、私はあなたの娘になりたいのです」
と祈ったのです。


三日後に入院しなければならない私でしたが、
もうその時から最後まで毎日、
西川先生の所に出掛けて行って受講しました。

そのことに兄は怒って、
「何がプラス、マイナスだ。
お前は入院しなければならないのに、夜中遅くに帰って来る。
お前の顔には死相が表れているぞ!」
と言うのです。

娘も「お母ちゃん、あんな変わったシスター・ボーイみたいな男、
あの人は牧師?」と言って、西川先生を軽蔑しているのです。

兄があの人は密航した男だから警察に訴えるというのです。
私は「あの義人を警察に訴えるなら、もう兄さんとの縁も切ります。
私は兄さんを殺します」
と言ってしまいました。
すると兄が「何?今まで育てて、お嫁にも行かせてあげたのに、
それが兄に向かって言う言葉か!」と言って私を殴るのです。
私は兄さんを殴るわけにはいかないので、兄の箪笥を蹴飛ばしました。
そして、取っ組み合いの喧嘩をしたのです。

「この無礼者、出て行け!」と兄が言うので、
「出て行く!」と言って、
布団とちゃぶ台を頭の上に載せて家を出ました。

西川先生の所に着くと、西川先生は私の事情を聞いて
私を慰めてくださるのです。

その時、私は「私は一生、女中をしてでも西川先生の後に付いて伝道したい!
先生のように黒板をもって伝道したい」と言ったのです。
西川先生も心の中で、とてもうれしかったと思います。
そのとき西川先生は、「ああ、やりましょう」と言われました。


私は「この汚い堕落性をもった私をひどい目に遭わせてください」と祈りました。
どうすればこの堕落性を脱げるかと西川先生に尋ねると、
伝道すれば脱げると言われたので、私はその言葉を信じて祈りました。

「天のお父様。
私はこれから伝道します。
堕落性を脱ぎます。
もし私が途中で伝道をやめ、手を鍬にかけて
後ろを振り向くようであれば、
私を地獄の十二丁目まで行かせてください。
もしあなたを裏切るようであれば、
地獄の最も深い所へ千年も万年も閉じ込めてください」。

このように祈って、伝道を始めたのです。
このとき西川先生は、黒板を作ってくださいました。

私は西川先生に、「先生、本当のことを言ってください。
先生は偽者ではありませんか?」と尋ねたのです。
すると西川先生は、「松本さん、よく考えてごらんなさい。
神様を信じられない人に神を科学的に教え、
『堕落論』を通じて真の清い人をたくさんつくったら、
神様が『お前、地獄に行け!』と言われるのであれば、
喜んで地獄に行こうではありませんか。そこが天国です」
と言われました。

私はその話を聞いて納得したのです。
牧師は、西川先生のことをサタン呼ばわりしたのですが、
西川先生のその一言で私の心は定まりました。

「私は行きます、天のお父様。私を殉教させてください」
と、決意を固めたのです。
そのとき、西川先生は私の手を握って祈ってくださいました。

私は死んでもこの道を行くと誓って、
開拓伝道に出発する前に三日間断食をしながら、
殉教精神で1960年8月16日、
黒板を肩に掛けて増田勝さんと初めて伝道に出発したのです。



このあと、松本ママは神宮外苑で
40日の開拓伝道に出発されます。
その時には、実りはありませんでしたが、
先日、紹介したように名古屋で基盤を築かれ
また、各地で多くの人を導いていかれました。

櫻井(小河原)節子さん 小室宏之先生
長谷川(竹内)みつ江さん 周藤健先生
神山(岩井)裕子さん・・・・・

特に、小室先生のあとに、澤浦さん、小宮山さん
そして、久保木会長が導かれました。
久保木会長を通して、さらに教会の基盤が確立し、
宗教法人世界基督教統一神霊協会が出発したのです。

松本ママは、伝道に出かけるとき、
黒板や聖書はもちろんのこと、
あのノボリを持ったまま、バスに乗り、
名古屋の駅頭に出かけていかれたそうです。

まさに、「命がけの伝道」です。
そういう精神を相続することを
松本ママは、お父様と共に
霊界から訴えかけられていると感じます。



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松本道子 : 1916年旧暦1月7日、韓国慶尚南道の片田舎に3人兄弟の末子として生まれる。
 韓国名は曹正道。10歳の時、留学中の兄を頼って日本に渡り、以後永住。17歳で結婚、
 3人の子の母となり、27歳で死別。化粧品のセールスをしながら子どもを育て、1960年
 西川勝氏により、統一教会に導かれる。日本統一教会の初穂である。
 2003年10月25日、聖和。真のお父様より「忠心教母」の贈り名を下賜された。

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