2015年04月15日

私の思考方式を変えよう! 南北統一は2020までに?! 〈続・真のお母様のみ言 4.1〉



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毎日訓読しながら、
「今日はこうします。必ず実践します。」
夕方には「成し遂げました。」
翌日には「より大きく実践します。」
このように
発展する報告をしなければなりません。




今月月初めの訓読会。
以前、紹介しましたが、
PeaceTVにお母様のみ言が詳細に掲載されていました。

今日は後半部分より、一部割愛して紹介します。



2020年までに南北統一が可能とならなければなりません。

北は食料も不足しているのに、
どんどんミサイルを放っています。
精神的には安定するのかも知れませんが、
それはすべき事ではありません。
全ての責任者たる者は、自分が率いる人々を
空腹にさせてはいけないのです。
主人意識でどこに焦点を置き考え、
行動するのか、分かっていません。

間違っていたら教育しなければなりません。
中国がどんどん膨張すれば、
この韓半島を放って置かないのです。
そうなれば日本も、アメリカもそうです。
そのため、私は随分以前から苦慮してきました。

この摂理歴史において完成期を迎えたこの国が
健康でなければなりません。
世界の中で
しっかり立つことのできる国にならなければなりません。
神様の祖国であり、真の父母様の祖国であるため、
世界の中心です。
中心が被害を被ってはならないのです。

この国を私がいる時に守らなければ、
私まで霊界に行ったら誰が守るのですか?

私が担った仕事に責任を持ち最善を尽くすのは
この国を救うためであり、
この国を救ってどうするのですか?
世界を救うのです。

韓民族が自慢できるものは何もありません。
ブラジルのように観光資源が豊富で
金銀財宝がたくさん出る国でもありません。
石油が出る国でもありません。
何もありません。

何を中心としてこの国が
世界の前に堂々と立つことができるでしょうか?
ただ一つ、真の父母様によるのです!
真理です、真理!
み言により光ることしかできません。

今日集まった皆さんから思考方式を変えて下さい。

実際に天一国、 堅固な基盤となるこの国が
先ず安定して立たなければならないでしょう。
主人が主人の役割をできなければ
大きな問題となるのです。

これからは最善を尽くすだけに留まってはいけません。
神様の祖国のために死生決断し、
私達が守らなければなりません。
それでこそ、この時代を生きている皆さんの
面目が立つでしょう。
裕福に暮らすことだけではありません。
これからは一つに団結して、
一つの声を大きく出しなさいということです。

世界の全ての国々は真の父母様の前では、
全て息子・娘です。
兄弟国です。

霊界でもどれほどやるせない思いでいらっしゃるでしょう?
皆さん一人一人にかけられる期待が大きいのです。
これからは皆さんが変わらなければなりません。

毎日訓読しながら、
「今日はこうします。必ず実践します。」
夕方には「成し遂げました。」
翌日には「より大きく実践します。」
このように発展する報告をしなければなりません。

昨日も中途半端、今日も中途半端、明日も中途半端。
それでは駄目です。
変わることができますか?
変わらなければなりません。

そうすることにより韓国が生き残れるのです。
そうすることによりまた皆さんも生き残れるし、
皆さんの子孫も父母に対し、
感謝の思いでしっかり育つようになるのです。




真の父母として、全世界・全人類を見つめておられる真のお母様。
世界の現状は、本当に困難に陥っています。
いてもたってもいられない思いでしょう。

そんな中、私たちに「変わらなければならない」
そのように語られています。

どれだけ深刻であり、切実な思いでしょうか。。。

そんなお母様のことを思いつつ、
今日も歩んでいきます。




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2015年04月14日

北では原理を語らなかった、お父様?! 〔“全て成した”と語られた理由 2〕



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お父様は1953年7月20日から
原理に対するみ言を語り始められました。
それではお父様はなぜ1953年に
原理宣布を始められたのでしょうか?



金榮輝先生の特別集会のみ言
第2回目です。

興南解放のあと、南下され、
お父様が原理原本を執筆されたことについてです。


釜山に到着してまず最初に実行されたことは
原理原本を執筆することでした
1951年5月11日から1952年5月10日まで
お父様がこのように1年間原理原本を書かれました
金元弼先生に聞いた話によると
お父様が北朝鮮におられた時
食口たちに原理について一言も
話されなかったそうです

北朝鮮の食口たちに毎日語られ、
多くのことを教えられましたが
時が至らなかったために
原理の内容を一言も語られませんでした。

お父様が興南収容所から釈放された後
平壌にいる全ての食口たちを訪問され
彼らと共に韓国に下ろうと提案されました。
けれども誰もお父様について行こうとしませんでした。

後でその方々に直接聞いてみると
万が一その当時に北朝鮮で原理について
学んでいたならば、お父様を拒否することは
なかっただろうと言いました。
かえってお父様にしたがって行ったでしょう。
彼らが言った話です
それゆえ彼らが立っていた立場と
現在の私たちの立場は完全に違います


お父様は1953年7月20日から
原理に対するみ言を語り始められました。

姜賢實女史に開拓伝道の使命を与えられ
大邱に送りました。

それではお父様はなぜ1953年に原理宣布を始められたのでしょうか?
お父様は1953年に何歳だったでしょうか?
正確に33歳でした。
イエス様が33歳にこの世を発たれました。

お父様が正確にイエス様のその年に合わせて
使命を引き継いで行かれたのです。
お父様は何かをされる時にも
何の計画もなしに無造作に行ったりはされません。
必ず正確なプログラムに従って
全てのことを行われるのです。


お父様は北朝鮮で
原理を語られずに伝道されました。

特に私たちが知っているのは、
興南において、み言をまったく語らずに
12名の弟子を立てられたということです。
精誠を捧げ、霊界を動員し、
先祖が導いたというのです。

33歳になるときまでは
原理を語られなかったお父様。
どれだけイエス様を愛し、
イエス様の土台で、ご自身が立っているということを
何よりも自覚されておられたのだと思います。

「正確なプログラムに従って
全てのことを行われ」た真のお父様。
霊界においても、そのようなプログラムの中で、
お母様を指導されながら、
摂理を進めておられるに違いないのです。

不定期に続きます。

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2015年04月13日

三弟子、金榮輝先生が解き明かす父母の真実!! 〔“全て成した”と語られた理由 1〕




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平壌に着くとすぐ、投獄される前に一緒だった
信徒たちを一人一人捜して回りました。
彼らが心配でなりませんでした。

平壌でおよそ四十日留まりました。
大部分の信徒を見つけ出しましたが、
結局行方の分からない人もいました。


自叙伝 より



先日、金榮輝(キムヨンヒ)先生を本部教会に迎えて、
特別集会がありました。

その場には参加できませんでしたが、
映像で拝聴させていただきました。
お父様の摂理路程を正確な年月日で語られながら
また、流暢な日本語で話してくださり、
2時間以上のみ言があっという間でした。

そこで語られたみ言を参考に
不定期ではありますが、
感じたことなどを書かせていただきたいと思います。


金榮輝先生は、1945年に真のお父様が
公式路程を出発したあとから、
92年の生涯を終えるときまでの路程を
詳細に語られました。

最初に印象に残ったのが、
興南から帰ってこられ、
弟子たちを訪問されたときのことでした。

ご自分で行くことが出来なかったところは
金元弼先生に訪問に行かせました。

そのとき、何を話したのでしょうか。
「ともに南に下りましょう」
ということです。

しかし、お父様と出会った食口たちは、
みな拒みました。

彼らは何と答えたでしょうか。
「私は行かない。
彼がもしメシヤならば
何で収容所に入ったのか」
そして、お父様とともにしませんでした。

そのことを金榮輝先生は
次のように解説しておられました。


このことは、2000年前のイエス様と同じです。
当時、イエス様は全ての基台が崩れ、
十字架につくことになりました。

そのとき、多くの人たちが
「あなたが神の子であるとするなら、
天使に命じてここから降りなさい」
そのように言いました。

そのときの状況と同じだというのです。


お父様に対して、
「もしあなたがメシヤなら・・・」
これは、その時だけではないでしょう。

お父様が迫害されるとき、
十字架の道を歩まざるを得ないとき、
いつもそのように非難を受けたお父様でした。

しかし、蕩減の道を歩まざるを得ない
真の父母の道ですので、
甘受して受け止め、乗り越えていかれたのです。

だからこそ、真のお父様は
「スーパーマンであって、
スーパーマンではない」と感じます。

蕩減復帰の道から見れば、
また、神様、そして、私たちから見れば、
お父様は「スーパーマン」なのです。
しかし、一般の人から見れば、
真のお父様は「スーパーマン」とは見えません。

人間、文鮮明なので、そうしか見えないので
お父様の価値がわからないので、
お父様ご自身が一つ一つ、私たちの代わりに
勝利していかれました。
生身の人間であるがゆえに、身をもって苦労されたお父様でした。

そして、もう一つ。
これは、「真のお母様しかり」なのです。



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