他教会でありますが、伝道の証しを紹介します。
10年前に教会を離れた方が、再び導かれてきました。
その方が、祈願礼式に参加した感想(三回分)を掲載します。
☆
私は10年前に統一教会を知り、文先生を知りましたけれど、
その時は色々な事情もあって、途中で学ぶことをやめてしまいました。
今回、再び学ぶ機会を与えられて、
祈願書を通した還元祈願礼式に参加できるようになりました。
還元祈願礼式を行う部屋は、文先生ご夫妻の真尊影が掲げられていますが
「今まで休んでしまった」という負債感もあり、
ご夫妻のお顔を直視できず頭を伏せてしまいました。
しかし今日、還元祈願礼式参加して座った時にふと、
ご夫妻の真尊影を見つめたところ、ご夫妻が私を見つめて、
にこやかで温かい笑顔を下さったのです。
私はとても驚くと同時に、何故か“ほっ”と癒され、
嬉しく満たされた気持ちになりました。
これからはしっかりと学んでいきます。
☆
還元祈願礼式の為に部屋に入ると、
文先生ご夫妻の真尊影をしっかり見つめてご挨拶ができるようになりました。
そして、心の中で「私は本当に手のかかる子ですね。
文先生が天国へ行かれて3年目だと伺いましたが、縁あってまた戻ってきました。
手のかかる私ですが、頑張りますのでこれから宜しくお願いします」とお伝えしました。
すると文先生の口元が動いてニッコリされ、奥様も優しく微笑んで下さり、
耳元のイヤリングがユラっと揺れたのを見ました。
いつも見ていて下さり、励ましてくださっているのだと感じて、
とても温かい気持ちになり頑張ろうと思いました。
☆
昨夜、些細なことで夫と口喧嘩になりました。
私の事を思っての言葉であるのはわかったのですが
「そんな言い方しなくても・・・」と口論になりました。
勉強をしているのでいけないとわかっているのに止められない事に落ち込み、
「私は本当にこの夫を愛して結婚したのだろうか?」と思いました。
この思いは、夫と時折意見が合わなくなると出てきます。
今朝は、祈願礼式にはその思いを引きずったままの参加となりました。
文先生ご夫妻の真尊影を見つめていると、
以前学んだ時に文先生と奥様の年齢は
とても離れているのを教えて頂いたのを思い出しました。
思わず奥様に「年齢の離れた方とご結婚なさって、日々の生活の中でいつも愛せる、
信頼できると思えたのですか?」と問いかけていました。
すると奥様は「お互いの苦労は違います。
だからこそ相手の苦労を思いやる心を持つ事、
お互いを慰労する心で見つめて愛するのですよ。
あなたも良き妻であり、お子さんの前でも良き母でありなさい」
と優しく諭すように語って下さいました。
いつもの穏やかな眼差しでとても身近に来られて
心が溶けるような感じで包んで下さいました。
愛で心がいっぱいになるように頑張りたい。
このご夫妻のようにと思いながらいこうと思いました。
☆
み言を学んでいる段階の方ですが、
とても霊的に敏感な方だと思います。
霊的にわかるわからないは別にしても、
ご父母様は私たちに働きかけようとしておられるのでしょう。
また、私たちももう一度、真尊影を貴重視し、
家庭祭壇を霊的中心に置かないといけないと思わされます。
家庭祭壇が、その家の霊的中心となり、
先祖が守ってくれるのです。
お父様のみ言を紹介して終わります。
☆
今日以後、皆さんは先生の写真を
持ち歩くのがいいでしょう。
そうすればどんな苦難に遭うとしても
無事に耐えられるように
保護してもらえるでしょう。
モーセがイスラエル民族を
エジプトのパロの元から脱出させ、
カナンへ導くために奇跡を行うとき、
長子が艱難に遭い
病気になって死にましたが、
羊の血を門に塗った家は、
その艱難がみな避けていったのです。
霊界は私たち人間のすべての
行動を見ることができるだけでなく、
保護してくれたりもするのです。
(礼拝と儀式より)
※ このブログは、
あくまでも個人において、書いているものであり、
教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、ブログの記事においては
無断転載はお断りいたします。
曲解や悪用ととれる引用も、
差し控えてくださいますよう
よろしくお願いします。
(もちろん、善なる目的で
使用することに関しては
その限りではありません)
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