2016年05月10日

日本に原理講論が伝わるまで、どれだけ涙が流されたか?! 《劉孝元先生の証し2》

今日は何の日?!

19520510.jpg


復帰されたアダムの基準を立たせんがため
毎日10時間以上の講義を続けて、
3年8ヵ月、これを成し遂げたということは、
天と共に、先生自身も
心から感謝するんであります。


日本食口の前で劉孝元先生を証されたみ言
1967.6




今日、5月10日は、64年前の
1952年、真のお父様が原理原本*の執筆を
完了されたその日です。

そして、それから14年たった1966年5月
ちょうど50年前に
劉孝元(ユ・ヒョウウォン)先生が執筆した原理講論が発刊されました。
その時はもちろん韓国語です。

日本語の原理講論が出たのは翌年ですが、
それに先駆けて原理大修練会が行われたといいます。
1967.6.17〜6.30

統一教会(家庭連合)の核心的な思想が
総合的にまとめられた原理講論をもとに
初めて、しっかり体系化された原理講義、修練会が行われました。

昨日の続きで篠崎部長の「喜びと幸せの生活伝道」より、
日本で初めての大修練会でのエピソードです。


劉孝元先生は、「原理」をノートに一冊書くごとに
数百回涙を流したといいます。
「原理」に接する時には、「原理」の前に恍惚となり、
涙なしには記録することができなかったのです。

お父様は、「この膨大な『原理』をこのように理論化し、
体系化させた劉協会長の頭はすごいものだ」
と称賛されました。


1967年6月12日、真の父母様と御子女様、
そして9人の先生が来日されました。

そして、6月30日までの2週間にわたって、
『原理講論』に基づいた原理大修練会が
本部教会で開催されました。


真のお父様は、劉孝元先生を証しされました。

「この人に関してひとこと言いたいことは、
再臨主の前に、復帰されたアダムの基準を
自分一人で完遂するような基準を立てさせなければ、
新しい復帰のいわゆる完成基準が出発されない。

そういう基準を天のほうから立たせんがために、
不具なその身振りをもって毎日十時間以上の講義を続けて、
三年八か月、これを成し遂げたということは、
天と共に、先生自身も心から感謝するんであります」



そして、劉孝元先生は講義をされる前に
次のような話をされました。

「私の親と親族は、日本の官憲によって殺害されました。
それゆえ、日本語は死んでも話さないと決意してきたのです。
そのため、日本語で講義するにあたり、
言葉がスムーズに出ないのではないかと思っています。

大先生から『恩讐を愛せよ』と学び、
今こうして皆様の前に立って、
恨みの心が湧いてこないことを嬉しく思います」


劉孝元先生の講義は、黒板をあまり使わず、
冗談もたとえ話もありませんでした。
しかし、淡々とした口調で語り続ける講義には
生命力があふれていたのです。

まるで『原理講論』を暗記しているかのようだったと
当時参加した先輩は語っています。


genrikoron.jpg



劉孝元先生は、日本語も流暢であり、
原理講論をそのまま日本語にして語られたということです。

恩讐の日本人・・・それは親と親族が日本の官憲によって
殺害されたからなのですね。

この劉孝元先生の証しは先日にも書きました。

「劉孝元先生は、食口を見た瞬間、日本人が敵であることを忘れただけでなく、
暗記してきた『原理講論』も全部忘れてしまったと言われました」

そのように書きましたが、
原理に感動し、涙を流しながらまとめられ
原理講論を書かれた方なのですから、
体に染み込んでいたのでしょう。

み言の力は恩讐をも越える真の愛の力があるのだということ。
み言を語る者として、肝に銘じていきたいと思います。



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*原理原本:真のお父様は、1952年5月10日、釜山、凡一洞の土塀の家で、『原理原本』の執筆を完了された。
1年間の精誠を尽くした執筆を終えられ、その日訪ねてきた姜賢實伝道師を原理のみ言で伝道された。
『原理原本』は、5巻からなっており、第1巻から第5巻まで、通しでページ番号が振られている。
この原本を弟子たちが筆写し、金元弼、姜賢實、 李秀卿の筆写本の資料が残されている。
(原理原本↓ 冒頭の写真も)


19520510 genrigenpon.jpg


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2016年05月09日

原理原本を読んで感涙! 「生涯従っていきます!!」 《劉孝元先生の証し1》



20160425_wh_img_01 - コピー.jpg


昨日紹介した篠崎部長の著書
「喜びと幸せの生活伝道」の中に、
劉孝元(ユ・ヒョウウォン)先生の証しが載っていました。
少し編集して紹介したいと思います。


劉孝元先生はソウル大学医学部に
数学満点で入学されました。
学校始まって以来の出来事だったそうです。

しかし、卒業2年前、
突然、脊椎カリエスにかかりました。
夢と希望を絶たれ、自殺まで考えましたが、
信仰深いお母さんの涙の祈祷のゆえに
それはできませんでした。

劉孝元先生は、善と悪の問題に悩み、
聖書に真理があるのではないかと思い、
ラテン語を学び、聖書を言語で読みました。

しかし、真理を見つけることができず、
悲しみと嘆きの中で生きたのです。
その後、原理に出会いました。


最初に入教したのは、親戚の梁允永先生の妹さんでした。

その人が「親戚に病床の身ではあるが、熱心に聖書研究をしている」
そのような噂があることを聞き、
婦人と二人で訪ねていきました。
そして、先生の部屋に入るや否や祈り始めたのです。

劉孝元先生は祈りを聞いたとき、
こみあげてくる思いに号泣しました。
そして、「あなたたたちは何か真理を持っているのではないですか?」
と願い出ました。

しかし、婦人はぽつぽつと話すだけで理解できません。


そして、劉孝元先生自ら釜山教会に訪ねて、
「先生が書かれた本はありませんか?」と尋ねると
ある本を貸し与えられました。
それが、『原理原本』だったのです。

『原理原本』は科学的な表現が多く、難しい内容であり、
普通の人が深く理解するのは困難です。
しかし、劉孝元先生は一気に読んで感動し、
その嬉しさで『原理原本』をもって泣きました。

そして、その思いをお父様に手紙で伝えました。
「一片丹心、私は生涯あなたに付き従っていきます」
というものでした。



劉孝元先生が『原理原本』を読んで伝道されたことは聞いていましたが、
このような形で導かれたということは今回初めて知りました。

そして、手紙を書いたあと、お父様と初めて出会われました。
その時、21時間話し続けられた、というエピソードを聞いたことがあります。

お父様と劉孝元先生との出会い。。。
その時の様子を想像するだけでも
劇的な出会いであり、今後の統一教会にとって
とても大きな出会いでした。

劉孝元先生の証しは明日に続きます。



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2016年05月08日

「神様が私を育てたのです!」 お父様の霊眼がいつ開かれたのか?!



2012_05_16_2069_IMG_0139%20(8)_m.jpg


16歳のときの
イエス様との出会いは
メシヤとしての召命ではなく、
自覚であった




篠崎伝道部長の著書
「喜びと幸せの生活伝道」に
お父様とイエス様の出会いに関しての
エピソードが記述されています。


2012年7月16日、真のお父様の
最後の公演となった「アベル女性UN創設大会」の
基調講演の前に突然、お父様は過去の秘密の話をされました。


私は小さいときから神様の声を聞いてきました。

・・・神様が私を育ててきました。
そういう人生を生きてきたのです。

16歳のときのイエス様との出会いは
『メシヤとしての召命ではなく、自覚』であった。



と、おっしゃったのです。


また、イエス様との意味深い霊的な一連の出会いについて、
1982年10月の世界言論人会議で、
次のように語られました。


一言で言って、霊的な世界が突然、私の前に広がり、
私は自由にその霊的な世界にいる聖者たちと
思う存分通信することができたのです。

北朝鮮の地の静かな山中で、
私は幾度かイエス・キリストと直接会話を交わしました。
神ご自身とも直接対話しました。

その時に掲示された真理の内容が今、
『統一原理』の核心になっているのです。
(1981年10月5日)



そして、啓示を受けて決意された後、
最初に悟ったことは、神様はキリスト教で言うように
遠くで見守る方ではなく、共に相撲をするような
近い方であられるということでした。



私たちは神様によって「召命」されてこの道に来ました。
しかし、お父様の場合は、
メシヤとしての「自覚」だったということなのです。

このことはお父様にとってみるならば、
絶対に勝利しなければならない、過酷な道だったと言えると思います。
そして、見事に勝利されました。

真理を解明された時、サタンは
「お前のような奴は6000年間、
一度も現れなかった」
と屈服し、離れていったといいます。
お父様に神様はどれほど感謝したことでしょうか。。。

その真理のみ言を与えられている私たち。
何の条件もなく、足りない者なのに。。。。
お父様に改めて感謝したいと思います。






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