2016年08月10日

(証し) 日本に嫁いで24年! 私が伝道も経済もできるようになった理由?!


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異国の地からお嫁に来るということは、
文化も風習もまったく異なります。

ここで生活していくのも、なかなか簡単ではないと思うのに、
多くの人を伝道し、経済の基盤を築いて、
見事に模範家庭として頑張っておられる
日韓家庭の婦人の証を紹介します。


尊貴なる天の父母様と勝利された
天地人真の父母様の恩恵に感謝いたします。

クリスチャンであった私は1985年、
22歳の時に天の導きを受けました。
当時、純福音教会に通っていた姉が、
いくらイエス様の名前で祈祷をしても
眠れない日々が6ヵ月続きました。

その時、777家庭のある先輩家庭の誘いで、
姉は統一教会の夕拝に参加した後、
ぐっすり寝られるようになりました。
それがきっかけで姉は
統一教会の礼拝に参加するようになりました。

ただ姉の夫は、姉が統一教会に行くことを嫌がり、
私に「説得してほしい」と言ってきました。
私は、当時通っていた純福音教会の担当牧師の
アドバイスを受けながら姉を説得しました。

姉は、統一教会に通い始めて日が浅く家庭もあったので、
独身だった私に「あなたが修練会に参加したら、
あなたの決定に従う」と約束しました。
その結果、7日修練会、21日修練会に参加した後、
私は姉と一緒に統一教会に入教することになったのです。


1988年、6500家庭の祝福を受け、
92年4月に日本に来て家庭を出発。
94年に今所属しているところに還故郷しました。

当時は、韓日人教会があった教会まで
車で2時間30分かけて通っていました。
しかし、アルバイトをしていた夫の収入で様々な摂理に貢献した後は、
教会に行くガソリン代がないので月1回しか行くことができず、
十分の一条もするのが難しい生活に。

私は天の前にとても申し訳なく、
「十分の一条の3倍の献金をできるようにしてほしい」
と祈祷するようになりました。

私は、「世界平和女性連合」の会員として、地域の清掃活動や
老人施設の慰問ボランティアなどをしながら活動する中で、
病気になってしまい、日本での生活に自信を無くしてしまいました。

そこで、「真の父母様は、私たちを日本に
病気になって死ぬように送り出したのではない。
真の父母様のみ旨をこの世に誇ることのできる
理想家庭をつくるために送られたのであれば、
私を健康にしてほしい」と1年6カ月の間、
天の前に駄々をこね毎日泣きながら祈祷しました。

その時の心情は、本当に韓国に帰りたい気持ちでいっぱいでしたが、
見えない天の紐で結ばれている私であるということを悟り、
信仰とは本当に恐ろしいものだと再認識しました。

私の祈祷に天が応えて下さり、健康を取り戻し、
天の前に十分の一条の3倍の献金ができるようになる
という願いまでかなえて下さいました。


2003年からは伝道活動を通じ、
真の父母様が私たちを日本に送って下さった意味と
御心を少しずつ知るようになりました。
そして7年間の伝道活動を通して、
日本での生活が感謝に転換されていきました。

伝道活動をしながら、私自身の中にある堕落性を脱ぐため、
常に人の良いところだけを見て、良い言葉だけを聞き、
良い言葉を使う努力を継続。

その上で、私自身を変えるため、毎日の生活の中で
「感謝します」を何千回、何万回を叫ぶ中で、
自然と人々の良いところを見ることができるようになっていきました。

このような努力の結果、10年間で約50人を受講決定。
原理や父母様を証しし、感謝献金をするように導き、
その中から13人を祝福につなげることができました。


他の宗教に30年ほど通っていたある40代の女性は、
「理想家庭を成したい」と努力してきましたが、
願いを果たすことができず、
21 年間勤めた大企業を退職することになりました。

この女性の母親を10年前に伝道しましたが、
母親は娘の結婚のため精誠を捧げるという動機で
原理を学ぶようになったものの、一度も私に
娘さんをつなげてくれることはありませんでした。

私は天の前に「この婦人の娘さんにつなげてほしい」
と熱い祈祷を捧げた後、その婦人宅を訪問。
すると劇的にも娘さんは在宅していて、
教会にも導くことができました。

これがきっかけとなり、婦人は霊肉祝福を
受け、娘さんも祝福を受けるための教育を始め、
教会に懸命に通っています。


日々の伝道活動と並行し、氏族復帰へも力を注ぎ、
氏族30人余りを集めて真のお父様の自叙伝配布と
聖酒式を行い、夫の両親も祝福を受けました。

経済的には豊かとはいえませんが、
会社員として約20年勤めながら、
教会でも15年間二世部長を担当してきた夫、
私が見てもうらやましいほど仲の良い息子たちに囲まれ、
家族全員がいつも幸せで、
笑みがこぼれる家庭を成そうと努力しています。


私は、過ぎし30年余りの信仰の道を振り返ったときに、
いつも天が私の道を導いて下さり、
私の祈祷を聞いて下さっていたということを悟りました。

入教時にも、日韓祝福を受けて大変だった時にも、
私がなんとか超えることができる程度の試練を下さり、
私を鍛えて下さり、私の堕落性を脱がせて下さり、
大きな祝福を下さった私の神様であるということを
改めて悟るようになりました。

伝道生活12年を通して、天が私に願われていることが何であり、
私が果たさなければならない責任が何であるかをずっと尋ねてきました。

すると、ある時真の父母様の声が聞こえ、
「パンターナル精神」という答えを下さいました。
私が好きなことだけをするのではなく、
どんなことでもそのまま受け止め、
私の中で消化する者へと1日も早く成長してほしい
という天の願いを悟りました。


教会で基台長として活動していた時、基台長から降りて
もっと伝道活動に専念できるようにしてほしいと
真の父母様に懇切に祈祷を捧げましたが、
むしろ天は昨年10月、13年間婦人代表を務めてこられた方の代わりに、
不足な私を婦人代表の位置に立たせられました。

すべての食口が神氏族メシヤ活動に勝利し、
救国救世の基盤を造成しなければならない今の時期に、
先に模範を見せなさいという天のみ旨であることを悟りました。

また、去る20年余りの日本での生活を通して、
私を導いてこられ、育てて下さった天の父母様と
真の父母様が私を訓練するために与えて下さった試練であり、
祝福であると考えています。

婦人代表として毎日右往左往する不足な者ではありますが、
いつも私を守って下さり、私の祈祷を聞いて下さる
天の父母様がいらっしゃることを信じ、
真の父母様の心情の対象に立つ娘になるように
今日も努力しています。



素晴らしい証しですね。

神様は生きて働いておられる、
しかし、その神様を実感し、
神様に導かれるためには、
精誠の条件が必要なのだ。。。

そのことを強く感じます。

この方の精誠は「祈り」だと思います。
祈りは絶対に聞かれます。
神様に結果を与えられるのは、
すぐではないかもしれません。
しかし、求め続けていけば、
必ず与えられるのです。

教会長も、
「今は歴史的な大転換の時です。
こういう時ほど、霊性を高めないといけないです。
人に、堕落性に左右されるのではなく、
本心を通して働く、神様の声を聴かないといけません。
そのためには祈りが必要だと感じます」
と語られていました。

この方のように、
切なる祈りを捧げつつ、
み旨に邁進していきたいと思います。


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2016年08月09日

これから始まるあなたの物語、父母が心すべきこと?! 《父母のための2世祝福講座》2


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☆HJ天苑特別修練会にて2世の質問に答える
文善進世界会長 2016.8.2☆


櫻井副局長の父母のための二世祝福講座、
続編です。



統一家族としての祝福


最後に、二世祝福は「統一家族としての祝福」、
「祝福家庭同士が出会う祝福」だということを説明したいと思います。


これまで、二世祝福において、幾つかの「勘違い」が見られました。

一つには、二世祝福は「子女間の問題」であって、
子どもたち同士、相対関係がうまくいくか
どうかが最大の課題だ、という見方がありました。

しかし、実際は、父母間の関係性、家庭間の関係性が
子女同士の関係にもたらず影響が大きいのです。

子女間での些細な口げんかが、父母間において
「抜き差しならない問題」になってしまうケースも見られました。


また、「我が子」の結婚により、「嫁・婿」ができる、という考え方です。

この考え方の「どこ」が問題なのかと言うと、
「我が子」を中心に考えている、ということです。

もともと、「我が子」には甘く、
「嫁・婿」には厳しくなってしまうのが親の情です。
「我が子」への思いが強ければ強いほどそうでしょう。

こうなると、世の中同様、私たちにおいても、嫁・姑問題等が起こって来る訳です。


それから、「お互い祝福家庭同士なのだから、
価値観や信仰観は一緒だろう」といった考え方にも、大きな落とし穴があります。

信仰をもっている家庭同士とは言え、家庭の習慣性や価値観などは十人十色で、
信仰観すら全く同じとは言えないでしょう。

祝福後、家庭間の価値観の違いから衝突が起こるケースも少なくありませんでした。

さて、では、どう考えるべきなのでしょうか?


二世祝福というのは、「個人と個人の出会い」ではありません。
「家庭と家庭の出会い」です。

祝福家庭同士、神様を共通の親とする「統一家族」として出会い、
より大きな願いのもとに、「神様を中心とした氏族圏」を作っていこうとするものです。

だからこそ、これは「子女間の出会い」ではなく、「家庭間の出会い」だと捉え、
まずは、父母が親睦を深めることが大切だ、ということを意識しておいてください。


若い二人が出会えば、トラブルが生じてくるのは当然のことでしょう。
要は、父母間において信頼関係を築けるかどうかなのです。

実際、相対関係に全く問題のないカップルなどありませんが、
父母間の良好な関係性は、そうした若いカップルを守り、
正しく導く、良き保護圏になるのです。


また、新たに出会う、子どもの相対者を「我が子の相手」、
「嫁」や「婿」として見つめるのではなく、
もう一人、娘ができた、息子ができた、と考えてください。

二世というのは、そもそも真の父母を共通の親とする、「同じ神様の子女」です。
むしろ、自分の子女以上に、相対者の方こそ、
二十数年ぶりに再会した「我が子」と思って、愛してあげてください。


最後に、、、自らの家庭の価値観に固執せず、共に「統一文化」を目指しましょう。

お父様はかつて、「二世祝福では怨讐の家庭同士が出会うんだよ」と言われたことがありました。
しかし、実際は、「怨讐として出会う」訳ではありません、「出会って怨讐になる」んです。

私たちの価値観には「偏り」がありますし、私たちの信仰観もそうなのだと思います。

教会で献身的に歩むことが信仰だと考える家庭もあれば、
社会で証しを立てることが信仰だ、と考える人もいます。
互いに価値視している内容は異なっている場合が多いのです。

しかし、そうした家庭同士を出会わせたのが「神様」であるとすれば、
そこには「より大きな天の計らい」があるはずです。

私たちが築きたい文化は、「統一文化」です。
全ての違いを越え、互いを理解し、家族として互いを尊重し合える
「統一家族の文化」、「地球家族の文化」なのです。

私たちを通して、世界の至るところに張り巡らされた「怨讐の壁」を撤廃していきましょう。


二世祝福は、神様が最初に願われた「創造本然の結婚」であり、
歴史をかけて追い求め続けた「三代理想家庭の実現」であり、
「神の下成る一家族世界」の基点です。

その神様の願いからもう一度、これを見つめ直し、備えていきましょう。



嫁と姑の問題は、一般社会においてだけでなく、
私達、統一食口の中にもあるのだということです。
「嫁には厳しく、娘には甘い・・・」
やはり、二世を持つ親としては、
気を付けないといけないと思います。

何度かお伝えしているように、
家庭連合時代に入って、
本当に家庭の中に天運があり、
神様の祝福があることを感じます。

しかし、二世代・三世代、
さらには、それ以上に発展していくためには、
私達、一世の立場がより重要なのは、
間違いないのです。

不定期に続きます。

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2016年08月08日

『お父様、お帰りなさい!!』 初来日、ガラス越しの思い出?! 《小室先生の草創期の証し》7



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小室先生の証し。
今回は、お父様が初来日されたとき、
そこでのお父様との出会いの証しです。


真のお父様が日本留学以後、
初めて来日されたのは一九六五年一月二十八日です。

そのころ本部教会は、南平台町(東京都渋谷区)にありました。
真のお父様をお迎えするために、
学生部のメンバーが中心となって、羽田空港に行きました。

真のお父様が本部教会に到着されたとき、
学生たちが行列をつくってお迎えしたのですが、
私は玄関の前にいたので直接、真のお父様に
「お父様、お帰りなさい」と申し上げることができました。

「先生、お帰りなさい」とは言わなかったのです。
そのころは、真のお父様のことを「大先生」とお呼びしていたのですが、
なぜか、そのとき「お父様」と言わなければいけない思いに駆られて、
「お父様」と申し上げたのでした。


真のお父様に対する私の第一印象は、
若々しくてハンサムであるということです。

真のお父様は、聖歌二十四番の「新エデンの歌」を、
体を揺さぶり手を振りながら何度も歌われました。
それ以来、私は、この聖歌がいちばん好きになったのです。


真のお父様は、私たちを前にして、み言を何時間も語り続けられました。

私は絶対に真のお父様の前では居眠りしてはいけないと思い、
お父様の目を見詰めながらみ言を聴き続けました。
そのためか真のお父様が、私にお話ししてくださっているように
思えたことが何度かあったのです。

真のお父様と一対一でみ言を聴いているように思えたので、
とても緊張しました。


み言を聴く前は、眠らないためとトイレに行かないようにするために、
飲食物を控えました。
兄弟たちが狭い所にぎっしりと座っているので、
いったんトイレに行けば、前のほうには座れなくなるからです。

真のお父様を間近に拝見していて驚いたことは、
お父様はコーラや水をとても多く飲まれるのですが、
トイレには行かれないことです。

十時間以上、み言を語られながら水分を多量に補給しても、
トイレに行かれないのです。
真のお父様の体は、どうなっているのかと不思議に思いました。


み言を語られた後、真のお父様が休まれたのは、
南平台の本部教会の二階でした。

そのころ真のお父様を警備しなければならないという意識は、
ほとんどなかったように感じました。

そのようなとき、私は真のお父様を
サタンからお守りしなければならないという思いで、
お父様が休まれる部屋の前に座って、徹夜祈祷をさせていただきました。


真のお父様が出掛けられるときは、
いつも先に玄関に飛び出していって靴べらをお渡しして、
「行ってらっしゃい」と申し上げてお見送りしたのです。

このようなことをしたのも、
すべて真のお父様と親子の関係を実感したかったからでした。


真のお父様は、南平台に集まった教会員と一人一人、
握手をしてくださいました。
握手していただいたときは、本当にうれしく、
私は思わず両手で真のお父様と握手をしました。

握手だけではありません。
真のお父様は、全員に記念のハンカチを下さったのです。


真のお父様が、日本から米国に出発されたのは、
一九六五年二月十二日でした。

私も見送りに羽田空港に行きましたが、
真のお父様と空港でお別れするとき、
お父様は仕切られたガラスに手を当てられました。

見送りに行った私たちは、真のお父様の手にガラス越しではありましたが、
一人一人、手を合わせたのです。

このようにして、真のお父様は、教会員一人一人を心から愛してくださいました。
ガラス越しに真のお父様と手を合わせたことは、
今でも忘れることができません。



小室先生は、お父様と親子の因縁を結ぶべく、
精誠を立てていかれる姿が素晴らしいと思います。

また、おそらくそれ以上に
お父様は、日本の食口たちに
どれほど会いたかったか、
そして愛の因縁を結びたかったか、
そのことも感じます。

その表れが一人一人にくださったハンカチであり、
ガラス越しの握手だったのだと思います。

お父様とは地上で握手することも
み言を聞くことも出来ないのだな・・・
そんなことを思わされます。

しかし、そのことを羨むよりも、
かつて、金元弼先生がこのように
語られたことを思い出しました。。。

『神様から見たとき、一緒に生活して歩んでいる者と
直接会わないで、み旨を歩んでいる者と
どちらが信頼できるでしょうか。
それは、皆さんのように、一緒にいないにも関わらず、
歩んでいる人を信頼できるというのです』

そのような思いをもって、
お父様に侍っていきたいと思うのです。



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