今回の「天一国四大聖物」に対して、
分派の人たちは、多くの否定をしています。
残念ながら、私たちの教会にも
そのような人がおられます。
あらためて、「四大聖物」とは
どのようなものなのか、確認してみましょう。
「世界家庭」に聖酒式の意義と価値が、
詳細に解説されています。
今回は、聖酒式に関しての意義を紹介します。
☆
真の父母様ご聖婚五十六周年を機として与えられた
「天一国四大聖物」、およびそれに基づく今回の恩赦は、
空前絶後の歴史的な勝利圏に基づいて与えられた恩賜です。
☆
今回の恩赦について、「『天一国四大聖物伝授及び聖酒式』
の意義と精誠条件」という公文に、
次のような説明があります。
「真のお母様は、真のお父様の聖和以降、
真のお父様と完全一体を成し遂げられた土台の上で、
三年間のこの上ない侍墓精誠を全人類に代わって
直接捧ささげながら、天の父母様に捧げる
真のお父様の最後の孝の精誠を共に尽くされた。
そして、その基台の上で歴史的に
空前絶後の基元節三周年を迎え(た)」
(二〇一六年六月二日付、抜粋)
☆
二〇一二年九月三日(天暦七月十七日)の
真のお父様の「聖和」以降、
人類の「真の父」は霊界におられ、
人類の「真の母」は地上界におられるという、
歴史上かつてない時代圏を迎えています。
真のお母様は、「天正宮本郷苑」で三年間にわたる
「侍墓精誠」をささげられ、
二〇一五年八月三十日に聖和三周年を迎えられました。
そうした「侍墓精誠」の基台の上で、
私たちは「希望の四年」である天一国四年を迎えています。
☆
今回の「恩赦」を簡潔に表現すれば、
この三年間の「侍墓精誠」の基台によって、
霊界の真のお父様と、地上界の真のお母様の完全一体が安着し、
その勝利圏によって与えられた
空前絶後の恩賜であるということです。
「天一国聖酒」の恩賜について
基元節聖酒(天一国聖酒)は、
真のお父様が地上にいらっしゃったとき、
「天一国基元節」で使用する聖酒として作られ、
それを保管するよう清平に指示された聖酒です。
今回の「天一国四大聖物」の聖酒は、
その天一国聖酒が、真のお母様の三年間の
「侍墓精誠」の勝利の基台の上で新たに与えられたものです。
すなわち、今回の聖酒は真の父母様
(真のお父様と真のお母様)によって与えられたものです。
☆
聖酒は、人間始祖の立場で勝利された
真の父母様の勝利圏によって作られた
歴史的価値のあるものです。
天一国聖酒は、真のお父様が聖和される前、
地上において作ってくださっていたもので、
さらに真のお母様の「侍墓精誠」の基台の上で
新たに与えられているものです。
たとえ真のお父様が霊界に行かれた後であっても
その勝利圏は永遠であり、今も有効です。
これは、キリスト教においても、
イエス様が「昇天」されて霊界に行かれた後も、
パンとぶどう酒による「聖餐式」で
霊的救いの恩恵が与え続けられていたのと同じことです。
☆
真のお母様は、「天一国四大聖物」のための祈祷の中で、
次のように祈っておられます。
「もう一度真の父母様の名前で天の父母様に、
矜恤のこの聖物を通じて新しく誕生し、
永遠の本郷苑に行くことができる影のない、
一点もサタン圏内の痕跡がない、
そのような姿で故郷の地に行くことができる、
最後に真の子女の姿になることができる
祝福の恩賜を下さるこの聖物……」
☆
真の父母様は二〇一三年の基元節聖酒式で、
祝福家庭と食口たちに対する
恩赦と入籍を与えてくださいました。
それは、私たちを「影のない、一点もサタン圏内の痕跡がない、
そのような姿」に生み変えてくださる恩恵でした。
しかし、その後の私たちの姿を真の父母様がごらんになり、
本然の姿ではないことに対して心を痛められ、
「もう一度」恩赦の道を与えてくださったのが、今回の聖酒式です。
これは、霊界の真のお父様と地上界の真のお母様が
渾然一体となって与えてくださる恩賜です。
☆
今回の聖酒を否定することは、
真のお母様を否定すると分派の方は考えているようですが、
結果的には、真のお父様を否定することになるのです。
そのことをはっきりと認識しないといけないのだと思います。
そして、聖酒式に参加し、
恩恵を受けた者として、
より御父母様を証しする者と
ならないといけないと思うのです。
四大聖物の残りの意義に関しては、
後日お伝えします。
※ このブログは、
あくまでも個人において、書いているものであり、
教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、ブログの記事においては
無断転載はお断りいたします。
曲解や悪用ととれる引用も、
差し控えてくださいますよう
よろしくお願いします。
(もちろん、善なる目的で
使用することに関しては
その限りではありません)
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