2016年09月24日

死なねばならないなら、死にます!! エステルの信仰?! 《家庭連合創立57周年晩餐会》



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真の父母の路程を
すべての人が知るようになれば
涙で前が見えなくなることでしょう。

一片丹心
そのような生涯が
今日このような奇跡をつくりあげました。


真のお母様



日本における教会創立57周年を迎えました。
一昨日、記念晩餐会に参加させていただきました!

その様子は、本部HPにも紹介されています。

私は、会場の一番右端でしたので、
もっぱらモニターでしたが、
参加させていただいたことが感謝でした。

プログラムの中で、この映像が流れました。
とても感動的でした。
10分くらいですので、ぜひ、ご覧ください。



教会創立57周年記念大会上映映像




総会長は以下のように語られました。

家庭連合時代が開かれた今、日本家庭連合は、
統一教会当時の文化に戻るのか、
新たな『孝情文化』を創建しながら
組織革新を成していくのかの重大な岐路に立っています。

『死なねばならないのなら、死にます』と叫び
命がけの精神でユダヤ民族を救った
ペルシア王妃・エステルの信仰を相続し、
家庭連合の摂理的な意味を守り完成させるにあたって、
『死なねばならないのなら、死にます』という心情で進んで行けば、
天は必ず私たちを勝利の道に導いて下さるでしょう。
(一部編集しています)


エステルは旧約聖書「エステル記」にある王妃の名前。
「エステル記」は、バビロン捕囚の時代、
ペルシャのアハシュエロス王の王妃となったユダヤ人の娘、エステルと、
養父(おじ)モルデカイの記録です。

アハシュエロス王は、前の王妃が反抗的であると処刑した人物。
集められた新王妃候補の中から選ばれたエステルは、
ユダヤ人を嫌う大臣が、ユダヤ絶滅のためのお触れを出させますが、
その危機を逃れるために、死を覚悟してユダヤ民族を救い、大臣の企みを覆します。
これが、プリムの日という祝日の起源となります。


エステルがおじモルデカイから言われた言葉はこうです。

「あなたは王宮にいるゆえ、すべてのユダヤ人と異なり、
難を免れるだろうと思ってはならない。

あなたがこの国に迎えられたのは、
このような時のためでなかったとだれが知りましょう」

(エステル記4章13節)
そこでエステルは、
召されずに王のもとに行く者は殺されるという法律があるにも関わらず、
民族と共に3日断食をしたのち、王に謁見にいくのです。

「わたしがもし死なねばならないのなら、死にます」
というのは、そういう意味です。

王からの恵みを得て、願いを言えと言われますが、
エステルは酒宴に招き、また翌日の酒宴の席でようやく
王の前に話し始めます。

それまでは、おじに止められて、ユダヤ人であることを
誰にも告げてなかったのですが、
この時に、初めてそれを証し、ユダヤ民族の状況を進言し、
王から受け入れられたのです。

そして、おじのモルデカイは大臣となり、ユダヤ民族も恩恵を受けました。


総会長が話されたメッセージは、このようなエステル記の
背景を知らないとよく理解できないと思います。

今は、堂々と真の父母と家庭連合を証すとき、
そのように、真の父母様が言われるのですから、
死ぬことはないですし、大きな恵みが準備されている時であると思うのです。

霊界では真のお父様
地上では真のお母様がおられるのは、
あとにも先にも今しかありません。


会場には多くの大先輩がたくさんおられました。
12双、777双をはじめとして、
本当に古くから、真の父母様に侍り、
精誠を尽くされた方がたくさんおられ、
この会場は、本当に貴重な場所だ・・・
そのことを肌身で実感しました。

2020年に向けての決意を新たにする
ひとときの晩餐会でした。



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posted by ten1ko2 at 06:55 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月23日

お父様に会うよりも、もっと難しいこととは?!  ≪金元弼先生≫


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金元弼先生の講話。
今回は、『親の心で尽くされる先生』です。


皆さんは真の親に出会って一緒に生活したことがないので、
私は真の親と一緒に生活した体験者として、
真の親の愛がどういうものか、きょうは一つのポイントをお話ししたいと思います。

先輩のリーダーたちが名節のお祝いで先生にお会いし、
それが終わった後には、先生に
「これから任地の国に帰ってやらなければならないことがたくさんあるので、
もう帰ってもよろしいでしょうか?」
と尋ねるのが共通の話題になってきます。


なぜリーダーたちはそのように聞かなければならないのでしょうか。
会議が終わったら帰るのが当然ですが、先生は会議が終わっても、
「まだ残っていなさい」といつも言われるからです。

それで待っていると食事に招待され、いろいろな話をされます。
そうしていると夕方になってしまい、また夕食に招待されます。

そこでリーダーたちはやるべきことがたくさんあるので、
「このようにただ食事をし、話をするよりは早く任地に帰りたい」
と思うようになります。

それで先生に「忙しいのでもう帰ってもいいでしょうか?」
と聞きますと、先生は「まだ帰らなくてもいいですよ」と答えられます。

ところが先生と一緒にいたら、リーダーたちは
夜の十二時、一時になっても休むことができません。
先生は帰られないで、リーダーたちの報告を聞いたりアドバイスをされるのです。

そして朝食が七時ですから、六時半には来なければなりません。
二、三日はいいですけれども、それが一週間続いたら、
そこにいたくないという思いになります。

そうした中でリーダーたちは
「自分が疲れているので帰ります」とは言えないので、
「先生、お疲れでしょうからお休みになったらいかがでしょうか」と尋ねます。

私たちも、日常生活の中でそれと似たようなことがたくさんあるでしょう。
例えば自分が疲れていて眠りたいので
「あなた、もうお休みなさい」と自己中心的な動機で言います。


ところで先生は、なぜそのように帰ろうとする
リーダーを引き止めようとされるのでしょうか。

皆さん、もし気に入らない人がいるとするならば、
早く帰ってほしいと考えるでしょう。
あるいは理屈を言ってまでもその人から離れようとします。
その口実は、何であっても、私たちはその人の心を読み取ることができます。

もし口実をつくって他の所に行ったとするならば、
その口実どおりにしなければなりません。
それをしないとするならば、だれが問題となるでしょうか。
あなた自身が問題になります。

先生が「まだここにいなさい」と言われるのは、愛の心があればこそです。
それはいつも共にいたいという心です。
それが親心ではないでしょうか。


例えばあなたの子供が、勉強のために親元を離れていたけれども、
休暇に入って帰ってきたとします。
そうしたら親の心はどうでしょうか。

子供がまた行く日が近づけば近づくほど、
もっと子供と共にいたいという思いでいっぱいになります。
そして子供が行こうとすると、寂しくなって涙を流します。
それが親の心です。


リーダーたちに先生が「まだ帰らなくてもいい」とおっしゃるのは、
「任地を心配する必要がない」という意味ではありません。
先生はその事情をだれよりもよく分かっていらっしゃいます。

それを知りながらも「もっといなさい」ということは、
「私と一緒にいることによって、
その責任分担がうまくいくように助けたい」という心があるからです。
一年でできることを、一カ月でできるようにしてあげたいからです。

それで先生はいつも「もっといなさい、もっといなさい」とおっしゃるので、
リーダーたちの間では、
「先生に会うために入国ビザを取るのも難しいけれども、
先生から帰ってもよいというビザをもらうのはもっと難しい」
という流行語が出てきました。

このように、いつも子供たちと共にいたいというのが先生の心です。


その真の父母の愛がどういうものであるかということを、
具体的な例を挙げてお話ししましょう。

それはイーストガーデンが新しく改築された時のことです。
私は家内と共に先生ご夫妻を訪ねました。
そして先生は、私たちに部屋を全部見せてくださいました。

最初に見せてくださったのは先生ご夫妻の寝室で、
バスルームもすべて見せてくださいました。

皆さん、自分の一番大切な部屋を他人に見せますか?
西洋世界はとてもオープンですが、
たとえ皆さんがいかにオープンであったとしても、
最も重要なものは見せないでしょう。

貯金通帳を見せますか?
皆さんは部屋を見せても、そういうものは見せないのです。
そのように韓国では、一番重要な部屋は、特に身近な人以外には見せません。

しかし、先生ご夫妻はすべての部屋を見せてくださり、
食事も同じテーブルで、全く同じものを食べられます。

ただ一つ違うことは、兄弟姉妹が先生に最初の物をささげることです。
しかし、その後は同じ物をみなで食べます。

先生ご夫妻は特別の物を食べられて、
その他の人々には違う物をあげられるというようなことはありません。
いつも同じです。
外食をするときも、運転手も警備員も同じ物を、
時には同じテーブルで食べられます。


私がこのようなお話をするのは、
これを通して皆さんが真の父母の愛というものがどういうものかということを、
もっとよく理解できると思うからです。

私たちも、そのような真の愛をもって、
互いに尽くさなければなりません。

ですからだれかが訪ねてきたら、「早く帰ってほしい」と思わず、
「もっと彼と共にいたい」と思わなければなりません。



「お父様に会うために入国ビザを取るのも難しいけれども、
お父様から帰ってもよいというビザをもらうのはもっと難しい」
なんとも面白い表現ですね。

真の愛が根底にあるから、
そのように行動される真の父母様なのです。

お母様は、お父様とは正反対というか、
時間もきっちりされているし、
スケジュールを延長されることはないことでしょう。

それでも、お母様はやはり深い親心を持たれていますし、
私たちに細かい配慮もしてくださっています。

思い出されるエピソードとしては、
聖和3周年の時、日本のメンバーがミュージカルをしました。
そのメンバーたちが帰国するためすでに空港にいるとき
お母様から呼び戻され、天正宮でみ言と
プレゼントを頂いたことがありました。

お父様が聖和された後、
私たちの心を知っておられるのでしょう。
日本を巡回された真のお母様でした。。。。

お父様の聖和に衝撃を受けた食口たちに
慰労と愛を与えないといけない・・・
お母様ご自身も大変な心情なのに、
それ以上に子供たちのことを思い、
一目散に駆けつけてくださった真のお母様でした。

重要な時には、責任者を集めて、
日本を代表する立場で、
公的に責任者を愛する真のお母様です。

実は、来月も日本の責任者を
韓国に呼んで、研修会を開かれるそうです。

そのような親の愛の中に、
私たちは抱かれているということを
改めて、感謝したいと思います。




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2016年09月22日

韓国は、選民として勝利できるのか?! 時は来ています! 《真のお母様のみ言8.23》



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2016希望ドリームカンファレンス開会式において語られた
真のお母様のみ言を紹介します。



人類を導くための蕩減復帰摂理と選民


神様が天地創造をなさり、
人間始祖となり得るアダム・エバを創造されて、
彼らに責任を与えてくださいました。

彼らは神様の前に絶対信仰、絶対愛、絶対服従をもって
一つにならなければなりませんでしたが、
成長過程で自分を中心とした行動によって
堕落へと陥るようになりました。

神様は遠大なる夢をおもちでした。
その夢を人間始祖と共に成そうとされました。

しかし、その責任を果たすべき
アダム・エバが堕落したのです。
そして全能であられる神様は、悲惨な悲しみの、
孤独な神様となられました。



堕落した人類をそのまま捨てておくことができない神様は、
人類を探し求めるため、蕩減復帰摂理を始められました。
一つの善なる民族を選び、
選民の名で育ててこられました。

神様の夢を成すためには、
人間の中から責任を果たし得る男と女を
探し出さなければなりません。
彼らを通して、
人類を天の側へと導き得る道を開かずして
摂理歴史は進行し得ません。

どれほど大変ならば、
選民のイスラエル民族を育てるのに
4000年もの長い歳月が必要とされるでしょうか。


そのようにしながら、
救世主、イエス様を送ってくださいました。

そして、選ばれたイスラエル民族、ユダヤ教、
特にマリヤを中心とした、ザカリヤ家庭、ヨセフ家庭は、
イエス様のために責任を果たすべきでした。

一言で言えば(彼らは)責任を果たせませんでした。
神様が送ってくださった独り子を奉ることができず、
イスラエル民族は(イエス様を)十字架にかけたのです。

キリスト教2000年の歴史は中身のない殻でした。
中心がなかったのです。

独り子が来られたのに、天の摂理も知らず、
一人では何もすることができませんでした。

それでキリスト教2000年歴史は、
独り娘を探し出す摂理歴史でなければならないのです。
(そのことを)今日のキリスト教徒たちは知りません。


しかし、天の摂理歴史は発展してきました。
聖書を見れば感じるでしょう。
一度選んで立てた中心人物が責任を成し得ない時には、
天はその人を再び用いることができないのです。

国も同じです。
第2次世界大戦で600万のイスラエル民族が
なぜ虐殺されたのか考えてみましたか。

神様がそのように待ち焦がれ、
独り子、独り娘を通して真の父母となり、
人類を救われようとされた夢が再び挫折するようになりました。


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真の父母を知らせ、民族の行くべき道を教える


堕落した人類が天の前に進み行くには
蕩減条件を払わなければなりません。
これを知らなければなりません。

独り子イエス・キリストが十字架で亡くなられる状況の中で
「また来る」と言いました。
また来て「小羊の婚宴」をすると言いました。

その言葉についてキリスト教徒たちは、
いまだに悟れずにいます。
独り子と独り娘は
神様の摂理の中で現れるべき人類の真の父母です。

その真の父母を、独り娘の基盤を
準備してこられた摂理歴史には大韓民国に責任があります。


2000年前、イスラエル民族を選民として選ばれ、
独り子イエス・キリストを送ってくださったように、
その時に現れなかった独り娘の基盤は、
大韓半島の、この国を中心として
独り娘の誕生を見るようになったのです。

それゆえ大韓民国の民は選民です。
(大韓民国は)失われた神様の祖国とならなければなりません。
このとてつもない祝福と事実の前に、
皆さんには責任があります。

イスラエル民族は責任を果たすことができませんでした。
責任を成し得なかった彼らの結果はどのようになりましたか。
祝福を受けた位置でありながら、恐ろしい位置となるのです。

この民族は悟らなければなりません。


摂理歴史6000年ぶりに、
天がそのように待ち焦がれて苦労され、
探し出された真の父母。

堕落した人類は、真の父母によらなければ
神様の子女となることができません。

真の父母を知らない民族となってはいけません。
この国は責任を果たさなければならない重要な立場にいます。

知らずにいるので、先に召命を受けた祝福家庭の皆さんが
真の父母の顕現を知らせなければならず、
この民族が行くべき道を教えてあげなければなりません。

そのような行動と実践を通して、
真の父母である私が地上にいる間に、
皆さんは必ず勝利しなければなりません。
蕩減を払わずに勝利的な位置に行き得る
皆さんとなることを切にお願いします。



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今日は秋分の日、彼岸の中日です。
関東地方は相変わらずの雨模様ですが、
お墓参りに行かれる方も多いのではないでしょうか。

この時期になると、
本当に不思議なことに彼岸花が咲き乱れます。
うちの近くの江戸川でも
お彼岸が来たことを知らせるように
たくさんの彼岸花が咲いています。

自然は時を告げています。
私たちも心の目を開いていくならば、
今の『時』がどれほど重要なのか、
そのことを感じるのではないでしょうか。

真の父母様がおられるこの時、
この重要な時であることを
多くの人たちに伝えていく
私たちになっていかないといけないと思います。



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posted by ten1ko2 at 12:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする