小山田先生の祝福の証し、
「カップリングにご苦労される真のお父様」
を紹介します。
真のお父様から、祝福の相手を決めて頂いた際の
貴重な証しです。
☆
そこでの講義を終えて、私が新宿に戻ったのは午後4時過ぎでした。
そのとき、「ちょっと時間があるな。映画でも観て帰ろうか」
と思ってそのように行動していたならば、
私は、43双の祝福を受けられなかったと思います。
私は「祝福のために、先輩たちが深刻になっているだろう。
後学のために帰ろう」と思い、旧松濤本部に戻りました。
そして二階の礼拝堂に行くと、
先輩の男性たち20人から30人が深刻な顔で待機していました。
驚いたことに、30歳以下の櫻井設雄さん、
井上忠之さんがマッチングを受けていたのです。
「あれ?」と思いながら礼拝堂に行ってみると、中は人でいっぱいでした。
そこで、近くにある別の館で「夕食でも頂こうかな」と思っていると、
突然、松本道子ママが「小山田さんは、いるか?」と私を呼ぶのです。
そのときは、まさか天が私を祝福の対象者にされるとは思いもしませんでした。
私には、かねてより「海外宣教に出たい」という夢があり、
以前、そのことを久保木会長にお願いしていたので、
私は一瞬、「その回答かな?」と思ったのです。
そして会長室を訪ねてみると、そこには真のお父様をはじめ、
劉孝元先生、崔元福先生、久保木会長が座っておられました。
お父様は、「今回(祝福を)受けなければ、次に受けてもいいんだよ」とおっしゃいました。
私がお父様に、「み意のままに」と申し上げると、
お父様は「み意が聞いているんだ」とおっしゃったのです。
そのときは、祝福の相手として希望する5人の候補者名を挙げることができました。
それで私は、思いつくまま、年齢順に対象者となる5人の女性の名前を書いたのです。
するとお父様は、「おまえ、やる気がないんだろう」とおっしゃったのです。
その当時、クリスチャン出身の私にとって、
「いかに原罪を脱ぐか」ということが最も深刻な課題でした。
私は、「地上では目をつぶり、最後に霊界で天国に入る道に行くことができればよい」
というようなキリスト教的な観点で祝福を考えていたので、
祝福の相手については、「誰でもよい。
たとえ、どんなおばあさんでも構わない」と思っていたのです。
そのため、私はただ年齢順に5人の女性候補者の名前を書き出したのです。
その中に「岸本儀子」の名前がありました。
お父様は消去法的にご覧になった上で、
「おまえ、なんでこの女性を選んだ?」と尋ねられました。
理由は特にありません。
私は思いつくまま、「(彼女は)私のもっていないものを全部もっています」と申し上げました。
するとお父様は、「それはそうだ。
本人が『イエス』と言うかどうかが問題だ」とおっしゃったのです。
「ちょっと待っとれ」と言われたので、私は部屋の外に出て待ちました。
そのとき私が思ったことは、「果たして彼女が『イエス』と言うかどうか。
断られたら癪に障るなあ」と、正直その程度でした。
ところが、彼女が「オーケー」したことでマッチングが成立し、
私は「意外なことが起こるなあ」と思ったのです。
お父様はにこにこして、わざわざ玄関まで私を見送りに来てくださいました。
あとで、 お父様が「時間がかかったけれど、決まって良かったね」
とおっしゃっていたと聞きました。
真の父母様は、一組一組のカップリングをされるのに、本当にご苦労されたようです。
特に私たちの場合はそうでした。
☆
小山田先生の祝福の証しは、
何度か取り上げていますが、
「み意が聞いているんだ」というお父様のみ言は、
初めて聞きました。
とても興味深い表現だと思います。
神様の実体であられる真のお父様ならではの言葉です。
そう思うと、今は、実体聖霊としておられる、
真のお母様のみ言が本当に貴重だということです。
お母様のみ言をしっかりと受け止めつつ、
黄金期と言われるこの時を、
悔いのないように歩んでいきたいと思うのです。
〜このブログの文字が小さいというご指摘について〜
いつも当ブログを愛読して頂き、ありがとうございます。
ごもっともなご意見なので、
即変更していきたいところですが
このsesaaブログのサービスでは、
通常のサイズと拡大と、縮小の
3タイプのサイズしかありません。
大きくするとなると拡大ですが、
pc用の画面で、1行24文字までになり
一つ一つの記事がとても長くなってしまいます。
いずれ大きくすることも検討したいと思いますが、
今しばらくは、これまでのサイズのままにしていきたいと
思いますので、小さくて不自由をおかけしますが、
皆様の方で、表示を拡大するなど
工夫して頂けるとありがたいです。
*Windowsの場合
Windowsマークと;(+のキー)で簡単にズームになります
ダイヤグラムが出るので、そこで
2倍にしたり戻したりすることができます
※ このブログは、
あくまでも個人において、書いているものであり、
教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、ブログの記事においては
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)
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