今日から、元お父様の補佐官、金孝律(ヒョウユル:ピーターキム)先生の
「刈り入れ人のお母様」を紹介します。
最初はダンベリーでのご父母様の貴重な証しです。
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ダンベリーの時期のお母様
ダンベリーの時期のお母様
資格もない身で私は「ダンベリーの門番」という名誉な名札をつけて、
1984年7月から1985年8月まで13ヵ月間、
ダンベリーの丘を見守って、真のお父様の獄中のお世話に命をかけました。
皆が良い結果が出るとばかり期待していた
アメリカ連邦最高裁判所の最終判決が、
上告棄却という青天の霹靂のように急変して、
イーストガーデンを悲しみと悲痛のるつぼの中に追いやった
1984年5月を、私は決して忘れることができません。
お父様の入監日が7月20日に決定しましたが、
私たちはそれでも一抹の希望を担当判事のグーテル(G. Goetel)の結審にかけて
徹夜祈祷で天にすがったのですが、結局一寸先を見通すことのできない
私たちの姿であることを自認することになってしまいました。
ついに7月20日は迫り、歴史の車輪が
逆に回転するかのようだった一瞬間も過ぎました。
お父様にお目にかかるにはイーストガーデンではなく、
ダンベリーの監獄に訪ねていかなければならない冷酷な現実に直面したのでした。
夜11時が過ぎてお父様は、刑務所の門に入っていかれましたが、
入監の手続きを終え、囚人服に着替えられた後、
本館の建物を出られ、宿所であるキャンプに上がっていかれたのは、
真夜中の1時が過ぎた後でした。
かなりの間、外で待っていた私たちは、刑務所の警備員たちの催促に勝てず、
しかたなくお母様をお連れして近くのモーテルに移った後、祈祷に入りました。
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私はその晩のお母様の祈祷の声を、今でも忘れることができません。
あとで、お母様のその晩の祈祷を録音しておけなかった
不甲斐ない私自身をどれほど嘆いたか分かりません。
ご自身の愛する夫としてではなく、6000年の天の摂理を完結すべき
人類の真のお父様であられる使命と生涯について
涙で天の前にすがるお母様の玉のような声は、
廊下で番をしていた私の胸を涙の洪水で覆いかぶせてしまったのです。
一言ではらわたをえぐるような絶叫に近い訴えであり、
悲壮な哀願でした。
このようにお母様の徹夜祈祷の声は、
サタンの黒い雲で覆われたダンベリーの地を聖別して、
お父様の13ヵ月のダンベリーでの囚われの身の生活を
勝利で結実させた原動力になったことを、私は今でも確信しています。
私が神様だったとしても、お母様のその晩の祈祷は
涙なくしては受けることができなかったことでしょう。
「おまえの祈祷をすべて聞いてあげるから、どうか泣かないでおくれ!」
と、かえって神様がお母様にお願いをせざるをえなかったことでしょう。
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このように始まったダンベリーの13ヵ月!
雨が降っても雪が降っても、
毎日ダンベリーの坂を上り下りされたお母様の姿は、
美しくて聖なる女性像そのものでした。
3歳の情進様の手をつないで車から降りると、
既に坂の上に立って待っていらっしゃるお父様に向かって手を振られて、
明るい微笑で周囲を明るくなされ、坂道を登られた、
厳冬の暖かい太陽のようなお姿でした。
お父様は毎朝早くこのように丘まで出てこられてお母様を待っていらしたものです。
くすんだカーキ色の囚人服を着て、
髪を染めることができず白髪混じりの姿で、
寒風が吹きつけるダンベリーの坂道の上に立って、30分でも構わず、
ある時は1時間以上も待っていらっしゃったお父様でした。
(2003年4月発行の証し集「真の愛の勝利者」より)
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「統一教会の本部をダンベリーに移す」
そのように語られながら、アメリカを愛していかれた
お父様のことは、よく伝え聞いていますが、
お母様についての証しは、詳しく聞くことがあまりありませんでした。
金孝律先生が悔やんでおられるように、歴史的なお母様の祈祷も
録画されていませんでした。
今でこそ公式に記録されることが通常になったお母様の様子ですが、
それまでは、あまり注目されることもなかったのでしょう。
お父様のダンベリーでの過酷な生活も、
お母様と情進様の存在が
どれだけ大きな力になったことでしょうか。
どんな環境にあっても、
真の愛の実践をしていかれる真の御父母様。。。
私たちも相続していきたいと思うのです。
金孝律先生の証しは、不定期に続きます。
お楽しみに。
金孝律(キム ヒョウユル):ピーターキム先生
1947年全羅南道長興に出生、1965年入教、
フィリス・キム(Phyllis Kim)さんと777家庭祝福を受ける。
1966年から牧会と協会本部文化部に勤め、
1970年から文鮮明先生の補佐官として仕事をする。
1990年以後には世界巡回講演など公的な席上で先生の英語の通訳を務め、
1994年からは米国ニューヨーカーホテルの社長として経営能力を発揮される。
※ このブログは、
あくまでも個人において、書いているものであり、
教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、ブログの記事においては
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)
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