池生蓮(チ センニョン 지생련)先生
「真の愛の勝利者」よりお母様の証し、続編です。
☆
真のお母様の学生時代とご聖婚初期を前後して
真のお母様の学生時代とご聖婚初期を前後して
この証を書きながら
当時のお母様のお姿が写っている写真を再び注意深く見ました。
いつも感じることなのですが、
お母様はずば抜けた美人の容貌をおもちになっています。
韓国人は概して顔が丸かったり、角ばった四角型ですが、
お母様の顔はあごのほうに下がるほど顔の線が
柔らかく内側に集まる、いわゆる卵型です。
それとともに、顔の左右のバランスが完璧に取れており、
容貌の一つ一が繊細にして全体的な調和を成しておられます。
お母様が人々の間におられたら、まずこのようにずば抜けた美しさのために、
あたかも鶏群の一鶴のような光を発せられるのではないかと思います。
お母様の名前の鶴子は、
当時の容貌と感じをとてもよく表現していると思います。
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私が神様に祈祷を捧げながら夢うつつの中に想像していた真のお母様の姿よりも、
はるかに幼いかたが、いざお父様のお相手に選ばれたことで、
私は初めは腑に落ちずに心配にもなりました。
「あのように幼いかたが、かくも困難なメシヤのみ旨の道を
お父様と共に歩むことができるのだろうか」。
佳約式(夫婦になる口固め)に出てこられたお母様は、
きわめて慎重で注意深かったです。
天の摂理の道の第一歩を踏み出されるお母様の姿には、
天が六千年の復帰摂理を通じて準備しておかれた
宇宙の母としての品位が滲みでていました。
私はそのようなお母様の姿を見ながら、
神様が私の祈祷を聞き入れてくださったようで、
とてもほほえましく感じました。
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お母様はこの日、
「春が来ると山野につつじの花が咲く。
つつじの花が咲く所に私の心も咲く…」
と歌われましたが、声が玉のように澄んで清らかでした。
お父様は今でもお母様にこの歌を時々歌うようにおっしゃいますが、
たぶん私のように
そのときの清らかな美しさを覚えておられるからなのでしょう。
☆
お母様はご聖婚初期にはほとんど話をされることなく、
いつも静かで落ち着いた態度で私たちの前に姿を見せられました。
各種の教会行事や食口たちの集いで、
お父様の傍らや後ろに従順に座っておられ、
沈黙を平安に守られるのはもちろん、
喜怒哀楽の感情の変化を少しも表にお出しになりませんでした。
終始一貫という言葉で表現することのできるある落ち着きと沈黙の印象が、
当時のお母様の周りを常に包んでいました。
周囲に起こる変化をすべてご自身の心の中で深く観察されて、
経験と直観を心の内にのみ積まれていかれるようなお母様の内性的な姿勢は、
むやみに干渉することのできないある種の威厳に感じられたりもしました。
このようなお母様の一様な威厳は、
四十年過ぎた今日にいたるまでそのままであり、
慈しみ深い品性を知りながらも人々は、
お母様に対して控え目になるし近づきがたく感じるのです。
時間が流れるにつれて、私はお母様のこのような一様な威厳と言行が、
どれほど大きい力で
教会とお父様の仕事を助けてきたかを悟るようになりました。
☆
真のお母様はお父様がおられる時には、
お父様の完全相対に立たれて、
お父様をお支えする立場で歩まれました。
しかし、お父様は未来のことを予測されて、
お母様を最前線に立たされました。
お母様への訓練、教育だったと思います。
そして、今は、お父様の代身として、
お父様の願いに応えるように、
必死なる歩みをしておられます。
お父様とともに歩まれたことを思い出すように、
お二人で行かれた場所を優先されて、
お父様を常に意識しておられる、
真のお母様であることを知らなければならないと思います。
さらには、表に立たれなかった時にも、
お母様でなければ乗り越えることのできなかった、
女性としてのすべての蕩減を清算する道を歩まれた、
真のお母様であったことも知らなければならないと思うのです。
<池生蓮(チ センリョン)지생련先生プロフィール>
池生蓮巡回師は1931年9月25日(陰)慶尚南道金海出生、
2018年4月15日(天暦2月30日)、享年88歳で、アメリカで聖和(ソンファ)。
1955年1月10日、入教した。同年11月、
梨花女子大学法学政治学科4年在学中に、統一教会の信仰をすることを理由に、
信仰か学校かを選択せよとの学校側の不当な措置に、勉強を放棄して信仰を選択した。
1961年、李起錫氏と36家庭として祝福を受けて、文鮮明先生のみ言により、
1977年、アメリカ・サンフランシスコに渡る。
全国特別巡回師として活動した池女史は、アメリカで進児韓国学校、
理事長兼校長として20年間アメリカの子供たちを対象に韓国語と文化を教育。
1990年代後半以降も、先生の公館であるイーストガーデンで
祝福家庭の信仰指導と韓国語教育、そして聖地祈祷をされる。
真の父母様は、み旨に捧げた崇高な生涯を称え、
「祝・祖国光復必勝奉身代表」の揮毫を授けられた。
(4月25日原殿式、聖和式)
※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)
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