浅川先生の霊界シリーズ。
今回は、『霊界での人間生活』です。
☆
さて、(霊界での)人間の生活はどうなっているのでしょうか。
この地上の生活、この世の生活においては、
善人も悪人も同じ町内に住んでいます。
皆さんの住んでいる町内には、とても人の好い人もいれば、
自分のことしか考えられない人もいるでしょう。
よく殺人事件が起きると、インタビューに答えて、
「あの人はとってもいい人だったのに、
なぜあんなことを起こしたか分かりません」と言います。
はたから見れば善良そうですが、
実は人を殺すほどの恐ろしい人だったのです。
そういう人が同じ町内に住んでいるのです。
また買い物をするにしても、
同じスーパーマーケットで
善なる人も悪なる人も同じように買い物をし、
電車に乗っても同じ座席に善い人も悪い人もいます。
これがこの世です。
愛のある人も、愛のない人も、
同じ家に住み、同じ町内に住み、同じ電車に乗り、
同じスーパーマーケットで
買い物をすることができるのが、この世です。
☆
ところが霊界では違います。
はっきり分かれるのです。
善なる人と悪なる人は同居できないのです。
善なる人は善なる人だけが住む世界に行って住むようになります。
悪なる人は悪なる人だけが集まって生活をする世界に行くのです。
このために、天国や中間霊界という、
はっきり分かれた世界ができていくのです。
これがこの世とは大きく違う点です。
浅川 勇男・著
(光言社・刊『幸・不幸と霊界の仕組み』より)
第一章 霊界を知らなければならない理由
霊界での人間生活
(光言社・刊『幸・不幸と霊界の仕組み』より)
第一章 霊界を知らなければならない理由
霊界での人間生活
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肉体がなくなったら、霊人体で生活するので、
霊的に相対基準と会う人達と生活するわけです。
確かに原理的に見ればそうですよね。。。
そういう意味では、いつも一緒にいる家族、
特に夫婦の場合、「この人と居たくない!」
そう思って地上で生活していれば、
霊界では会えなくなってしまうのです。
お互いが思っていたなら、「良かった!」
ということになるのでしょうか。
なんだか、虚しいし、悲しい話です。
愛し合っている(はずの)夫婦や家族、
自分は愛していても、相手が嫌いなら、どうなるのか。。。
考えると恐ろしくさえ思ってしまいます。
お父様は、「家庭は愛の学校」と言われます。
本当にお互いが愛する心情で生活しなければ、と思うのです。
※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)
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