龍鄭植(ヨン チョンシク)総会長の
李ヨハネ先生の聖和式での送辞の続きです。
☆
(2番目に)李ヨハネ牧師様は真のご父母様がどんな方であるかを教えてくださった
お父さんの中のお父さん、信仰の大父でした。
私は7、8年間牧師様に侍る機会があり、間近で牧師様をみることができました。
牧師様は本当にみ言の牧者でした。
いつも宝石のようなみ言にあふれています。
命が復活する役事が起きます。
全てのみ言が私自身を考えて話されるみ言のように聞こえます。
時間が過ぎるのを感じません。
全く退屈しません。
一つの霊魂の前にご飯を食べるのも忘れ、寝ることも忘れ、
続けてみ言を語られます。
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どうしてあのようにみ言を語ることができるのだろうかと思いながら
牧師様のみ言を全部録音し、ディクテーションし、
「恨の神様」、「復帰の恨」、「私の神様」を出版して差し上げるのに全力を投入しました。
しかし牧師様に似ることはおろか、真似することもできませんでした。
今になって考えてみると牧師様のみ言の技術と方法だけを
学ぼうとしていたのかもしれません。
それで今まで牧師様のみ言のようにカカシ牧会をしてきたように感じます。
しかし私も今50歳をこえ、60歳をこえ、還暦をすぎてみると、
牧師様がそのように生命水のようなみ言葉を語ることができたのは
お母様のみ言葉のように牧師様は影のない生涯、
すなわち天と完全にアライメントがなされた人生を生きられたからでした。
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また、牧師様の心情世界は天とともに“私があなたであり、あなたが私である”
という、一体となった人生を生きられたからだと思います。
それで悟ったことは、私が天と一つとなるなら
天が全てのことをされるということです。
お母様と一つになるなら天が全ての啓示を与えてくださり、ビジョンもくださり、
すべての役事をされるのに、私はまだ自分というのが多いため
真のご父母様に似た牧会者になりきれていないと思います。
☆
そして私は牧師様を通して人々にどのように接しなければいけないのかを学びました。
ある時私が事務所で仕事をしていると、牧師様が私のことを強く叱られました。
“お前はどうして人に対することを仕事のように対するのか?”と話されました。
誰が来ても天が私に送ってくださった方だと考え、丁重に対しなさい、
そしてなんでももてなし、本当に喜んで対しなさいと話されました。
人たちに喜んで接すれば私の霊人体が発光体になり、相手の影を占領できるだけでなく
天が相手の事情と困難を知らせてくださると言われました。
私はこのみ言以後、人に対する態度が180度変わりました。
人及天という言葉もありますが、牧師様のみ言を実践してみると
本当に私の信仰生活に驚くべき変化が生まれました。
相手に対する先入観がなくなりました。
それだけでなく相手にも驚くべき役事が起きるのを感じるようになりました。
☆
ある時、李ヨハネ先生から聞いた真のご父母様のみ言葉の中に私の心にジーンと残り、
今でも心情深く残っている言葉があります。
真のお父様が霊界に入城された時、ひとつ大きな願いがあると話されました。
牧師様の言葉を借りるなら、
“神様が天国の千の階段、万の階段の上にある玉座に座っておられ、
お父様が霊界に入城されたという知らせを聞かれると足袋と靴を履くことも忘れ、
また神様の体面と威信も忘れ、下に走って降りてこられ、その途中
あまりにも急いで降りられたのでゴロゴロ転がってゲガをされたのも気づかず、
階段を降りてこられ、真のお父様が遠くから来るのをみられ、
最高の速度で走って行き、お父様の首を抱え込みながら額を擦り合わせ、
涙、鼻水を流しながら
”私の息子、よくやった、本当によくやった、
どれほど、どれほど苦労したのか?“といわれ、
お父様は神様に、”お父さん、どれほど苦労されましたか?“といわれ、
一時間でも二時間でもなく何日でもお互い抱きかかえながら
父子の出会いを果たすことがお父様の願いである“と語られました。
今日私は牧師様を天上にお送りしながら
天の父母様と真の父母様はどのように牧師様を迎えられるかを考えました。
☆
このみ言を思い出しながら、またいずれ私もこの地上を去り、霊界へ入城する時、
神様が私をどのように迎えられるだろうかを考えます。
ただお父様が適当に背中を叩きながら
“おまえ、お疲れ”といわれるのか、それとも責任を果たせなかったと叱られるのか、
それともお母様を助け、天一国を成してきたのかと誇らしく思われるかということです。
また、もし今日この場に牧師様が生きておられたら、
私に、いや、私たち全ての人にどんな言葉を語られるでしょうか。
それを考えながら黙祷してみると、答えは簡単でした。
“地上におられる真のお母様と一つになりなさい。
お母様によく侍り、責任を果たしなさい。
そして実体的天一国建設の最先鋒長になりなさい
と願われるのではないだろうかと考えます。
☆
愛する食口の皆さん、私は天上に入城された真のお父様に3大恨があると考えます。
皆さん、考えてみましたか。
私の狭い考えでは、まず第1に、一つの国と主権と国民を
実体的に探し立てられないまま行かれた恨だと思います。
たった1日でも天の国で住んでから行きたい
と言われたのにそのみ旨がなされないまま行かれました。
2つ目の恨はカイン圏をあまりにも愛されながら、真の子女様達を
心から愛してあげることができず、真の子女様達(の問題)が収集されるのを
みることができずに行かれた恨だと思います。
3つ目に、天の父母様と真のお父様の6千年の歴史の十字架と恨の課題を
男性でもない一人の女性である、かわいそうな真のお母様に
全てを任せて行かれたことだと思います。
☆
そのような意味から考えてみた時、天の父母様も天上も霊界も
そして全ての先祖達の変わらない願いは
イエス様が天国門の鍵をペテロに与えて行かれたように、
天国門の鍵を持たれている真のお母様と完全に
一心一体一念をなさなければいけないということです。
それで真のお母様が語られたように、真のお母様と一つになるなら
できないことはないと言われたみ言を信じ実践していくことが
全ての問題の解決点だと考えます。
真のお母様が李ヨハネ牧師様に“神統一韓国開門忠誠者”という揮毫を与えられました。
このように牧師様が天上に入城されることを通して
地上と天上をつなぎ、神統一韓国開門の祭物になられたように、
私を含めた全員が真のお母様と一つになり、神統一韓国をなし、
神様の主権と国民と国土を探したてる忠誠者にみんななることができればと思います。
ありがとうございました。
☆
素晴らしい証しですね。。。
神様とお父様との出会いの場面、
何度読んでも胸にこみあげるものがあります。
そして、龍会長の語られるごとく、
私たちはいずれ霊界に行きます。
霊界で神様と出会うわけです。
神様の前に負債なき歩みをしているのか、
本心に忠実な歩みをしているのか、
私たち一人一人に問われる内容だと思います。
悔いなき歩みをするためにも、
お母様の心情、事情、願いと一つになることを、
改めて決意させていただきました。
龍会長、ありがとうございました。
※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)
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