2019年03月06日

食事篇 国を愛することは、万物を愛すること?! 《浅川先生の自叙伝講話》



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浅川先生の自叙伝書写講話。
愛国生活は、掃除ともう一つです。


食事は食材を愛することです
 
家庭生活を支えている万物の中で最も貢献しているのが食材です。
人間は食べなければ生きられません。
食材のおかげで生かされているのです。

食材には、牛、豚、鶏、卵、魚、米、野菜、果物などがあります。
これらの食材は私たちに命を捧げてくれているのです。
食材の命を頂くことを、「食事をする」というのです。

腹が減ったから食事するだけなら、飼い犬とあまり変わりません。
喉が渇いたから水を飲むというなら、
台所はガソリンスタンドと変わりません。

食事をする時に、命を捧げた万物と
創造してくださった神様に感謝しなければなりません。
それが食材を愛することなのです。

 
文鮮明先生は食事の姿勢についてこう語られています。


「愛の結実を吸収して生きていることを
 感謝して食べる人は、病気になりません。
 そのように感謝して食べると、
 食べる物がすべて薬になるのです」
(『愛天愛人愛国』117ページ)


感謝して食べてあげると、食材が感激して、
食べてくれた人の体内でばい菌を食べて恩返しをするというのです。
そのために食べ物が体内で薬になるというのです。


文鮮明先生は牛肉を食べるとき、


「この牛肉は、子牛の時から母親が愛し、
 主人が愛して育てた愛の結実だ」
(『愛天愛人愛国』、117ページ)

と考えて食べるそうです。

目の前の牛肉を、育てた親牛の愛、牧場主の愛、
それらの愛が重なった愛の結実と捉えるのです。
食事とは愛の結実を吸収することだと言われるのです。

こう考えると、食事代金で食材の価値を推し量るのは貧しい心というべきです。


さらに、命を与えてくれた食材への恩返しが、
世のため人のために生きることだと言われるのです。

文鮮明先生はご飯を食べるときの霊妙な体験を、次のように語られています。


「ご飯を前にするごとに、
『おまえを食べて、きのうよりもっと輝いて、
 公的なことに取り組もう』と言うと、
 ご飯が私を見て、笑いながら喜んだのです」
(自叙伝、83ページ)


浅川 勇男・著
(光言社・刊『心の書写〜文鮮明師自叙伝に学ぶ〜』より)
【第四章】愛天愛人愛国
愛国─国を愛する



お父様の「ご飯は愛である」という言葉を思い出しました。
お母様も天地人真のご父母様御聖誕記念式において、
ビビンバをふるまってくださいました。
第3部の「孝情宴分かち合い大祝祭」において、
写真に紹介したように、
真のお母様と貴賓たちが一緒に
大きな器に準備されたビビンバを混ぜ合わせ、
お母様は3人の代表にビビンバを盛ってくださったのでした。

お父様は魚釣りをされるとき、
お父様に釣られた魚が、喜んでいる、
そのような表現をされますね。

海を愛し、魚を愛されたお父様。
魚釣りが好きだからされるのではなく、
人類救済のために、魚釣りをされたお父様でした。

真の父母様のごとく、
食材を愛し、感謝する心情をもって、
み旨に投入していきたいと思わされました。





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posted by ten1ko2 at 08:55 | Comment(2) | 自叙伝書写(浅川先生) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする