先日、お父様の釣りのことを書いたので、
少し思わされた内容がありました。
故・櫻井会長のお父様の証しを紹介します。
☆
櫻井先生が幹部の方とともに、
お父様からアラスカに呼ばれた時のことです。
10月半ばの冷たい雨の日でした。
真の父母様と川で釣りをしていましたが、
午後2時くらいになると手が凍えるほどになりました。
お父様はお母様を気遣われて、一緒に先に帰られました。
夕暮れになって、櫻井先生たちも帰ろうとしていた時だったのですが、
お父様はまた戻ってこられて釣りを始められたのです。
☆
櫻井先生は心の中で、
「こんな雨の中、寒いし、暗くなったし、
サケだって、餌を欲しがる時間ではないだろうし・・・
お父様は、何であんな熱心に、今にもサケが引っ掛かる
雰囲気でやり続けるんだろう」
このように思ったといいます。
結局、その夜は10時を過ぎ、帰って夕食を食べ終わると
11時になっていました。
その時、お父様は櫻井先生の顔を見ながら、
このように話されたといいます。
☆
「今日、先生は二回川に出たね。
70歳を越えた老人には、
このアラスカの10月半ばの雨と風はきついよ。
本当は、先生は
この暖かいノースガーデンから出たくなかったよ」
そして、このように続けられました。
「でも、先生は、こういうきつい雨風の中にも、
神のみ旨のために頑張っている食口たち、
とりわけ日本の食口たちのことを考えたら、
じっとしていられなくて、
もう一度川に出ていったんだよ」
文責:ten1ko2
☆
お父様の体はアラスカにあったとしても、
心は、み旨を歩んでいる私たちとともにありました。
子供が苦労している時に、
親はいてもたってもいられない思いになる・・・
それゆえに、もう一度釣りに出られたお父様でした。
聖和されるまで、誰よりも最前線で苦労され、
私たちを引き上げてくださっていました。
今もなお、真のお母様は同じように
誰よりも精誠を立てて
休むことなく先頭に立ってくださっています。
先日、教区長が特別礼拝をしてくださったのですが、
「一つの節目の前というのは、大きな峠を越えなければならない、
1920年、お父様が誕生される前の1919年もそうだったし、
ご聖婚のあった1960年の前年もそうだった。
今、2020年を迎える2019年も重要な年です」
そのようにみ言を語ってくださいました。
摂理の節目の時、
限界を超えて歩まれる真の父母様を思いつつ、
ともに乗り越えていきたいと思うのです。
※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)
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