2019年09月21日

(2世祝福の証し)100億年前から決まっていた出会い?! 



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この人は神様が決めた人──

真のお父様にマッチングして頂いた1世の祝福結婚だけでなく、
今の2世圏の祝福も、また、
既成祝福であったとしても、
その相手は、神様が私たちに与えて下さった
貴いたった一人の人です。

今日は、若い祝福2世の証を紹介します。
(ちょっとエピソードが長いですので、一部編集しました。)


(私と彼女は遠方に住んでいるので)月に1回、日程を合わせて交流を重ねていた。

しかし(これまで)、お互い葛藤するところが非常に多く、
普段通りに話しているのに、何故か彼女にだけ私の話を理解してもらえない。
彼女も私に対して「こんなにも話が通じない人は初めて!」と言い出すほどだった。

交流を重ねて5ヶ月がたった。
そろそろ約婚を考える話まで出てきたが、お互い気が進まなかった。

私は神様に、「次会う時に、この人が私の相対者なのか否かを教えてください!」
とお願いし、3週間祈りながらその日を迎えた。

晴れならば私の希望した動物園、
雨ならば彼女の希望した水族館に行こうと決めていたが、
その日はあいにくの雨だった。
お昼の11時に駅で待ち合わせ。カフェに入った。

今日はそれまでとは違うというのを、彼女も感じていたみたいだった。

食事をしながらお互いの葛藤を全てぶつけ合った。
何も隠さずに全て話した。
こんなことを言ったら彼女が泣き出してしまうのではと思うような、
厳しい話も躊躇せずありのまま話した。

意外にも彼女は全て聞いてくれ、辛いはずなのに全て甘受してくれた。
そして彼女もまた、私に葛藤している内容を全部話してくれた。
それを全て聞き、受け止めることができた。

相手の思っていることも聞けて、また私の思いも伝えることができたので良かったが、
思いを理解できただけで、私の相対者がこの人だ!とはならなかった。


そこから水族館に行ったが土曜日でもあり超満員だった。
人の隙間から水槽を見るくらいでお互いのんびり会話することもできなかった。
たった30分程で水族館は終わってしまった。
こんなにも早く終わるとは思ってもいなかったので、夕食まで3時間もあった。

18時からビルの最上階の展望台レストランのチケットをもらうために、
サービスカウンターに行ったがもうすでに売り切れていた。
その日のプランは全て壊れ最悪な一日になってしまうかもしれなかった。

他愛もない会話をしながらショッピングモールをフラフラ歩いていると、
ある看板が目に飛び込んできた。
1週間限定で、有名ミュージシャンがナレーションを務めるプラネタリウムだった。
宇宙好きだったのもあり、最後にあれを見て帰ろうというと、
まあ行くあてもないので彼女はいいよと言ってくれた。

チケットを買いに行くと19時の部しか残っていなかった。
ナレーションはナオト・インティライミ。偶然にも2人が好きな歌手だった。
チケットをもらい、時間までレストルームでお茶を飲みながら2人の子供の頃の話をしていた。

グダグダな1日になってしまったが、
この日で約婚するか、しないかを決めると神様に祈り、準備して出てきたので、
このままでは帰れないと思い、どうにかきっかけをつかもうと彼女とたくさん話した。

話しているうちに、彼女はこんな風に笑うのかぁ、
彼女はたまにこんなに寂しそうな顔をするのかぁと
今まで彼女の顔をあまり見ていなかったことに気がついた。

照れ臭かったのもあるが、それ以上に
彼女をしっかり見つめていなかった自分に気付かされた。
こんなにも長く交流してきたのに彼女の顔を見ていなかったなんて、、、と。


『結局彼女は私の相対者ではなかったのかなぁ』
と最後まで悩みながら、プラネタリウムに入った。

後半に入って南半球の星空に映像が変わった。
見たこともない星の数に圧倒され思わず夢中になった。
そこでナオト・インティライミの曲が流れた。

ナレーションから
「ふたりが出会ったのは偶然ではない。
大切な人と星を眺めてみては?」と。

物凄い衝撃が私を襲い、胸が押さえつけられた。

その後、「君に逢いたかった」の歌。
歌詞には

「君に逢いたかった。
待ち続けていた。
運命が僕らを繋いだ。
傷つきながらも旅して僕らやっと巡り逢えた。
誰がなんて言おうと悲しい夜も君を笑わせて見せるから。
誰がなんて言おうと誰よりも僕が君を幸せにする。」

その後、
「100億年も前から決まってたのかな?
こんな日が来ること。」
と歌が流れ、広大な星空や緑の大自然の映像から、
この歌の歌詞は神様のメッセージだと感じざるを得なかった。
その時に全身に鳥肌が立ち、涙が溢れた。

今まで本当に辛かった。苦しい中を彷徨っていた。
でも神様が与えてくれた相手だと信じ決して投げ出したりはしなかった。
そんな走馬灯のように、過去の交流していた日々が
頭に思い出されながらラストシーンを迎えた。

画面いっぱいに地平線から太陽が登る。
太陽の偉大さ、神様の想い、神様の温かさ。
神様がこの日のために準備して下さったこのプラネタリウム。

私たちがこの日までお互いにしてきた多くの葛藤や
それでもどうにかしようと、もがき祈って努力してきた日々。
2人が傷つくのを覚悟で共に打ち明けあった話し合い。

その全てを見ていてくださった神様。
私たち2人のために多くのことを考えながら導いてくださった
神様の心情に触れることが出来た気がした。


プラネタリウムを出た後、彼女は泣いていた。
全く同じことを感じていたのだ。

そして話しを聞くと、彼女も
「この日に約婚するかを決めさせてください」と神様に祈り準備してきていた。
2人が全く同じことをしていたことに私は感動した。

思えば、雨が降らなければ動物園に行っていた。
水族館があんなにも早く終わらなければショッピングモールを歩かなかったし、
プラネタリウムの広告も見つけていなかった。
展望台レストランに行っていればプラネタリウムに行く時間なんてなかった。
その日たった一回、19時の部しか
ナオト・インティライミのナレーションはやっていなかった。

月に1回しか会えない私たちが、この1週間の期間限定の日に、この場所に来た。
何より2人がこの日に約婚を決めようと祈り準備していた。
これが全て偶然とはとても思えなかった。
神様を感じずにはいられませんでした。

この日が私たちにとって大切な日になった。
原点となったこの経験を忘れないようにしようと約束した。

この先きっと沢山の苦難があると思うが、その時は本音で話し合い、
神様に祈り求め、きっと乗り越えていけると思う。

どんなに喧嘩をしても、どんなに嫌になっても
私の永遠の相対者は彼女であることを私は知っています。
私の愛する神様が私に全世界でたった1人、準備してくださった相手ですから。
彼女と共に真の愛の溢れる家庭を築いていきます。

抜粋編集、文責:ten1ko2


感動的な証しですね。
特にプラネタリウムの場面。。。

私と妻は3万双マッチング家庭ですが、
今、祝福二世たちは、
基本的には、親を通して、祝福を受ける
そのようなスタイルに変わってきています。

形態はどうであろうと、
やはり神様が関与している祝福結婚である、
そのことは疑いのない事実です。

このカップルが、来年の祝福式に参加して、
幸せな家庭を築かれることを
心から祈念いたします。





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posted by ten1ko2 at 09:09 | Comment(0) | 祝福の価値 祝福の証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月20日

母の信仰の出発、「保険金で入院費を払ったらイケナイ」またも神の声 《北谷先生》



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北谷先生の著書
「死んだらわかるけど、それでは遅い」
続編、『父の事故をきっかけに母が霊通』です。


  母が信仰の道へ

母は、父が事故に遭った直後から、
母の姉の家の近くにあった神道の教会に、
「何とか父が助かるように」と祈願して熱心に通うようになりました。

それまでは特に信仰はしていませんでしたから、
まさに「苦しい時の神頼み」でした。

父の意識が回復した後も、母はその教会に熱心に通いました。
毎日欠かさず、朝七時からの修行を続けていったのです。

当時、私には中学生の兄(七つ上)と、
小学生の姉(二つ上)がいました。

学校に行っていないのが私だけだったことから、
父の看病という役目が五歳の私に回ってきました。

私は幼稚園を休んで、毎日朝六時発のバスに乗って病院に行きました。
そして、朝まで父に付き添っていた母と交替するのです。

五歳の子供が病院でできることといえば、
父に何か異変があったらブザーを押して、看護師を呼ぶことでした。
そのようにして、私は一日中病院にいたのです。

そのとき、いつも周りから言われていたのは、
「じっとおれ(じっとしていなさい)」でした。

五歳の子供ですから、そこら中を走り回りたいのです。
でも、病院ですから我慢しなければなりませんでした。
それがとてもつらかったことを、よく覚えています。


母は病院に泊まり込みで父に付き添いました。
朝になると私と交替して、神道の教会に行って修行をしました。

昼頃に病院に戻ってくると、神様≠ェ入ったままの状態で
父の体をマッサージするのです。

その結果、なんと、医者が切断するしかないと言っていた左腕が、
一部の指に不自由は残ったものの、治ったのです!

それは本当に奇跡が起こったとしか言いようがありませんでした。
体の中にめり込んでいた右足は引き出されました。


  すべての結果には原因がある 

このように、生きるか死ぬかの重傷でしたから、
病院では大部屋に入ることはできず、
個室に入らざるを得ませんでした。

入院した当初は、とにかく助かってほしい一心だったので、
手術代や入院費までは気が回らなかったのですが、
一カ月経(た)って支払いの時がやってくると、現実に引き戻されました。

公立の病院(市民病院)でしたが、個室ですから当然、費用は莫大(ばくだい)で、
とても払える金額ではありませんでした。
当時、わが家は大阪で小さな商売をしていましたが、裕福ではなかったのです。

父の乗っていたオートバイとぶつかったのはダンプカーで、
自動車保険に入っていました。
ですから、その保険金が下りたら、それで入院費を払うことができます。

ところが、そうしようとすると、また母に神様≠ェ入りました。
そして「保険金で入院費を払ってはいけない。
それでは、整理できない」と言うのです。

それだけ言うと、神様≠ヘ母から出て行きました。

我に返った母は、「神様、今、何て言うてた?」と家族に聞いてきました。
自分の口で言いながら、本人は全く意識がなかったのです。
「保険金を使ったらあかんて言うてるで」と教えると、
母は「そんなこと言うてもなあ……」と途方に暮れていました。


後に家庭連合に導かれてから、
この神様≠ェ言っていた意味がよく分かるようになりました。

「すべての結果には原因がある」のですが、
父の事故にも原因があったのです。
たまたま偶然に起こったのではないのです。
その原因とは、先祖の犯した罪でした。

私たちの先祖によって被害を受けた人は、
霊界にいてもその恨みを忘れることができません。
その恨みは加害者の子孫である私たちに向けられ、様々な災いを引き起こすのです。
 
そのような恨みを持つ霊を、恨(ハン)霊とか、悪霊と言います。  

では、父に事故を起こさせた恨霊は、
わが家の先祖からどんな被害を被ったのでしょうか。
神様≠ェはっきりと教えてくれたわけではありませんが、
恐らく、お金の問題があったのではないかと思われます。

だから神様≠ヘ、「保険金で払ったら整理できない」と言ったのです。
つまり、苦労して汗水流して働いたお金で払わない限り、
その恨霊の恨みを解放することはできないと言ったのだと思うのです。

北谷 真雄・著
(光言社刊『死んだらわかるけど、それでは遅い』より)



北谷先生のお母さんは、もともと信仰をもっていたのではなく、
お父さんの事故をきっかけに、突然、「霊通」し、
そして、神道の教会に熱心に通いました。

事故の保険金をもらわない、というのは、
確かに非常識なことですよね。

原理的には、蕩減復帰の原則なのですが、
しかし、そのことの深い意味も知らずに、
ただ「神様」から言われたから、
その通りに従っていったお母さん。

親族に反対されながらも「神様」を求めていく信仰は、
本当に素晴らしいと思いました。

そして、み旨を知っている私たちは、
伝道、献金と歩んでいるわけですけれど、
これも過去の蕩減復帰、先祖の罪の清算をしているのですし、
氏族メシヤの大きな条件を立てさせて頂いているのだと思います。

神様、真の父母様にあらためて
感謝しなければならない、
そのように思わされます。

続きます。




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2019年09月19日

恵みの前後には必ず試練がある! 乗り越えるための3つの心がけ 《阿部先生》



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家庭教育局長、阿部美樹先生のコラム、
『誰もが通過する「三つの試練」と、
その乗り越え方』を紹介します。



恩賜を前後に必ず試練

「試練」について『原理講論』では、

「神が人間に恩賜を賜ろうとするときには、
その恩賜と前後して、サタンの訴えを防ぐための試練が必ず行われるのである」
(402ページ)

と説明されています。

「試練が必ず行われる」のであれば、
試練を避けるのではなく、受け入れ乗り越えるための心構えが必要です。
 
試練は、乗り越えれば、神様の恵みを受けることになり、
乗り越えられなければ人生の挫折となる分かれ道です。

誰もが試練に直面すると、「愛の減少感」を感じる境地に追い込まれます。
その時に「自己中心」の心になり、
「過分なる欲望」を持ちやすい傾向があります。

しかし、常に「神中心」の心を持ち、
どんな状況に対しても「神様のみ意(こころ)を尋ね求める」姿勢が必要です。

人生の中で直面する試練を大別すると次の三つになります。



三つの試練に持つべき心掛け

第一の試練は、「困難・苦難」に直面した時です。

その時は、悲観したり、落胆したり、諦めたりしやすくなります。
また、不平不満の思いになり、
誰かのせい、何かのせいにしたくなるものです。

しかし、このような時ほど
「甘受する心・感謝する心」を持って受け入れましょう。


第二の試練は、「成功・恩恵」に直面した時です。

成功と恩恵は幸せを実感する瞬間ですが、
気を付けなければならない瞬間でもあります。

なぜかというと、その時ほど傲慢になり、自慢ばかりして、
周りの人を見下す可能性があります。
また、有頂天になり、油断して怠惰な生活になることもあります。
 
このような時ほど、「謙虚な心・向上心」を持って
さらに努力する姿勢が必要です。


第三の試練は、「精誠・努力が実らなかった」時です。

人は誰もが努力すればするほど、それが実ることを期待するものです。

神様に精誠の条件をささげれば、願いが成就することを期待し、
人に尽くせば相手から感謝やお礼の言葉が
返ってくることを期待するものです。
無意識に見返りを要求する心が湧いてくるのです。

しかし、何も変わらない、反対に悪い結果が起こった場合、
寂しくなり、怒りの思い、裁きの思いが湧いてくることでしょう。

このような時ほど、
「無私の心・不変の心」を持ってさらに精誠を尽くす姿勢が必要です。

これらの三つの試練を乗り越えてこそ、
神様の恩賜を賜ることができます。

家族の絆づくり 83
誰もが通過する「三つの試練」と、その乗り越え方
ナビゲーター:阿部美樹


今日のメッセージは、まさに黄金律というか、
私たちにとって、とても重要な内容ではないでしょうか。

この「三つの試練」の時は、
神様もサタンも注目しています。

実際には、二番目の試練は、
「恩恵」を受けた時のことなのですが、
そういう時にも気を付けなければいけないわけです。

正しく乗り越えるか、乗り越えないか、
それは、神様もサタンも干渉できません。

お父様ご自身も正しく乗り越えていかれました。
そして、お母様もまさにそのような歩みをされています。

どんな困難なことがあっても、
神様とお父様に贈り物を捧げる一心で越えていかれ、
サントメプリンシペの奇跡的な勝利のあとも、
中断なき前進で歩み続けておられるお母様。

私たちもこのアドバイスを心に刻み付けて、
歩んでいかなければならないと思うのです。





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posted by ten1ko2 at 10:00 | Comment(0) | 信仰生活・信仰講座・礼拝説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする