2020年02月23日

「一生涯、忍耐と愛! 一つとなること」 お母様と歌で和動した勝利報告会2.18



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ピースTVに、先週ソウルのホテルで行われた
聖誕100周年記念行事の勝利報告会の様子が
紹介されています。

真のお母様のみ言を中心に紹介します。


経過報告 李基誠(イ・キソン) 神韓国家庭連合会長

今や地上と天上のすべての人類が、今回の行事を見ても
真の父母様を信じられないならば、
天が責任追及する時になったと信じます。
しかし、この時代の奇跡の主人公であられる、
独り娘真のお母様と私たちが完全に一つになれば、
実体聖霊の驚くべき奇跡の役事、
雲の柱、火の柱の役事が常に私たちを導かれると信じます。


経過報告 安豪烈(アン・ホヨル)神韓国対外協力本部長

真の父母様ご夫妻の偉大さをメディアが全国に紹介し、
各市や道で放送されない場所がない程、多くの場所で報道されました。


真の父母様のみ言
ここに集まった皆さんは、
韓国を代表する韓国の指導者達です。
各分野で最善を尽くしました。
ご苦労様でした。

しかし皆さんが一生涯、皆さんが生を尽くす日まで
行くべき道は忍耐です!
忍耐と愛、一つとなることです。

誰と一つとなるのか?
独り娘、真の母と一つとならなければなりません。
ですから私が地上にいる間は、皆さんは、無条件
地位の上下に関わらず、心を一つにした、
志を一つにした、一兄弟です。
そのように努力しなければなりません。

これまでそのように出来なかった人は悔い改め、
反省し、新たに出発しなければなりません。
わかりましたか?


天地人真の父母様聖誕100周年および
天宙聖婚60周年記念行事勝利報告会
天一国8年天暦1月25日(陽2.18)
蚕室ロッテホテル
HJグローバルニュース (2020年 2月 22日)より


記念行事組織委員会実務委員200名が参加したとのこと。

掲載した写真は、
会の最後、お母様を中心に歌を歌っている場面です。
最後は和動で終わるのが、父母様の伝統ですね。

午餐会の後、席に座られながら語ってくださったのが
上のみ言です。

お母様が「忍耐」という言葉を
強調されているのが印象的でした。
お母様が今、一番意識しておられるのでしょう。。。

そして、一つになることを語られています。
お母様がかつて日本にくださった、
「ウリヌンハナダ」
この精神でさらに投入していく時だと思います。





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posted by ten1ko2 at 08:50 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月22日

街頭伝道で、断られた相手の幸せを祈ったら・・・ 「自己牧会プログラム」体験談2



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『自己牧会プログラム』
証しの続編です。


街頭伝道では、道行く人に声を掛けても、
断られることがほとんどです。
そんな時は、遠ざかっていく相手に光を送りながら、
その人の幸せを祈るようにしています。

ある日、街頭伝道をしていると、ちょっとオタクっぽいような、
弱々しい感じの若い男性が前方から歩いてきました。
一瞬、苦手意識が働いて、声を掛けるのをためらってしまいました。

ですが、「いや、自分の基準で選んではいけない」と思い直し、
背後から「すみません」と声を掛けました。
ところがその途端、その男性は振り向きもせずに、
片手でバシッと私の手を払ったのです。

さすがにムッときて、何か一言、言ってやろうか
という思いになりました。
でもありがたいことに、すぐに気持ちを切り替えて、
その人の幸せを祈ることができたのです。

すると、不愉快な思いに支配されていた自分の気持ちが
徐々に静まっていきました。

自分の中のわだかまりや怒りが消えて気持ちが穏やかになると、
良心の声が聞こえてきました。

「あの人、けっこう強かったね」

外見で勝手に「弱々しい」と判断していた相手が、
思いがけない強い態度で否定してきたことに対する、
率直な驚きの言葉でした。

そこには、相手に対する批判や怒りは全く含まれていませんでした。
この言葉はあまりにも意外で、思わず吹き出しそうになりました。

もし、「怨讐を愛しなさい」といった、み言に基づいた言葉だったら、
「それは分かるけどね」と、
かえって反発していたかもしれません。

自分のことを最もよく分かってくれている良心だからこそ、
自分が最もしっくりくる言葉をかけてくれたのだと思い、
心から感謝しました。

(男性、30代)



「良心は両親に勝り、
良心は先生に勝り、
良心は神様に勝る」

男性修錬会で、
真のお父様と一緒に叫んだ言葉。。。
今でも忘れることができません。

私の心の中にある良心。
厳密には、神様が働くことのできる、
「本心」ということになるのだと思いますが、
神様がいつも私とともにおられることを
改めて感じさせてくださる証しでした。

前線で歩むとき、
この証しを意識して、
歩んでいきたいと思います。




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posted by ten1ko2 at 08:06 | Comment(0) | 自己牧会プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月21日

誠を尽くせば、ウィルスからも守られる?! 真の父母の「至誠・精誠」 《浅川先生》



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どんなことでも誠を尽くせば、
我知らず神秘の境地に
入っていくようになります。


文鮮明先生・自叙伝



浅川先生、自叙伝書写講話
「あらゆることに精いっぱいの誠を尽くす」
を紹介します。


人は誰でも幸福を求めて生きています。
では、どうしたら、幸福を得ることができるのでしょうか?

文鮮明(ムン ソンミョン)先生は
「あらゆることに精いっぱいの誠を尽くす」ことだと言われます。

「精いっぱいの誠を尽くす」とは、全身全霊で愛し続けることです。
自分の全てを愛する人のために捧げ尽くすことです。

精いっぱいの「精」と、誠を尽くすの、「誠」を合体させると
「精誠」となります。
あらゆることに「精誠」を尽くすことで、真(まこと)の幸福に至るのです。

言い換えれば、手抜きをしないことです。
人は尽くしたにもかかわらず、好ましい結果が出ないと、手抜きをしたくなります。
「精誠」とは、手抜きをせずに、愛し続けることなのです。

 
かつて、手抜き建築を設計して逮捕された設計士、建築士がいました。
ビルやマンション建築では設計者は住人の命を預かっています。
建築は設計どおりに施工されるからです。

地震や暴風雨に耐えられる建物を設計しなければなりません。
ところが、この建築士は、原価を下げて収益を上げるために、
鉄筋の数を規定よりも少なく設計したのです。

殺人と同罪です。
骨組みを手抜きされたマンションは、軽度の地震で倒れて、
住民の命が危険にさらされるからです。
建築ですら、手抜きすれば、倒れるのです。

 
では、夫婦関係や家族関係はどうでしょうか。
あなたは夫婦関係、家族関係では、互いに、愛の手抜きをしていませんか?
もし、そうだとすれば、ささいな言葉のやり取りの“地震”で、
家庭は倒壊してしまうでしょう。

貧しさや病気などの“暴風雨”で、簡単に崩壊するでしょう。
ビル、マンションよりも強固であるべき高層建築が夫婦なのです。

あらゆることに「精誠」を尽くすとはどういうことなのでしょうか。
大きなことや自分の気に入ることのみに力を注ぐことではありません。
「あらゆること」に対してなのです。

家庭の主婦であれば、化粧や髪形、服装に時間をかけて、
掃除、洗濯を適当に行えば、手抜きしたことになります。
ましてや、ご主人が家を出たあと、化粧や髪形にたっぷり時間をかけるのは、
夫に「精誠」を尽くしているとはいえません。

 
ご主人の場合、大きな顧客を大事に扱い、小さな顧客を粗末に扱えば、
あらゆることに「精誠」を尽くしたことにはなりません。
へたをすると、全ての顧客を失うことになります。

かつて、国民的歌手の三波春夫さんが言ったように、
「お客様は神様」なので、全てをお見通しなのです。

ある会社のトップセラーは、お客様を大切にして億単位の営業実績を上げます。
その一方で、トイレ掃除のおばさんに頭を下げて、
「御苦労様です。ありがとうございます」と言って感謝するそうです。

上司だけではなく同僚や後輩の面倒をよく見るそうです。
分け隔てなく人を大切にする姿勢が、お客様からの信頼をかちえているのです。


あるタクシーの運転手がいました。
この方は、最高の実績を上げ続ける人です。
その秘訣(ひけつ)を次のように語っています。

「お客様を差別せず、誰でも、大切に扱うことです」。

ある大雨の日のことです。
急な雨だったので、行き交う人はびしょぬれです。

しかし、タクシーにとってはありがたい日です。
タクシーを必要とする人が多いので、
運転手は、人を選ぶことができるからです。
できれば、メーターが上がる遠距離に行くお客様を乗せたいところです。

車を走らせていると、いかにも貧相な老人が呼び止めたそうです。
ずぶぬれの老人を乗せればシートが汚れ、
しかも、短距離しか乗らないかもしれません。
一見すると、そんな人なのです。
売り上げを考えると見過ごしたほうがよさそうです。

しかし、この運転手さんは、そうはしませんでした。
どんな人でも差別せず、大切に扱う人だったからです。

ところが、お客様を乗せて仰天しました。
そのみすぼらしそうな老人は、大会社の社長だったのです。
そして、三時間かかる遠距離を指定したそうです。

一日の売り上げはその人一人で十分でした。
帰りは、余裕で海釣りを楽しんで帰ってきたそうです。

「タクシーは人生です」と語ってくださいました。


*自叙伝「平和を愛する世界人」より

私たちはあらゆることに
精いっぱいの誠を尽くすべきです。
それも一日、二日ではなく、常にそうすべきです。

刀は一度使っただけで磨かないと、
切れ味が悪くなってしまいます。
誠も同じです。
毎日刀を鋭く磨き、刀を研ぐという心で、
絶え間なく継続すべきです。
(自叙伝71―72ページ)


どんなことでも誠を尽くせば、
我知らず神秘の境地に入っていくようになります。

筆を握った手に誠心誠意の一念を込めて、
「この手に偉大な画家が降りてきて私を助けよ」と
祈りつつ精神を集中すれば、
天下の耳目を驚かすような絵が生まれます。
(自叙伝72ページ)


「誠を投入せよ! 眠けの中でも投入せよ!
へとへとになるまで投入せよ!
おなかが空いても投入せよ!」と
何度も何度も自分に言い聞かせ、
ありとあらゆる反対とデマの中にあって、
種を蒔(ま)く心情で祈りました。

そして、その種は大きく育って
必ず穫り入れられるだろうし、
韓国で穫り入れが難しければ、
間違いなく世界で穫り入れられるだろうと考えました。
(自叙伝148ページ)


浅川 勇男・著
(光言社・刊『文鮮明先生の自叙伝に学ぶ〜心のあり方』より)
第八章 あらゆることに精いっぱいの誠を尽くす
手抜きをせずに誠を尽くす


至誠感天という言葉もありますように、
一つ一つに精誠を尽くされる、真の父母様。。。
まさに今のお母様の姿は精誠でできていて、
至誠の境地を表しているかのようです。

今月開催された基元節7周年を中心とした記念行事。
これも無事に開催されたことは、
奇跡、と言ってもいいのではないでしょうか。

数万人規模で開催されましたが、
新型ウィルスが猛威を振るっているにもかかわらず
現時点では、感染者がいないことも奇跡です。

また、実は、影響を考慮して、3月は清平の
2日修錬会がすべて中止になりました。
日本国内の様々な大会も中止になります。

基元節の一連の大会が、数週間遅かったら、
どうなっていたでしょうか。
ギリギリのタイミングで行われた、
これも奇跡です。

背後には、真のお母様の精誠と、
お父様を中心とした、
霊的なバックアップがあって、
なされたものである、と感じます。

小さなことにも手を抜かず
どんなことにも精誠を尽くす、
いつでも、どこでも、誰に対しても。。。
そんな真の父母様を相続したいと思うのです。






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教会本部の意向とは直接関係がありません。
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全ての責任は私自身に帰属するものであります。

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posted by ten1ko2 at 08:59 | Comment(0) | 浅川先生 自叙伝書写 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする