2020年04月15日

独生女のみ言が、真の父(独生子)と違っているように見える理由?! 根は一つの神様



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教理研究院の
「独り子のみ言と、独り娘のみ言について」
から抜粋して紹介します。


今回は「真理≠ニは何か」について
真のお父様のみ言から考察してみます。

独り子(文鮮明総裁)が語られるみ言と、
独り娘(韓鶴子総裁)が語られるみ言は、
いずれも神から出てきているみ言であり、矛盾はありません。

しかしながら、矛盾しているのではないか≠ニ考える人もいることから、
以下、この問題について論じてみることにします。


復帰摂理の中で、神のみ言が最初に授けられたとき、
モーセの十戒のみ言は二枚の石板≠ノ記されたのでした。

「み言によって創造されたアダムとエバは、
 完成したならば、み言の『完成実体』となるはずであった。

 ……み言を記録した二つの石板は、
 復帰したアダムとエバとの象徴体であって、
 将来、み言の実体として来られるイエスと聖霊とを象徴した」

(『原理講論』372ページ)


二枚の石板は、将来の「実体み言」であられる天地人真の父母様、
すなわち「真の父」(独り子)と「真の母」(独り娘)のおふたりを表しており、
両者から神のみ言が語られることを示しています。

その場合、神が顕現されるときに男性的に現れることもあれば、
女性的に現れることもあるように、
み言が語られるときも男性的に語られることがあれば、
女性的に語られることもあるのです。
表現のしかたが異なるのです。

ただし、唯一なる神から出てくるため、そこに矛盾はありません。

真のお父様は、男性と女性との違いについて、
次のように語っておられます。


男性と女性は、そもそも
合うようにはなっていないのです。
愛しながら合うようになっているのであって
……それが原則なのです。

見てみなさい。(男性と女性は)顔をみても違うし、
身体をみても違うし、食べるのをみても違います。
……みんな違います。

それを男性と女性が合うと考えるのがいけません。
……合うのはむずかしいのです。
愛することによって合うのです。
……それが神の創造の傑作です。

完全に合わないようになっているのが、
完全にひとつになるようになるのは、
愛することによってです。

……そうでしょう。
夫婦になるには、愛がなければなりません。
愛した夫婦で通じるのです。

(『祝福』1976年秋季号32ページ)


私たちは、独り子(男性)のみ言、
および独り娘(女性)のみ言と対するとき、
それらに真摯に接し、相和合させて捉えていかなければなりません。

すなわち、言葉(み言)それ自体が真理ではありません。
どこまでも「最終一体」となられた真の父母様こそが真理なのです。

したがって、言葉の揚げ足取りをするかのように、
その語られたみ言を批判的に捉えようとしてはなりません。

私たちは、表面的な言葉にとらわれすぎてはならず、
その本質的な意味を「原理」に照らし合わせて酌み取る
努力をしなければなりません。

真のお父様は「天地人真の父母定着完了」を天宙に宣布するとき、


「あなた方も批評をせず、
 『この言葉どおりに一度生きてみたい』と考える人が、
 福を受けて生きることができる」


(「KMS中和新聞」2012年4月27日号)

と語っておられます。

私たちは、このお父様の忠告に従って、
両者の真理である「実体み言」に侍って生きようとする
謙虚さを持つ必要があるのです。


私たちは、二千年前にイエス様が語られたみ言につまずいた
ユダヤ教指導者のようであってはなりません。

彼らは、イエス様のみ言の本質を見ず、
言葉尻ばかりを捕らえようとしたのでした。

「律法学者たちや祭司長たちはイエスに手をかけようと
 ……機会をうかがい、義人を装うまわし者どもを送って、
 イエスを総督の支配と権威とに引き渡すため、
 その言葉じりを捕(とら)えさせようとした」
(ルカによる福音書二〇章19〜20節)

彼らのように言葉尻を捕らえ、批評ばかりするなら、
永遠の命に至ることはできないでしょう。

  なお、これらの内容を総合的に理解し把握するためには、
  「真の父母様宣布文サイト」の掲載文や映像をごらんください。
    http://trueparents.jp/

抜粋編集、文責:ten1ko2

教理研究院
四、真理のみ言は、「真の父」と「真の母」から出てくる
(2)独り子(男性)のみ言と、独り娘(女性)のみ言について
※『世界家庭』(天一国7年天暦12月)2020年2月号より転載
(Blessed Lifeより)


お父様のみ言って深いですよね。
「男と女は合うようにはなっていない。
愛することによって合うようになっている」

もともと一つだったのですから、
それが分かれただけなのです。

そういう意味では、神様のもう一つの部分を
表現してくださる、独り娘、お母様が
み言を示してくださっていることが感謝です。

私たちはみ言を通して、
この世界は地上世界だけではなく、
永遠の世界、霊界があることを知りました。
霊界を知らなかったら、どんな人生だったか、
そのことを考えると空恐ろしいです。

霊界と地上世界、二つが合わさって
天宙であるように、
真のお父様のみ言と、真のお母様のみ言は、
二つで一つの真理を表わしています。

壮大な真理を表わすために
み言があるわけですが、
み言の一部、一面だけ見ていたら、
地上の現実世界しか見ずに
永生の世界を知ろうとしないのと同じように、
真理の全面を見ることができないでしょう。

真のお母様を通して、
もう一つの石板(み言)が現れたというのは、
本当に素晴らしい時代が来た、ということを
私たちははっきりと知らなければならないと思うのです。






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posted by ten1ko2 at 08:44 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする