自己牧会プログラムより、
「為に生きる」50代女性のプチ証しです。
☆
私は家に帰る道すがら、
道路のごみを拾うことを心掛けています。
「ために生きる」と心がワクワクし、楽しい帰り道になるのですが、
ただタバコの吸い殻を拾う時だけは、
どうしても嫌な気持ちになってしまいます。
「良いことをしているのに、どうして楽しくないのだろう」
と思い、良心に尋ねてみました。
すると、タバコを吸う人を、そして吸い殻を捨てる人を
いつの間にか裁いていたことに気付かされたのです。
次の瞬間、私の脳裏に、タバコを吸いながら
道を歩いている男性の姿が浮かんできました。
静かにその人に思いを馳せてみると、
何かストレスを抱えていたんだろうなあ、
そのストレス解消のために、歩きながら
タバコを吸わざるを得なかったんだろうなあと、
その人に同情する気持ちが湧いてきました。
そして、その吸い殻が、実は人のストレス解消の
役に立っていたんだ、ために生きていたんだ、と分かり、
その汚い吸い殻がいとおしくさえ思えてきたのです。
それからは、吸い殻を拾うたびに、
「吸い殻さん、きょうも人間のために生きてくれたんだね。
ありがとう。ちゃんとごみ箱に入れてあげるね」
と声を掛けるようになりました。
嫌悪の対象でしかなかった吸い殻を、
感謝の気持ちで見詰めることができるようになり、
道路の掃除がいっそう楽しくなりました。
私の心の中にいる神様 14
「吸い殻さん、ありがとう」
Blessed Lifeより
「吸い殻さん、ありがとう」
Blessed Lifeより
☆
私の中の良心、というのは、万人共通なのだと思います。
証しの方の気持ちがよくわかるというか、
自分もこの方と同じ立場だったなら、
同じような思いになるんだろうと思わされます。
問題は、マイナス的な思いになった時、
自分の良心に尋ねることをするか、
また、良心の声が聞こえた時に、
それを実践するか、それが大事です。
日常生活のほんの小さなことでも、
自分の良心に尋ねる生活を心がけていきたいですね。。。
※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)
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