STAY HOME!☆☆☆
新型コロナウィルスの
終息を心からお祈りします☆
新型コロナウィルスの
終息を心からお祈りします☆
地球は叫びました、
でもあなたは耳を塞いだ
そして、私は生まれました・・・
私はあなたを罰するために
生まれたのではありません・・
私はあなたの目を覚ますために
生まれたのです・・
地球は助けを求めて叫びました・・・
大洪水、でもあなたは聞かなかった
燃え盛る火事、
でもあなたは聞かなかった
猛烈なハリケーン、
でもあなたは聞かなかった
ヴィヴィアン・リーチ
『コロナ・ウィルスから人類への手紙』より
『コロナ・ウィルスから人類への手紙』より
現在、コロナウィルスの世界的混乱の中、
私たちが悟るべきこと。。。
上の詩を通して、多くの教え悟りを得たという
田中地区長(副会長)が、
「コロナからの叫び」ということで
メッセージを語っておられます。
☆
一つはなんといっても、『我欲を捨てなさい』
今や自分第一主義、あるいは自国第一主義では、
どうにもならない局面にぶつかっていることを、
おそらく人類は誰もが感じております。
私たち日本国内においても、7つの緊急事態宣言発令都市から、
今や全国規模になりました。
どこかの県だけががんばっても、他の県からウィルスが持ち込まれれば、
けしてその県だけで持ちこたえられるわけではない。
世界も自分の国だけでなんとかしたからといって、
解決する問題ではない。
地球規模の課題に直面しております。
もちろんこれはコロナだけの問題ではなくて
あらゆる問題が一国ではどうにもならない、
そういう壁に直面しているという事実を
私たちはよく理解しておかなければなりません。
☆
2つ目、『責任ある行動をしなさい』
自由と責任について突き付けられております。
身勝手な自由行動が感染を拡大させ、
いつかそれがブーメランのように自分に返って来る。
いろんな意味で自分一人の行動が、全体に
どんな影響を与えるかということも考えざるを得ない
この状況かなと思います。
原理では、個体目的と全体目的、
全体目的を指向しない個体目的はないし、
個体目的を保証しない全体目的もない(といいます)。
そういう意味において、3つの密を守るとか、
日常生活でマスクをしておくとか、
消毒をしっかりするとか、
それなりの距離感を持って歩くとか…。
こういう行為の一つ一つが、自分を守り家族を守り
社会を守り、そして全体を守っていくということも、
ある意味で自由と責任、
この問題を突き付けられたかなと思います。
☆
3つ目は、『もっと隣人や家族を愛しなさい!』
このコロナの対策の仕方は、人と人との距離を取るしかない、
あるいはできれば人に会わなければ会わないほど
コロナは退治できる、こういう現象ですね。
本来私たち(家庭連合)は、人と人との対話、交わりを
大切にしていくべき立場でありますが、
それを断ち切られてこそ、
コロナを克服できるという意味においても、
改めて私たちを諭している大きな内容があるかと思います。
一方で、圧倒的に増えるのが家族との交わりです。
ですからこの間、家族との中でどんな交わりをするか、
あるいはどんな生活をしていくか、どんな思いやりを示すか、
改めて問われているかとも思います。
☆
そして、4つ目、『人のために生きなさい』
私たちの教会では当たり前のように日々聞いていますが、
本当に人のために生きているか
改めて問われているのかもしれません。
当初は、自分が感染しないようにと
行動を気をつけましたが、今は逆ですね。
もしかしたら自分もかかっているかもしれない
というところから感染させないようにマスクもし、
行動するという気配りですね、
このことも問われております。
(編集:文責 ten1ko2)
田中富広地区長
激励メッセージvol6 4/20 より
田中富広地区長
激励メッセージvol6 4/20 より
☆
↓上記の詩の全文はこちら
『コロナ・ウィルスから人類への手紙』 ヴィヴィアン・リーチ (転載)
『コロナ・ウィルスから人類への手紙』 ヴィヴィアン・リーチ (転載)
今まで当たり前のことができない時、
当たり前がいかにありがたいことか、
そのことを身にしみて感じます。
コロナウィルスは、(おそらくですが)
人工的にできたものであるがゆえに、
悪い動機で作られたものかもしれません。
『コロナを恨む』『コロナが憎い』
そのように言う人たちもいますが、
感染症の専門家の中で、
『共存して生きる』『受け入れる』
そのように言っている人もいるのです。
とにもかくにも、コロナ事態を通じて、
多くを学ぶ必要があると思います。
この続きは、お父様とお母様の
自叙伝のみ言を引用しての内容になります。
※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)
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