2021年04月24日

1ページ1ページに数百回の涙、劉先生 創造・堕落・復帰を変えてはいけないワケ  



210424-1966.0501.jpg
原理講論が初めて発刊された1966.5.1


篠崎先生の「喜びと幸せの生活伝道」より、
「『原理講論』の価値」です。


『原理講論』は体系的に編集されています。
もし、講師が自分のタイプに合わせて自分なりに講義をすると、
創造原理と堕落論と復帰原理が混ぜこぜになってしまいます。

ですから、劉孝元先生は、
「マスターしてしまったなら自分のスタイルに変えてもいいが、
それまではこれを骨として完全に理解するまで、
このとおりに講義しなさい」と指導されました。

そして自身も『原理講論』のとおりに講義されたのです。

劉孝元先生は、「『原理』は
全世界に長らく伝えなければなりません。
ですから、自分が完全に理解できていなければ、
どうして自信を持って講論を書くことができるでしょうか。

それで先生の『原理』を完全に自分がつかむまで、
自分の意見を述べて確認したのです」と語られました。

自分が理解できるまで、お父様と何時間でも討論し、
一つ一つ確認を受けたのです。


劉孝元先生は「原理」をノートに一冊書くごとに
涙を数百回流したといいます。

「原理」に接する時には、その「原理」の前に恍惚(こうこつ)となり、
涙なしには記録することができなかったのです。

そのような背景を持って『原理講論』はまとめられました。

お父様は、「この膨大な『原理』をこのように理論化し、
体系化させた劉協会長の頭はすごいものだ」
と称賛されました。


私たちは、この『原理講論』ができるまでの
エピソードを通して、真のお父様が
「原理」のみ言をもって人類を導き生かそうとされた
熱い願いにもう一度立ち返らなければなりません。

そして自らの心情を爆発させて、み言を誇り、
自信と確信を持って爆発的伝道をしていきましょう。

篠崎 幸郎・著
(光言社・刊『氏族伝道講座 喜びと幸せの生活伝道 み言の原点に立ち返る』より)
第一章 原理のみ言があなたに届くまで
二、『原理講論』のできるまで
『原理講論』の価値

氏族伝道講座
喜びと幸せの生活伝道〜み言の原点に立ち返る(8)
(blessed lifeより)


劉孝元先生に関してこのように詳しくうかがうと、
原理講論を体系化された
先生の精誠、その貴さを深く感じられます。

改めてではありますが、
劉孝元先生に心から感謝いたします。


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posted by ten1ko2 at 09:00 | Comment(0) | 統一原理・統一思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月23日

UTS版エクソシスト?! 悪霊たちを引き連れて、父母様に敬拝すると・・・ 《神明先生》



210423.jpg


久しぶりの紹介となります。
神明先生の信仰エッセーより、
「私は悪鬼の頭ベルゼブルではないのですが」です。


これはとんでもない証しですが、お許しください。
そして、つまずかないでください。

私は悪鬼の頭ベルゼブルではないのですが、
一度、悪鬼の頭みたいに悪霊たちに命令して、
真の父母様に面会させたことがあります。

それはUTS総長に就任した次の年の1995年の春のことでした。
その日もいつものごとく、イーストガーデンでの
真の父母様を中心とした朝食兼報告会に参加するところでした。

でも、その日はイーストガーデンに入るとき、
入り口の門でしばらく立ち止まって、
次のように悪霊たちに向かって叫びました。

「悪霊たちよ、特に地獄ですごく苦しむ悪霊たちよ。
私は今これから人類の真の父母様にお目にかかりに行く。
君たちも、とてつもない苦しみから解放されるために、
真の父母様にお目にかかりたくてしかたがないのだろう。
ならば、この私についてきなさい。

ただし条件が一つある。
私が真の父母様に敬拝するとき、
この私の体を使って一緒に敬拝するんだよ」 と。


驚くことに、その日は他のリーダーが誰も来ていなくて、
真の父母様と私だけの朝食会でした。

先ず私は、連れてきた悪霊たちと共に、
それこそ心を込めて真の父母様に敬拝を捧げました。

そして、いろいろとUTS の報告をしながら話しが弾み、
ある時点で、失礼にも、本当のことをお父様に言ってしまいました。

「お父様。今朝は惨めな悪霊たちを
たくさんここに連れてきています。
今、彼らは真の父母様にお目にかかれて
うれしく思っているように私には感じられます。

それで、私もうれしくなって、力がもりもりと出てきて
体中にみなぎりあふれ、どうしようもありません。
何か全てが可能になるような気がします」 と。

すると、お父様は大きな笑顔で首を縦に振られて、
「そうなんだよ」 と言ってくださいました。

そして、その後のお父様との会話はますます弾み、
それはそれは、悪が全くなくなってしまった
天国のような雰囲気の中で、踊り出したくなるような気分でした。
お父様もたいそううれしそうでした。


そのときです。
お父様は急に 「きょうはUTSに特別に
100万ドルの贈与をしよう」 と言われました。
予期もしなかったことです。

それだけでなく、今度はお母様までが
「きょうはドクター・シンミョウを昼食と
買い物に連れていきましょう」 と言われたのです。

その日は、あまりにも大きな恵みの日でした。
悪霊たちもずーっと私と共にいたはずです。

しかし、それで終りではありませんでした。
お父様はその翌日、UTSまでわざわざ来てくださり、
うれしそうに学生たちにみ言を語られたのです。

なぜこのようになったのか、
私にはよく分かりませんでしたが、
多分お父様は何か心情的なものを強く感じられて、
それによって動かされたのかもしれません。


最後に、私がなぜイーストガーデンともあろう
聖なる場で、父母様の前に悪霊などを
紹介してしまったのかを、少し説明したいと思います。

私は1973年にアメリカに来て間もなく、
その年にできたホラー映画 『エクソシスト』 を見ました。
映画の中で、悪霊が少女に取りついて、
とんでもなく恐ろしいことをして暴れる場面があります。

そのとき一緒に連れていった伝道対象者は、
恐怖のあまり何度も目を覆っていました。
しかし私は、その悪霊がかわいそうだという思いが
先だって、怖くないのです。

そして、少女のおなかに「HELP (助けて)」 という文字が、
悪霊からのメッセージとしてくっきりと現れたときは、
どうにかして助けてあげたいと思い、涙すら出てきました。


映画が終わったのは夜9時頃だったでしょうか。
伝道対象者と別れて、一人で教会の館まで
ニューヨークの夜道を歩きながら、
映画の光景がどうしても忘れられず、暗い空を見上げて、

「霊界の悪霊たちよ、かわいそうな悪霊たちよ。
待っていてくれ。この私が必ず勝利して、
助けに行くからね」 と叫びました。

すると、驚くなかれ、霊界が開いて、何千、
何万という悪霊たちが私の目の前に姿を現したのです。
それは凄絶な場面でした。

彼らのうっすらと光るような目が見えました。
皆、しくしくと泣いていました。
そして、よろしく頼む、と言っているようでした。
私に襲いかかって危害を与えてくるようすはありませんでした。

私ももらい泣きで号泣し、これから自分は
み旨のために行かねばならないと必死なる決意をさせられました。


私は霊界は素人なので、詳しいことは分かりません。
しかし、愛の思いで接すれば、悪霊までも、
こちらの言うことを聞いてくれるのではないかと思いました。
私などが太刀打ちできないような、すごい悪霊も沢山いることでしょう。

でも真の父母様こそ、天の父母様(神様)の真の愛でもって、
このすさまじい堕落世界を復帰しようとしてこられた方なのだと思います。
そのような愛を学びたいと思います。

UTS時代の神体験
:ドクター神明の信仰エッセー
O私は悪鬼の頭ベルゼブルではないのですが
(世界家庭に連載)


悪霊に対する見方を考えさせられる、
そんな証しでした。

神明先生は、霊的なことには
敏感な方だと思いますが、これまでは
聖霊体験、神霊的な体験をよくされて、
よい霊界に通じやすいという印象がありました。

今回は今までとは違って、浮かばれない
不幸な悪霊に対する証しだったので驚きました。
悪霊をお父様の元に連れていく、
というのは、凄い発想だと思います。

そして、真の父母様が喜ばれた、ということ。
これはどのように考えたらいいのでしょうか。。。

悪霊は自分では神様、真の父母様の元に
行くことはできないので、仲保者が必要である。
それを神明先生がされたので、
「よく連れてきてくれた」という思いだったのでしょうか。

真の父母様も霊的にはとても敏感なので、
もちろん霊たちに気づかれていたことでしょう。
天宙の父母として、きっと神明先生を
通じて、霊たちを愛してくださったのかもしれません。




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2021年04月22日

共産主義をも救おうとされるお父様、東大大学院卒の苦労を慰労 《大谷先生へのみ言》



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大谷先生の証し、続編です。


(明史さん)一九八〇年から私は、韓国統一思想研究院院長の
李相軒先生(三十六家庭)が『共産主義の終焉』という本を
出版するために必要なマルクス主義の
資料編纂の責任者になりました。

当時、強固な反共国家であった韓国では
マルクス主義の書籍を入手するのは困難でした。

しかし、日本はマルクス主義が盛んであり、
マルクスーエングルス全集、レーニン全集、
スターリン全集、毛沢東全集など、
全て原書から日本語に訳されていました。

私は三年半、国際勝共連合のM氏(七七七家庭)
の協力を受けながら、マルクス主義の文献の収集、
研究に没頭したのです。

日本語の堪能な李相軒先生は、日本語で原稿を書かれました。
そして、一九八四年二月一日に日本語版の
『共産主義の終焉』が出来上がりました。

ちなみにその八日後にアンドロポフ
(当時、ソ連共産党書記長)が亡くなりました。


その後、日本語では世界に影響を与えられないということで、
英語版を作るようになりました。

一九八四年末、私はニューヨークに行き、
七か月間滞在して、一九八五年七月に英語版が出版されました。

英語版の作成に際しては、大和田法生さん(トリニダード・トバゴ国家メシヤ)、
アメリカのCAUSAのメンバーのポール・ペリー、
古田武士さんの協力を受けました。


一九八九年七月二十三日から八月十二日まで、
アメリカニューヨーク州のUTS(統一神学大学院)で、
アメリカのリーダーに対する特別講師統一思想修練会がありました。
李相軒先生が講師で、私はスタッフとして携わりました。

修練会の後、真のお父様がニューヨークのディアパーク乗馬訓練場、
アラバマの造船所を視察されるのに、
私たちスタッフ三人がお供をする恵みにあずかりました。

そしてニューヨークの乗馬訓練場で、お父様は私たちに
次のように語られたのです。

「闘争的弁証法ではない。
 和合的弁証法、ハーモナイズ弁証法だ。
 少し字を変えればそのまま共産党のイデオロギーだね。

 物を中心とした弁証法ではなく、
 神を中心とした和合弁証法だ。
 それさえ変えれば共産党はそのままでよい。
 分かった?
 一つ変えれば、すぐ神中心の弁証法になるのだよ」

このとき私は、「強力に勝共を推進しておられた真のお父様の真意は、
共産主義者を倒すのぱなく、誤った共産主義思想を正して、
彼らを正しい方向に導こうとされているのだ」
と悟りました。

そして、真のお父様は一九九二年にソ連のゴルバチョフ大統領と、
一九九一年に北朝鮮の金日成主席と会談されるに至ったのです。


その後、真の御父様が
「アラスカでのハリバット釣りの修練会に行くように」とおっしゃり、
私も大和田法生さんと共に参加しました。

朝早くから海に出掛けて釣りをして、夜は真のお父様のみ言でした。
その席で、思いもかけず、お父様から証しをするように言われたのです。
一九八九年八月二十五日、アラスカのノースガーデンでのことです。

私は簡単に生い立ちを紹介して、「私は東大で自然科学を学びましたが、
そこでは研究のための研究、論文を書くための研究になっていて、
自分のやっていることが人間の幸福と何の関係があるのか分かりませんでした」
というようなことを証ししました。

すると、真のお父様はこのように語ってくださったのです。

「現代科学は心情を中心としなければならない。
 神が天地を創造したのは「ための創造」であった。

 今から世界は、自己中心的に反対する者は
 力でもって排除される。
 悪らつな暴虐、戦争の歴史は終わりを告げる。

 ……大谷君も自然科学をやったのだね。
 統一思想をずっとやったのだから、 
 非常に範囲が広くなっただろう。
 前後左右……。(『はい』)

 今は、自分を中心として
 いくら自然科学をやっても、追求で終わる。
 虚無で終わる。
 最後には、その運命は虚無で終わる。
 その一生は、自然科学の僕のようになってしまう。

 人間主体はいずこや? 
 自分という価値を貴重にしなくてはならない。
 その問題の解決……統一思想は
 人間を主体として自然科学を発展させるのだね。
 (『はい』)

 相対的関係をもって運動しながら……
 二性性相とは大変なことだ。
 創造されたものは二性性相だから、
 宇宙は全てペアシステムだ。
 そういう理論を打ち立てるのが原理である」


少しさかのぼって一九七〇年代のことになりますが、
私が原理研究会で学舎長をやっているとき
訪韓したことがあります。

このとき、私は七七七家庭祝福の後で、
思いがけないことがあり、非常に落ち込んでいて、
暗闇の中を歩くような苦しい時期でした。

真のお父様がみ言を語ってくださったのですが、
私は後ろの方にいて、お父様を正面から見ることもできず、
斜めの方を向いていたのです。

すると、真のお父様は、
「東大の大学院、博士課程を出てね、
花売りをするのは歴史的なことだ。
普通の女の子が花売りをするのとは違うんだ」
とおっしゃるのです。

「えっ?東大の大学院?博士課程?
自分しかいない・・・」
とびっくりしました。
お父様は私の心を見通して慰めてくださったのです。


狭山公園(東京都)で真のお父様が語っておられるときも、
後ろの方にいました。
遠くから眺めているような場所だったのですが、
やがて疲れて、眠くなり、小首がカクンと垂れました。

その瞬間、お父様が「大谷ちゃん!」とおっしゃったのです。
続けて、「今、先生が何を言ったか言いなさい」と言われました。

私は眠った瞬間でしたから、しどろもどろになりました。
けれども、「しっかりしなさい」という
温かい励ましが伝わってきました。

やがて私は心の暗闇から脱することができました。
このような出会いから、真のお父様は、
「原理」を説かれた偉大なお方であると同時に、
本当に人の心を見通して導かれる
お方であることを知りました。



今回は、ご夫婦の祝福の証しではなく、
大谷先生が語られていて、
真のお父様から受けた様々なみ言を
紹介していただきました。

大谷先生は、李相軒先生とともに
勝共理論をまとめあげられた功労者です。

勝共理論執筆の証しも、とても素晴らしいものですので、
折を見て、後日、紹介したいと思います。

そんな先生も万物復帰の道を歩まれ、
相当ご苦労なされたのですね。。。

得意、不得意あると思いますが、
やはり、大谷先生のような学者出身の方は、
簡単ではなかったと思います。

それでも懸命に歩まれたことに
お父様は慰労の言葉をかけられました。

私たちは、直接お父様から
声を掛けて頂いたり、み言を頂く
機会はありませんが、大先輩の証しから、
真の父母様を知ることができることを
感謝します。





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