統一思想研究院に長年おられた
竹内清治先生の、貴重な証しを
ネット勉強会を通じて聞く機会がありました。
済州島で、お父様の前で、訓読をされた証しです。
☆
1990年代、済州島で開催されていた修練会で、
私は統一思想の講師として、呼ばれていたことがあります。
1998年2月のことですが、
その修練会の時、真のお父様がお見えになられました。
その時、お父様の前でみ言を訓読したことがあるのです。
その時の体験談を話したいと思います。
お父様と一緒に食事を取っていた時、
お父様が言われました。
「周藤は疲れているな。
訓読をするのは、大変だ。
明日は誰か代わりにやるように、
声のいい者がやれ」
ということで、私が指名を仰せつかったのです。
皆さん、お父様の前で、
訓読するということを考えてみてください。
その日の夜は、眠れませんでした。
次の日、そしてさらに次の日と、
2日間で3時間、訓読をしたのです。
訓読する中で、イエス様の路程のところで、
40日を40年と間違えて訓読していました。
お父様は、「40日!」
と指摘してくださいました。
2日間の訓読会が終わり、
「3日目はやらないだろう」と思いました。
なぜかと言うと、その日は、3月1日でした。
すなわち、3.1独立運動の日です。
案の定、お父様は、韓国人の婦人を指名され、
訓読会が始まりました。
ところが、参加していた修錬生たちは、
みんな寝てしまっていたのです。
毎朝、早い時間に訓読会があり、
みんな疲れていたのでしょう。
ほとんど寝ていたんですね。
お父様は、最初は何も言われなかったのですが、
さすがに眠り続けている状況をご覧になって、
「訓読、代わりなさい。
この者やるように」
そして、私が指名されたのです。
お父様の前で、(日本人たちが)寝ているのも
申し訳ないけれど、こんな日に、
日本語で訓読するのも申し訳ない、と思いました。
それでも、お父様から言われたので、
やらないわけにはいきません。
1時間、2時間経って、まだ続きました。
とうとう、3時間が過ぎました。
訓読していると、高級霊、善霊がくるのです。
このままいったら、霊的になる寸前になりました。
涙を流し、鼻水もよだれも出てきました。
その時、お父様が
「訓読は、終わり。祈祷しなさい」
皆さん、お父様の前でお祈りしろ、と言われたらどうしますか、
本当に、心臓が破裂しそうでした。
祈祷を終えた後、お父様がこう語られたのです。
「あんた真剣だね。
霊界は深刻だよ」
私の生涯で、本当に恩恵を受けました。
この経験が私の信仰の中心軸になっていると思います。
それで、お父様のみ言を
精誠を尽くして研究したい、と思うようになったのです。
み言を研究する、ということは 命懸けでないといけない、
という思いが強いのかもしれません。
でも、今現在、毎日その基準までいっていないのは
本当に申し訳ない、と思っています。
(文責:ten1ko2)
☆
証しを聴きながら、竹内先生が、
お父様の前で、訓読をされている場面が、
浮かんでくるような、素晴らしい証しでした。
まさにお父様の歩みが真剣なので、
その思いから発せられるお父様が語られるみ言であり、
真剣にみ旨を歩むことを通して、
お父様の心情圏に到達することができる、
ということなのだ、と思いました。
まだまだ条件的にみ言を訓読しているようでは、
恥ずかしいですね。
悔い改めていきたいと思います。
※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)
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