2021年09月15日

「お父様の作戦に引っ掛かっちゃった」私たち夫婦が家庭を持てたワケ 《小山田先生》 



19730809.jpg
祝福家庭の証し会で小山田儀子夫人の
証しを聞かれる真のお父様
(1973年8月9日、東京・代々木公園)


小山田先生の自叙伝。
「一番男らしい女と、女らしい男のカップル」を
真のお父様は気にかけ、配慮されました。

1969年に祝福を受けてから後、家庭をもつまで、
また、そのあとのお話です。


「お父様の作戦に引っ掛かっちゃった」

私にとって、相対者が私を受け入れたことはとても意外でした。
あとで聞いてみると、彼女は
「真のお父様の作戦に引っ掛かっちゃった」と言うのです。

彼女から見れば、私は、それこそ
“頭に浮かぶことのない対象、だったわけです。

最初に私を見た瞬間、 偽善者というイメージだったようです。

彼女の兄と弟の二人は、京都の同志社大学(ミッションスクール)の出身です。
彼女は、その兄弟たちのために一所懸命にアルバイトをしました。
ところが兄と弟はそのお金を、飲み食いに使い込んでいたのです。
それで彼女は、「クリスチャンは偽善者だ」と思っていたわけです。

私が、そのようなクリスチャンの姿とそっくりだったようで、
私を見た瞬間、偽善者、だと思ったというのです。

そして彼女は、「本当のクリスチャンはこんなものではないはず。
本当のクリスチャンに会いたい」と思っていたようです。

彼女がそのように思った背景があります。
彼女の父親は特別高等警察(特高)の刑事でした。
その当時、クリスチャンは米国のスパイのように見られ、
日本では、クリスチャン狩りが行われていました。

義父はクリスチャンの家を一軒一軒調べたのですが、
「キリスト教というのは素晴らしいものだ。
レベルが違う」と思ったようです。

義父が言うことには、「娘たちは嫁に行くのだから、
キリスト教を勉強する必要がない。
息子たちは、それを学ぶ必要がある」。

それで、二人の息子のうち、長男は既に婿養子となっていたので、
次男と三男を同志社大学に送ったというわけです。

義父自身はクリスチャンではありませんが、
仕事のために聖書を勉強していたのです。
のちに私が義父に原理講義をした際、
義父は聖書を暗記していたことがよく分かりました。
それは、信じるためではなく、クリスチャンを捕まえるためでした。


三年遅れて家庭を出発

話を戻しますが、私とのマッチングについて彼女は、
「真のお父様の作戦に引っ掛かった」 と言ったのです。

お父様は彼女に、「晩年になったら、味のある夫婦になる」、
そして「立派な子供が生まれるよ」とおっしゃったそうです。
それがお父様の作戦だったわけです。

お父様からそのような話を聞かされると、否定する道がありません。
相手は”偽善者、ではありますが、
彼女は「イエス」と答えたようです。

四十三双の祝福を受けたほかの先輩家庭たちは、
早々に家庭を出発しましたが、私たちは 違いました。
それから二年遅れたのです。

祝福の後、私が彼女に電話をしても、
彼女は絶対に私と会おうとしませんでした。
私は完全に無視されていました。
皆が家庭をもつなか、私たちは、そのような状況でした。


そのことをどこからか聞いてご存じだった真のお父様は、
「これはよくない」とお思いになったようです。
彼女は、一九七〇年から台湾に渡り、久保木会長のVIP渉外を助ける
という立場で渉外活動に従事することになりました。

久保木会長が台湾に行くたびに、あるいは岸信介先生、
福田赳夫先生、笹川良一先生といったVIPの先生方が訪台すると、
彼女はその接待を担当したのです。
久保木会長の相対圏に立つような立場でした。

彼女のそのような重要な立場から見ると、当時の私は
小僧っ子のようにしか見えなかったというのです。

しかし、彼女が訪台して三年近くなると、
私は夢や幻で、彼女と家庭をもっているようすを、
しばしば見るようになりました。

彼女は台湾で、日本から訪台するVIPだけでなく、
台湾のVIPも接待しました。

蒋経国元総統の弟である蒋緯国*氏にも
「原理」を学んでもらいました。
彼はクリスチャンです。
台湾大学や政治大学の教授など、
台湾の要人にはクリスチャンが多いのです。

「そのようにして、ハイクラスのVIPを渉外する中で、
キリスト教に対する彼女のイメージが、
ずいぶん変わってきたというのです。
三年後、彼女が帰国する頃には、
キリスト教に対する偏見はなくなっていました。

その頃を見計らって真のお父様は、
彼女を韓国の清平に呼ばれました。
お父様は、「キリスト教というのはいいものだろう」
とおっしゃったそうです。

そして、「おまえはいくら強くても、女は女だ。
小山田を愛して立派な子供を生みなさい」とおっしゃり、
彼女は日本に帰国しました。

それから私たちは喧嘩をしなくなりました。
お互いの手の内が見えるようになったからです。
このようにして、先輩家庭に遅れること三年、
私たちは、ようやく家庭を出発しました。

その後、十年近くで五人の子供に恵まれました。
真のお父様は、「最低八人から十二人生みなさい」
とおっしゃっていましたが、そこまではいきませんでした。


「おまえたち夫婦は、愛の研究をよくやりなさい」

四十三双の祝福から、十年、二十年、三十年、四十年がたっても、
真のお父様は、名節のたびごとに、私たち夫婦をご覧になって、
「小山田、儀子、立て!」とおっしゃいました。

そうして妻に、「小山田を愛するようになったか?」
と尋ねてくださるのです。

そのようなスタイルが一種の伝統のようになってしまいました。
私たち夫婦を知らない人でも、「小山田?
ああ、あの夫婦喧嘩で有名な家庭ですね」と知っているのです。

一九八三年、真のお父様がアメリカのボストンで
マグロ釣りの海洋修練を始められたときのことです。
梶栗玄太郎さんと櫻井設雄さんと私の二人が、お父様から呼ばれました。

梶栗さんと櫻井さんは三日で帰りましたが、
私はそれから半年間、訓練を受けたのです。
すると妻は、「(夫婦で)喧嘩をするから、とうとう夫は、
アメリカに人事になったのではないか?」 と思ったようです。

そして、久保木哲子夫人と私の妻が、お父様から呼ばれて渡米し、
四十日間滞在して帰国しました。

彼女たちが帰国した後に、お父様はイーストガーデンの朝食の場で、
「儀子を帰してすまんな」 と言われました。
「小山田、おまえたち夫婦は、
これから愛の研究をよくやりなさい」とおっしゃったのです。

そのみ言の中に、「夫婦愛の芸術化、美術化」
という内容があるわけです。
そして、いわゆる愛の王宮、生命の王宮、血統の王宮という内容です。

自叙伝「真の父母様の御跡を慕って」
小山田秀生
第三章 永遠の相対者と出会う
*蒋経国元総統は、蒋介石の長男
蒋緯国氏は次男(実子ではない?)


お父様は祝福を貴く思われると同時に、
祝福を授けた家庭に対し、
多くの愛と関心を持っておられる、と感じます。

小山田先生ご夫妻に対しても、
多くの期待と関心、そして
立派な家庭になるよう願っておられたのでしょう。

マッチングのときの会話も
お父様の作戦でしたが、
奥様が台湾で訓練され、クリスチャンに対して、
意識が変わったのも、天のご計画であり、
間違いなくお父様の作戦勝ちでした。

「本物のクリスチャンに会いたい」
と思っていた奥様は、「偽善者」だと思っていた小山田先生と
まさに本当の出会いをされたのだ、と思います。





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2021年09月14日

(体験談)アブラハムが私に現れて泣いた証し 「何千年も何を失敗したか分からなかった」 《奈田先生》



210213-Gustave Dore - The trial of Abrahams faith  -.jpg


奈田先生の「父母と共にある生活」
今回は、『祭物精神(1)万物の蕩減時代』。

奈田先生にアブラハムが(霊的に)現れた
という証しを交えたお話です。

祭物精神

次に、祭物精神について、第一章で述べた内容を
もう少し詳しく学んでみようと思います。

歴史を細かく見てみると、苦労、犠牲、十字架
というのは祭物精神になるのです。

旧約時代には万物がささげられてきたのです。
万物自体が人間の復帰のために、喜んで血を流し、
犠牲になってきたことを知らなければなりません。

先生はアダムが堕落によって失ったもの、
それが万物と実体と心情だと、次のように語っておられます。


堕落によって人間はどういう結果に
なってしまったかというと、
まず万物を失ってしまった。

それから実体がサタンに汚されてしまった。
それから心情を奪われてしまった。

これらをみんな蕩減復帰しなければならない。
いわゆる物の問題、実体の問題、心情の問題、
これらを完全に神を中心として結束させて、
完成期間を通り抜けないというと、
完成基準に到達することができない。

これが我々の原理原則である」


(1)万物の蕩減時代

ここで、万物の蕩減時代について学んでみましょう。

アブラハムが、三種の供え物をするように
神から言われた時、アブラハムは
いい加減に供え物をしたでしょうか。

アブラハムは、ノアの時代にしたことを全部踏襲して、
神からの絶対的命令として受け止めて、
とても緊張して供えたのです。

しかも、自分の身体以上の牛を屠て、
み言のとおりに、裂いて血を流して焼いて、
「神が喜ばれたかどうか。これでいいだろうか」
と気にしながら、本当に神を畏れる心で供え物をしました。
しかし、それは成功しませんでした。


そこで、これは私の体験なのですが、
以前アブラハムが私に現れて、
「なぜ自分の子孫が四〇〇年間もさまようことになったのか。
他民族に仕えていかなければならなくなったのか。
それが分からない」と言うのです。

アブラハムは、激しく泣いて、
「何か失敗だったか、分からなかった」と言うのです。
何千年という間、分からなかったのです。

目も鼻も口も、私の体を全部使って泣くので、
その思いが胸に迫ってきました。

それで周藤健先生が、アブラハムにその理由を
一生懸命に説明したのです。
説明を聞いて、「本当にそうだったのか」
とアブラハムは言いました。

私は、「すごいな! アブラハムがそんな悩みを
今までだれにも打ち明けられず、
理由を聞くこともできなかったのに、
四〇〇〇年目に現れたこのみ言で、
初めてその悩みが解決できたのだ。
そのことを思ったら、私の苦しみなんて何でもないことだ」
と思いました。


アブラハムにしてもそうですが、歴史上には、
神から捨てられてきた人々がたくさんいます。
ノアは、息子のハムの失敗のゆえに捨てられたのです。

モーセもそうです。
あれほどの苦労をして、イスラエル民族をエジプトから
導き出したのに、自分はカナンの地に入れませんでした。

モーセが神に、「自分は語る人ではないので
イスラエル民族を率いていくことはできません」と言うと、
「おまえに口を授けたのはだれか?」と神は言われて、
モーセを強引に引っ張っていきました。

モーセはそういう運命圏に生まれついていたのです。
神はそのように運命づけておいて、召命して、
自覚させて、引っ張り上げて、荒野で訓練して、
エジプトヘ行ってまた訓練して、
ようやくイスラエル民族を導き出してこられたのです。

ところが、荒野で人々が裏切り、モーセは
どうしていいか分からなくなってしまうのです。
モーセはいつもそういう窮地に立たされるのです。


「神様、助けてください。もうこれ以上私にはできません」と、
モーセは何度も言いました。

「この民のことなど、私はもう知らない」と言うのですが、
神に慰め、励まされ、「それでもやってほしい」と言われます。
しかし、神が最後には、「いつまでこの民は私を悔るか!」
とイスラエル民族を怒るのです。

すると今度はモーセが「慈しみに富む神だと
言われたあなたではないですか」と、とりなすのです。
モーセ路程には、そのような神とのやりとりが多いのです。

そういう中で、最後には
「カナンの地を、目に見ることはできるけれども、
踏むことはできない」と、モーセに言い渡さなければならなかった
神の心情は本当につらかったに違いありません。


ですから、過去の義人たちが通ってきた路程というのは、
万物を供えさせて、神を畏れることを教える形状的なものから、
原則と愛とを組み分けながら心情的に引っ張ってこられる
実体時代へと移行してくるのです。

実体的蕩減時代とは、そういう意味なのです。

そこで、モーセ路程で中心に立ったモーセ自体が苦しんだように、
新約時代には、イエス様ご自身が祭物になってしまったのです。
それはすべて、人々の不信仰のゆえだったのです。

奈田壽美子
「父母と共なる生活 信仰生活の真髄をつかむ」
第三章 父母観(その二)
三 祭物精神
(1)万物の蕩減時代<


さらっと紹介されていますが
すごい証しですね。
周藤先生から聞いた覚えがありますが、
奈田先生の証しだったのですね。

あらためて復帰歴史の中心人物たちは、
神様の前に真なる信仰を立てて
歩んできたんだなと思いました。

そして、彼等は、真理のみ言を知らず、
その時代の限られた勝利圏、恩恵の中で歩んだのです。

原理講論において、復帰原理を通して、
「中心人物は責任を果たせなかった」
と教訓を学ぶので、どちらかというと、
マイナス的な観点で、見つめてしまいがちですが、
そう思ってはいけないと思わされます。

アブラハムは「信仰の祖」と言われる
素晴らしい義人でしたが、4000年間、自分の失敗を
知ることができませんでした。

私たちは全ての真理を
真の父母様を通じて、知ることができました。
どれだけありがたい立場にいるでしょうか。

そのことに心から感謝しつつ、
昔の聖人義人たちに思いを馳せながら、
歩んでいきたいと思うのです。




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2021年09月13日

ただ信じればいいわけではない 今日のポイント★「願い、事情、心情」 《文ヨナ様》



180606.jpg


文妍娥様が6年前、千葉で語られたみ言の続き。
今回は、「真の父母様の願い、事情、心情を
尋ね求める私たちに」です。

ヨナニムの秀逸なみ言は、
すべて真のお父様とお母様のみ言と生活から
学び取り、さらに整理して語られています。
この日のメッセージの核心部分です。


真のお母様は最近も、


「目を開ければ、きょう一日、自分が真の父母様と
 どのように基準を合わせて生活できるかを考え、
 昼食時間になれば、真の父母様は何を召し上がったのか、
 おいしく召し上がったのか、喜ばれたのかを、
 まず考えなければなりません。

 また、一日が終われば、『きょうはこのように
 生きましたが、一生懸命努力したことはこれで、
 努力できなかったことはこれです』と振り返り、
 『あした、新たに出発します』と報告するのです。

 自分はこうだった、なぜこうなのだろうと、
 『私』が主語になり、『私』に対する思いで
 終わるのではなく、まず天の父母様と真の父母様に
 報告し、その基準に合わせていく
 生活をしなければなりません」


と語られました。


しかし、いつも真の父母様のことを思い、努力して、
真の父母様がどのように生きられたかということに
関心を持って生活するとしても、
真の父母様について知る機会がなければ、
うまくいかないでしょう。

知らずにいながら、「このような食事をされただろう」
などという思いが湧きますか?

テレパシーでメッセージでも来ない限り、難しいでしょう。
私たちが真の父母様の子女として生きていこうとすれば、
ただ真の父母様を信じるだけでは十分でないというのです。

先ほど紹介した真のお父様のみ言(前回記事に掲載)の
タイトルにあるように、最初、真の父母様と
私たちの関係の始まりは、信じるところからです。

真の父母様の生きざまを見て、これまで成し遂げてこられた
業績、教えてくださった内容を見て、
「信じるに値する」と判断し、信じるのです。


そして、それで終わってはならず、
次は真の父母様について知らなければなりません。
真のお父様は、「信じることと知ることは違う」と説明されました。

さらに、知っているだけではだめなのです。
共に暮らさなければなりません。
そうしてこそ、真の父母様と愛の一体圏を成すことができるのです。

そうすれば、真の父母様と、心情と愛において一つになり、
共に暮らしながら、「これが天国だ」と感嘆しつつ
過ごすことのできる生活になるというのです。

これは、霊界に行ってからではなく、地上で
そのように感じながら暮らさなければならないという話です。


真のお父様が、天の父母様と「私」の関係、
父母と子女の関係において強調された、重要な三つの点があります。

それは、1962年に良心について語られたみ言の中で
教えてくださったものです。その一部を訓読いたします。

 
永遠に残らなければならないのは、
一つの世界を成し遂げるための神様の願いであることを
知らなければなりません。

一つの世界を中心として、神様がここにおいて
天下万民を中心に、事情が通じることを願うし、
事情だけでなく、愛したいという、
そのような非常に大きい創造理念があるというのです。

ですから、永遠に残るべきもの、私たちは
逝ったとしても残していくべきものは何でしょうか。
『願い』です。

残していくべきものは何でしょうか。
『事情』です。

残していくべきものは何でしょうか。
『心情』です。
この三つは、永遠に存在しなければなりません。

そのような境地から見るとき、私たちが改めて
考えるべきなのは、

『神様、あなたの願いは成就しましたか。
あなたの事情は通じるようになりましたか。
あなたの心情を中心として喜ぶことのできる
立場にいらっしゃいますか』ということです。

……神様の願いを成し遂げて、何をしようというのでしょうか。
神様の事情に通じること、そして、
神様の心情に通じること、これがすべてです。
最後の答えは、これなのです。


皆様、その三つとは、願い、事情、心情です。

この三つを知ってこそ、私たちは本当に
「父母と心が通じている。父母のことを知っている」
と言えるのだと思います。


天の父母様と真の父母様の願い、事情、
心情とはどのようなものでしょうか?

皆様が一日を始めるに当たって、この三つを持って祈り、
天の父母様と真の父母様に報告するだけで、
恐らく皆様は何か新しいことを感じるようになるでしょう。

さらに掘り下げてみましょう。

例えば、「願い」とは何でしょうか?
多くのことが思い浮かびます。

簡単に言えば、「み旨の完成、四位基台の完成、
幸せな家庭を中心として生きること、
天の父母様が真の父母様と全人類と共に暮らすこと」でしょう。

心が通じ、事情が通じて、説明しなくても分かり、
感じることができる関係になることです。

 
「神様の祖国と一つの世界」(2002年10月16日)
という真のお父様のみ言の中に、このような箇所があります。

 

皆様。私は今、地上に羨(うらや)むものがありません。
世の中のものには関心がない人です。

ただ、『神様が保護できるその国において
死ななければならないのではないか。
私がそのように生きてから逝くことができなければ、
私の生涯は悲惨な生涯ではないか。
死ぬ前にその国を探し出し、一日だけでも
そこで暮らしてから逝かなければならない』
というのが私の願いなのです」


その願いを果たすためにビジョン2020があるのです。

ここにも、これから百年生きるかもしれない子供たち、
私にとっては息子、娘のような年齢であり、
末の弟、妹、甥(おい)、姪(めい)のような子供たちがいます。

彼らが純粋にその思いを守り、心に傷を受けることなく、
互いに愛し合い、助け合いながら幸せに暮らしていける世界、
そのような国を創りたいというのが、
真の父母様の願いであり、天の父母様の願いであったと、
私は結論づけました。


(『世界家庭』2016年1月号「文姸娥様のメッセージ
学んでも学んでも到達できない真のお母様の深い愛と心情の世界」より)

〜文姸娥様のメッセージ〜
学んでも学んでも到達できない真のお母様の深い愛と心情の世界(2)

私たちの真の父母様 7
真の父母様の願い、事情、心情を尋ね求める私たちに
(blessed lifeより)


「願いと事情と心情」このことに関する、お父様の貴重なみ言、
姸娥様、紹介してくださり、ありがとうございました。

お父様も切実に、神様の願いと事情と心情を求め、
求めていかれたのだと思います。
そして、神様の解放のために
全生涯をかけて、み旨の道を歩まれました。

お母様もまさにお父様とまったく同じ立場で、
歩まれておられます。

真の父母様とともに暮らしている思いを中心として、
願いと事情と心情を求め、
さらに心情を近くしていきたいと思うのです。





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posted by ten1ko2 at 07:26 | Comment(0) | ご子女様・真のご家庭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする