2021年09月12日

天寳に向け本気で頑張った人たちの証し、全て涙ながらにきいた真の母 《孝情証詞大祝祭》



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1日目に証しを発表した家庭による「ありがとう」の合唱


先月末に行われた孝情証詞大祝祭の
様子と真のお母様のみ言を紹介します。


2日間にわたって天寶家庭
孝情証詞大祝祭を開催
天一国9年天暦7月21、22日
(2021年陽暦8月28、29日)
韓国・孝情文和苑文和ホール

24家庭の証しを涙を流して
視聴されたお母様

8月28、29日、韓国の孝情文和苑文和ホールをメイン会場に、真のお母様が天正宮博物館3階小宴会室で視聴される中、「天の父母様聖会 天寶家庭孝情証詞大祝祭」が開催されました。メイン会場では天寶入籍家庭代表と教会指導者約50人が参加。韓国全土の代表家庭が双方向オンラインで、全世界の祝福家庭たちがピースリンクで視聴しました。初日は韓国と全世界から選抜された天寶入籍家庭代表24家庭が「43家庭実勢化活動の優秀事例」を発表し、その中から選ばれた6家庭が2日目に「最優秀事例」として発表しました。


■24家庭が発表、代表6家庭が選ばれる

1日目(28日)は午前9時30分から始まりました。式前公演と記念映像上映に続いて、尹煐鎬・世界本部本部長が歓迎の挨拶を述べ、司会の宋仁泳・世界本部教会成長処長夫妻が開会を宣言。その後、審査委員長として天正宮博物館から中継で参加する鄭元周・総裁秘書室長と会場の審査委員、計9人が紹介されました。

証し発表はAからEの5グループに分けて行われました。各グループ4、5家庭で構成され、AからDグループは韓国所属の家庭、Eグループは日本から3家庭、マレーシアとブラジルからそれぞれ1家庭が映像を通して証ししました。

全家庭の発表が終わると、尹煐鎬本部長と鄭元周室長が総評を述べました。鄭元周室長は、真のお母様が全ての家庭に関心を持ってごらんになり、各家庭の苦労を思いながら涙されたことを伝えました。

オンラインで、徳野英治・神日本天議苑苑長、天の父母様聖会の方相逸・神日本大陸会長、田中富広・神日本家庭連合会長が順に感想を述べた後、フィナーレとして、会場で発表した全家庭が壇上にそろい、「ありがとう(고맙소)」を合唱。尹煐鎬本部長が翌日証しする6家庭を発表し、趙萬雄・神韓国元老牧会者会会長が億万歳三唱を先導して1日目が終了しました。


■「平和ヌリ」連合礼拝を兼ねて開催

2日目(29日)は午前9時20分から、全世界の祝福家庭と平和愛員たちが参加する「平和ヌリ」連合礼拝を兼ねて行われ、最初に映像視聴と開会公演、尹煐鎬本部長の歓迎の辞がありました。

宋仁泳処長夫妻の司会で始まった第1部「孝情の証し」では、前日選ばれた6家庭(光州教区光山家庭教会カン・グァンミン、キム・ヨンス家庭/全北教区金堤家庭教会イ・ユニョン、パク・オッキョン家庭/蔚山教区蔚山家庭教会アン・ヒョユン、コ・スンヒ家庭/忠南教区天安家庭教会ユン・ヨンテ、ソン・ヨンスン家庭/京畿南部教区器興家庭教会キム・サヨル、ソ・スンヂャ家庭/慶北教区善山家庭教会ヤン・ギョンヒ、板倉みさお家庭)が順に発表しました。

尹煐鎬本部長に司会が替わって始まった第2部では、孝情祝賀公演として、この夏、韓国全土で行われた40日開拓伝道に勝利した鮮鶴・鮮文UPAの生徒31人が登壇しました。文信出様と生徒代表がお母様に感謝の言葉を伝え、全員で「ありがとう(고맙소)」を歌った後、文信興様と生徒代表が決意の言葉を述べて、全体で「Let's go」を力強く踊りました。

み言訓読の時間となり、まず鄭元周室長が「お母様はきょうも真のご家庭のお嫁様方と共に歓呼し、拍手し、涙を流して聞かれました」と伝えた後、昨年の天寶大祝祭(10月10日)におけるお母様のみ言を訓読しました。

お母様が12分間、み言(下に要旨)を語られた後、司会が「お母様が、発表した24家庭全てを同じく表彰するようにおっしゃった」と伝えました。最後に、金東宴・神韓国YSP会長と4人のYSP地区会長が億万歳三唱を力強く先導し、全体でお母様に敬拝をお捧げして全ての行事が終了しました。



真のお母様のみ言

神統一韓国の成就は天寶家庭、
祝福家庭の手にかかっています


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きょう、皆さんがこれまでの苦労と努力の結実として
天寶家庭としての責任を果たし、
誇らしい天一国の一世家庭として出発されたことを
誇りに思います。

私が少女だった頃、「峠の我が家」という
美しい米国の歌曲が好きでした。
「心配や悩み事なく、雲のない空、ノロジカや
シカが遊び回る、そこに家を建てて暮らしたい」
という内容の歌です。 

天一国時代に、真の父母として地上の摂理において、
天の父母様(神様)に地上で侍りうる聖殿を
奉献してさしあげることのできるこのときにおいて、
天一国の誇らしい天寶家庭たちにより、
天寶家庭の数が拡大することによって、
真の父母の夢が成就するようになります。

独り娘・真のお母様の在世時に
神統一韓国を必ず成し遂げなければなりません。
それは皆さん、天寶家庭、
祝福家庭の手にかかっています。

天の父母様は愛です。
天の父母様の愛が共にある限り、
この民族は正しく立たなければならず、
神統一韓国にならなければならないでしょう。

そのようにつくっていく、皆さん全員が
勝利した天寶祝福家庭になるように、
もう一度祝願します。

私が天苑団地を通っていると、
日中にノロジカを見ました。
ノロジカやシカが遊び回る美しいエデンの園、
天苑団地であるということです。

皆さんが愛し精誠を込めて整えながら、
人類の故郷のような天の父母様の祖国、
天苑団地をたくさん愛してください。


2日間にわたって天寶家庭
孝情証詞大祝祭を開催
天一国9年天暦7月21、22日
(2021年陽暦8月28、29日)
韓国・孝情文和苑文和ホール
(中和新聞より)


ちょっと前の内容ですが、
松戸教会でも礼拝の時間に視聴しました。

個人的な感想ですが、二つのことを感じました。

70代、80代の大先輩が最前線で活動し、
お母様のために純粋に頑張っておられる。

文信出様をはじめとした、鮮鶴・鮮文UPAのメンバーたちが、
40日開拓伝道をして、100名以上受講決定をして、
40名以上がみ言を学んでいる(うろ覚えなので、間違ってたらすいません)。

2日間にわたって証しを聞かれたお母様。
やはり、お母様は、最前線にもっとも
ご関心があるのだ、と改めて感じました。

さらには、お孫様を中心とした、二世・三世たちも
40日開拓伝道をされた、というのは、
本当に素晴らしいことだと感じました。

今は、緊急事態宣言が発令中であり、
実際の活動はできない状況ではありますが、
前線に神様、真の父母様がともにおられる。。。
その思いを忘れずに、これからも
歩んでいきたいと思うのです。



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posted by ten1ko2 at 07:02 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月11日

教会にいろんな人がいる理由 難しい道を行く人もいる 乞食もいる 《金元弼先生》



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金元弼先生のみ言
今回は、「歴史を蕩減復帰する私たち」です。


先生は、6000年の縦的な歴史を横的に全部復帰する摂理なので、
同じ統一教会の中でも、楽に行く人もあれば、
ちょっと難しい道を行く人もいるし、
いろいろな人がいるとおっしゃいました。

それで先生は「統一教会のメンバーの中には、
こじきもいるんだよ」と言われたのです。

それは、今までたくさんの歴史的な人たちがいましたが、
それを蕩減復帰する道が必要だからです。
その人たちを解放する使命をもっている人もいるというのです。

つまり、歴史に起こったいろいろなことを蕩減復帰するために、
同じような状況がありえるということです。
私たちによって、そういう人たちの心情の世界が解放されていくのです。

そういう人たちは霊界に行っても恨みがあります。
ですから私たちが同じ立場に立って、真の親と神を中心として、
これを感謝して受けていけば、
そういう人たちが全部解放されていくということです。


ではこの世に生を受けた人たちは、どのように
恨みをもっていたのでしょうか。

例えば、この世でこじきの生活をして
恨みをもって霊界へ行っている人たちがいるとします。
そのために、メシヤと神が私たちを救うために
こじきの生活をして、食べる物も食べず、
おなかが減るという生活をしたというのです。

先生でも、そういうこじきの生活をせざるを得ないのです。
それでこじきの生活をなさっていたわけです。
こじきの生活をしても、神を考えながら
感謝していたならば、恨みが残らないのです。

しかし、先ほどの人たちは、感謝できないで
そのまま霊界へ行ってしまったので恨みが残っているのです。
どんなに惨めな立場に置かれても、
神に感謝して、神をたたえていくならば恨みは残りません。

 
ではどうしたらそういう惨めな時に、
神に感謝する心が出てくるのでしょうか。

自分のことを考えると、恨みを抱かざるを得ないのです。
例えば、他の人はみんな良い生活をしているのに、
なぜ私だけがこのようにならなければいけないのかと考えます。

それで自分の親を恨んだり、神を恨んだりするのです。
しかし、神もこういう生活をしたのだと考えれば、
かえって神を慰めることができるし、
また、そうした神の苦しみを分かるようにしてくださった
神に対して、感謝する心が生ずるのです。

こじきであっても、人のために尽くすならば、
絶対にこじきのままでいるはずがないのです。

ですから、人に奉仕し、私はこのようなこじきには
ならないのだと心を変えていくならば、
絶対に恨みになることはないのです。


こじきはなぜこじきになったのでしょうか。
働かず、奉仕もせず、自分のやりたいことを全部やってしまって、
お金を全部使ってしまったからです。
そして働かないからお金は入りません。

もしその人が神を考え、人のために尽くすならば、
「こじきになりたい」と100年間祈っても、
こじきになることはありません。

ところがそれができなくて、霊界へ行ってから初めて分かるのです。
しかし、悟った時には既に肉体をもっていません。
時既に遅しです。
だから恨みがあるのです。

 
では、その恨みはどのようにしたら払うことができるでしょうか。

それは、地上にいる同じこじきが心を変えて、
人のために尽くすことによって、
神に感謝し人に感謝する心をもつようになれば、
霊界のこじきはその人によって恨みが払われていくのです。

ですから、私たちが周囲の人たちのことを考える時に、
互いに過去の人の恨みを解放してあげなければならない
という道を行っているのだと考えると、
お互いを尊重し合う心も出てくるのです。

私たちが、どういうことであっても、
先生のみ言どおりにやっていくことによって、
いろんなものが全部蕩減されていくのです。

だから一番大事なことは、先生のみ言に従っていくことです。
それによって全部が解かれていくのです。

先生自身がすべてのことに蕩減条件を立てておられるからなのです。
先生はこじきの生活をされましたし、
この世のすべての生活を経験されました。

そういう先生のみ言についていけば、
私も同じ立場で蕩減したという条件が成り立つのです。

I 平壌開拓から興南解放
第二章 いつも弟子に関心をもたれる先生
「歴史を蕩減復帰する私たち」

信仰生活シリーズ 6
「伝統の源流 主と歩んだ教会創立以前の道」 
金元弼(1998年7月1日発行)
*『信仰と生活第二集伝統の生活化』を改題


教会には、本当にいろんな方が来られます。
具体的なことは差し控えますが、
普通に会話していても通じないような、
やはり、恨みを持っておられるんだな、
そんな方もおられたりします。

すべての人が神様の子女であり、
これまでに生きて死んだ無数の人たちの
恨み、無念な思いを代わって晴らしていく
立場にいると考えるなら、
貴重な一人ひとりです。

お父様のように、真の父母様のように
真の愛をもって対していくしかないな、
そう思わされます。

また、私自身においても、
「こじき」とは言わないにしても、
決して経済的に裕福な生活を送っているわけではありません。

横と比較してみると、
様々な思いになってしまいます。

だからこそ、元弼先生のみ言のごとく、
感謝していく必要があると感じます。

すべてに意味があると思い、
感謝する生活を心がけていきたいです。





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posted by ten1ko2 at 09:07 | Comment(1) | 金元弼先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月10日

先生のしっぽを死んでも放さない! 《日本を愛した文先生の足跡・狭山篇》



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▲2000人を前に語られる文鮮明先生(1972年4月26日)


「日本を愛した文先生の足跡」
今回は、『狭山(さやま)』特集です。

12団の世界統一十字軍を編成

1972年1月、アメリカで世界統一十字軍を結成された
文鮮明(ムン・ソンミョン)先生は、同年4月22日に来日され、
4月26日、雨の降りしきる狭山公園(東京都)に
2000人の教会員が集まった中、12団の世界統一十字軍を編成されました。

世界統一十字軍は爆発的に伝道を進めるために結成されたものです。

その後、4月30日から2週間、
名古屋の守山修練所で世界統一十字軍の修練会が開かれました。


文先生は、同年5月6日にも1000人の教会員を狭山に集め、
「神様と我々」「アメリカに負けるな」
と題してみ言を語られています。

「アメリカに負けるな」というみ言の中で、
文先生は


「君たち自分自身が、自分を信じることができるの?
 自分は自分を信じられない。
 自分は自分を信じることができないから、
 自分が自分を信じない者を誰が信じてやるか。

 …いくらすました顔をしていても、
 いつ倒れるか分からない。
 いくら言っても、それは信じられません。

 それは、見ておかないと、見ておく期間が
 これはキリスト教文化圏によって
 訓練された場合には短いんだよ。
 訓練されていない者は
 長く見ておかなくてはならない。

 こういうようになった場合…
 アメリカに負けないの?

 それには一つの方法がある。
 先生のしっぽをかたくなに持って、
 死んでも放さない。それしかないんだよ」


と力強く語られました。


外的には強くなくても内的に温かい心情が必要

また文先生は、その時


「外的には強くなくても内的に温かい心情、
 雪が解け合う温かい心情、
 それは西洋人でも温かい心情に
 忘れることのできない心情に
 印象を残すような心情。

 その心情だけ持ったならば、
 勝ったアメリカ人を使うことができる」


と訴えられました。

1973年7月11日には静岡以北の教会員3500人が
狭山公園に集まり、
1974年5月9日には狭山公園で
日本統一教会全国信徒大会が開かれています。


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▲韓鶴子女史(1972年4月26日)

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▲み言を語られた後で(同上)

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▲祈祷される文先生(1973年7月11日)

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▲日本統一教会全国信徒大会(1974年5月9日)

(参考/『成約の鐘』1972年7月号、『日本統一運動史』)
光言社『グラフ新天地』393号[2001年4月号]
「日本を愛される文先生の足跡」より
【文鮮明総裁聖和節記念】
日本を愛した文先生の足跡(10) 狭山

(blessed lifeより)


「狭山」でお父様がみ言を語られたことがある、
というのは、耳にしていましたが、
実際には行ったことがないので、
残念ながら、詳しい場所は知りません。

お父様が愛された地なので、一度は、
尋ねないといけないな、と思いました。

狭山で語られたみ言。。。
お父様をつかんではなさない、
その精神で歩んでいきたいと思わされます。

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posted by ten1ko2 at 11:29 | Comment(0) | 草創期の証し(韓国・日本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする