2021年09月05日

慕わしきわが主、真の父と霊的に一つとなった体験、涙と感動しかない・・ 《神明先生》



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1997.7月


神明(しんみょう)先生の証しより、
真のお父様が「霊能者だ」と感じた体験の
3つ目になります。


第三は、信仰の初期に私が決意したことに関連しています。

私は入教して三年目になる一九六九年、
神様に一人で強烈に祈って決意したことがあります。
それは、このような決意でした。

「神様、たくさんの先輩食口や、いろいろな食口がいますが、
その中の誰も、神様の願いを百パーセント知った人は
いないのではないかと私は思います。

私は、不完全な人間の答えではなく、本当の答えが知りたいです。
神様の声が聞きたいです。

神様、私は知っています。私もまだ不完全な人間なので、
神様が最終的な答えを与えることのできない立場だということを。
でも神様、私は本当の答えを持っておられる神様が
存在していることを知っています。

神様から本当の答えを受ける資格もない者ですが、
本当の答えを持っている神様が存在するということを知っただけで、
私の心は平和になりました。
ありがとうございます。

そして、今後、三年かかるか、四年かかるか、
七年かかるか分かりませんが、その時が来るまで、
私は一生懸命、兄弟に対して温かい態度で接し、
愛して、尽くします。自分は犠牲になってもいいです。

そういう努力をして生きていきますので、
いずれの日か、どうか最終的な答えを教えてください。
それまで、私は待ちます」


その頃、もちろん原理講義や説教を通して、
神様や神様のみ旨に関して、頭では、観念的には理解していました。
しかし、本当にそれを百パーセント実感として、
「そうだ」と悟りの境地になるまで感じることはできていませんでした。

また、先輩たちに、いろいろな質問をしても、答えがばらばらで、
聞けば聞くほど混乱するような状況だったのです。

この強烈な決意をして以降、私はその一心で、
み言を読み、聖書を読み、神学の本を読んで祈りました。

私は、神様が自分の先生だと思っていたのですが、
その先生が生徒に全てを教えてくれないので、待ちますと祈ったのです。

ですから、先ほど言ったように真のお父様から、
「あんたは神様が導くことになっているんだ」という
み言を頂いたときは、本当に驚きました。
私の決意をご存じだったからです。


一九九七年七月には、真のお父様と二人で南米を巡回旅行させていただきました。
このとき、真のお母様は韓国で巡回講演をしておられたので、
飛行機の一等席のお母様の席に座らせていただくかたちで、
十日間、南米を回ったのです。

アルゼンチンに行くと、アルゼンチンやウルグアイの国家メシヤ、
南米の建設会社やホテルの社長など、
韓国人の指導者のそうそうたるメンバーが集っていました。

そこで、真のお父様は、「ここにいる韓国人の誰よりも
苦労の味というものを知っている者が、ここにいるんだ。
皆の前にいる、UTS総長をやっている神明という男だ。
先生は、そういう者を無視できないようになっている」
と言われたのです。
私は、びっくり仰天しました。

飛行機から降りて、車に乗るときも、真のお母様が
いらっしゃらないので、真のお父様と私だけでした。

そのとき、南米で新しく作る予定だった新聞杜の社屋の敷地を見に行きました。
そこで、現地の韓国人の先生が地図を広げてご説明すると、
真のお父様は地図を見ながら、「うん、うん」とうなずいていらっしゃいました。

そのとき、お父様の髪が風でふわっとなびいたのです。
私は、そのお姿を拝見しながら、感極まりました。

韓国で迫害され、海を越えて米国に来られ、
さらに米国も越えて南米まで来られた真のお父様。
そのようにして行き着いたアルゼンチンで新天新地をつくろうとしておられる。

どんな迫害を受けても一生懸命に歩まれる。
地図をごらんになっている真のお父様の、
しわの寄ったお顔を拝見しながら、私は切ない心になって、
思わず、「アボジ」とお呼びしました。

こんな苦労をされた真のお父様。
本当に偉大であられると思い、慕わしくて涙が出たのですが、
その涙を見せないように脇を見て、そっと拭いました。

その場の視察が終わると、真のお父様は車の後席の右に、
私は左に座って、アルゼンチンの街並みを見ながら進んでいくのです。

通過する建物、電信柱を見ながら、どういう思いがよぎるかと言えば、
「人類を救おうという愛ゆえに、万難を排して、
ここアルゼンチンまで、お父様は来られたんだ。
ここで新たに出発しようとしておられる」ということです。

それを思うと目頭が熱くなり、目が潤んできます。
真のお父様は知らんぷりをして外の景色をごらんになっていました。
私も同様に外を見ていました。


そして次に、メンバーが二、三十人待っている所に行ったのです。
真のお父様が「神明、通訳しなさい」とおっしゃるので、
お父様が語られる韓国語と日本語を、英語に通訳しました。

しかし、アルゼンチンの人たちは英語の分からない人が多く、ちんぷんかんぷんでした。
私は、「あっ、しまった」と思い、英語に通訳するのではなかったと気づいたのです。

それでは、なぜ私のようなスペイン語ができない者に通訳せよと
言われたのかというと、そのときの真のお父様のご心情を感じ、
心情的に連結できていたからだと思います。
心情の世界で一つになったということを感じられたに違いありません。

ちょうど、そこには韓国で数年間、韓国語を勉強したアルハンドロという
兄弟がいましたので、すぐに彼と交代しました。
初めから、この兄弟がやればよかったのですが、
地上の限界を超えて心情の世界で一つになるとこうなるのだなと思いました。
心情の世界は全てを超越します。


このように真のお父様が直接のアべルとなり、
お父様にいつもお会いできるような立場になる前に、
私がモットーとしていたことがあります。

それは、「真のお父様とたとえ会えない状況にあったとしても、
いつも、お父様を愛するがごとく、あるいは
それ以上に兄弟姉妹を愛して、仕えていく」ということです。

誰だって真の父母様にはお会いしたいです。
真のお父様がみ言を語られるときに、いちばん前に座りたいし、
アボジロードに座って触られたいとか、声をかけられたいと皆、思います。

しかし、誰もが真の父母様に名前を覚えていただけるわけではありません。
私は、UTSの総長になる以前から、いつも真の父母様を愛する以上に
兄弟姉妹を愛し、仕え、怨讐のような人も、
真の父母様を思うのと同じように愛していく
ということをモットーにしていました。

そのように歩む中で、結局、霊界が働いて、自然に
真の父母様のお近くで侍らせていただく立場になったのではないかと思います。


第16回ベルべディア家庭教会(ニューヨーク州)
神明(しんみょう)忠昭・澄江(777家庭)
慕わしきわが主、わが父母 真の父母様との思い出
(「世界家庭」2017.2/P.72〜81)
 深い神様の心情圏に没入し、一刻一刻を過ごされるかた


お父様を愛し、慕われる神明先生の思いが
証しを通じて、伝わってきました。。。

また、今は、実体のお父様がおられないので、
誰も直接お父様に侍ることはできません。

しかし、クリスチャンたちが、
2000年前のイエス様を愛し、慕うように、
それ以上の思いをもって、お父様を
愛し、慕っていく、そのような者になっていきたいし、
その思いで、兄弟姉妹に接していく、
そんな者になっていきたいと思いました。



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