松本ママの自叙伝「信仰は火と燃えて」
西川先生に出会った松本ママですが、
牧師から彼は「サタン」だと言われ、
家族からも反対を受けます。
その後、どうなっていくのでしょうか。。。
『伝道に生きる生活の始まり』の前編をお送りします。
☆
伝道に生きる生活の始まり
自分がイエス様を十字架につけた人間の一人だという
自責の念が脳裏から離れず、翌日さっそく
牧師のところに行って、その話をしてみました。
すると牧師は、「それはサタンです。
世の終わりには、天使のごとく装って悪魔がやって来ます。
絶対にそんな話を聴いてはいけません」
と真剣な顔をして止め始めるのです。
私は、ああサタンなのかと思いましたが、
西川宣教師の真剣なまなざしや熱心な話しぶりに
心を動かされたことを思うと、
それがサタンだと言われても、
とても信じる気にはなりませんでした。
☆
牧師の話と西川宣教師の話と、どちらが本当なのだろうか。
もし西川宣教師が正しければ、信じなければ大変だし、
また牧師の話が正しければ、私は神の前に罪を犯すことになる。
どちらを信じてよいか分からず、私の心は動揺し、
その精神的重荷のために食事が全くとれなくなってしまいました。
そうして悩み苦しんだ結果、本当にその宣教師が
サタンかどうか最後まで聴いてみよう、
サタンならやっつけてやる、という気持ちになったのです。
西川宣教師に直接会い、聖書原理の話を聴くたびに、
涙ながらに神様の話をし、義憤に燃えて語る
西川宣教師の姿やまなざしに感動を覚え、
どうしてこの人が悪魔であろうか、と思えるのです。
私には、天に対して忠誠を尽くす
神の子に見えるのでした。
☆
そこで神様にお祈りしました。
「天の神様、西川宣教師の話が本当でしょうか、
牧師の話が本当でしょうか。
私は苦しくてたまりません。どうか私を救ってください。
イエス様、教えてください。神様、教えてください」
と言って、大地をたたいて泣きました。
そんなある日、一人で泣きながら祈っていると、
突然右の耳の上の方から
「信ぜよ、信ぜよ、信ぜよ」と言う
男の人の声が聞こえてくるのです。
私は立ち上がって周りを見回しましたが、
誰も人影はありませんでした。
☆
また、ある時不思議な夢を見ました。
電柱のような太い大きな二匹の蛇がからみついて
けんかをしているかと思ったら、
あとからあとから小さい蛇が生まれてきて、
至る所蛇だらけになってしまったのです。
私は恐ろしくなり、
「この蛇を焼いてしまえ!」と叫びました。
すると、韓国の白い服を着た男の人が現れて、
パーッと火で焼いてしまいました。
私は、きれいになった道を、ああ、あの人が
焼いてくれたんだなと感謝の思いで見ながら
歩いていくところで目が覚めました。
私は非常に興奮し、この不思議な夢の話を
隣の部屋に寝ていた兄に語ったところ、
「それは縁起のいい夢を見た、宝くじを買え、
きっと当たる」と喜ぶのでした。
私は、いやこれはそんな夢じゃないと思い、
急いで西川宣教師に話しに行きました。
☆
西川宣教師は「その夢には深い意味があります。
これから堕落論を聴けばそれは分かります」と言って、
すぐ堕落論の講義を始めました。
すると、「あなたがたは自分の父、すなわち、
悪魔から出てきた者であって、その父の
欲望どおりを行おうと思っている」
という聖句が出てくるではありませんか。
そして、堕落性本性というものについて聴いていくうちに、
まさしくこの自分がまむしのすえであることが
分かってきたのです。
私は身の毛がよだつほど驚き、絶叫して泣きました。
私の体の中には罪の血が流れている、まむしの血が流れている。
だから私には嫉妬(しっと)心があり、
猜疑(さいぎ)心があるのか。
人を押しのけて自分だけよくなろうとする思いがあるのか。
☆
未亡人なのに、子供がいるのに他の男が目にちらつく。
その人が微妙な目つきをすると、こちらも微妙な目つきで合わそうとする。
その人に恋人があり、奥さんがいてもそんなことはおかまいなく、
その人を奪おうとしてしまう自分。
そうか、私の血統の中にまむしの血が流れているのか。
前の聖句の意味がよく分かったのです。
私は結婚したにもかかわらず夫を一度も愛したことがありませんでした。
そして、自分の夫以外の男性を心に描いているのです。
映画を見て、あるいは小説を読んで、
一度あんな恋をしてみたいなどと思っていました。
聖書に「だれでも、情欲をいだいて女を見る者は、
心の中ですでに姦淫をしたのである」とありますが、
夫以外の男性を心に描いているのですから、それ自体罪なのです。
☆
私は、まさしく自分が、堕落した人間始祖アダムとエバの
子孫であるということをはっきりと知り、
あまりにも悔しく嘆かわしくて、大地をたたいて泣きました。
庭の丘の上に座って、胸をたたき、大地をたたき、
腕をかみながら悔い改め祈ったのです。
「天の神様、私は天のお父様と呼ぶこともできない者です。
けれども、私はあなたの娘になりたいのです」と。
三日後には入院しなければならない体でしたが、
もうその時から、どんなことがあっても
最後まで聴かなければならないと思ったので、
毎日出掛けて行って講義を受けました。
繰り返し三回聴いたら、あまりの感動と驚きで
息もできないほどでした。
☆
兄は怒って「お前は入院しなければいけない体なのに、
昼ごろ出掛けた女が夜中遅くに帰ってくるなんて。
お前の顔には死相が表れているぞ!」と言うのです。
娘も西川宣教師のことを
「なに、お母ちゃん、あんな変なシスターボーイ
みたいな男に、いやね」とけいべつするのです。
兄が、西川宣教師は密航した男だから警察に訴えるというので、
私は「あの義人を警察に訴えるですって、
そんなことしたら、私はもう兄さんとの縁を切ります。
兄さんを殺します」などと言ってしまいました。
すると兄は「なに、今まで親代わりになって育てて、
嫁にいくまでにしたのに、それが兄に向かって言う言葉か」
と言って殴るのです。
私は、兄を殴るわけにいかないので、兄のたんすをけ飛ばしたり、
揚げ句の果てには取っ組み合いのけんかをしてしまいました。
そして「無礼者、出ていけ」と言うので、
「出ていくわ」と言って、布団とちゃぶ台を包んで
頭の上に載せ、家を出てしまったのです。
☆
西川先生のところへ行くと、
先生は事情を聴いて私を慰めてくださいました。
そして「先生、本当のことを言ってください。
偽者じゃないでしょう」と聞くと、
「松本さん、よく考えてごらんなさい。
ただ信ぜよというのでは神様を信じられない人に
神様を科学的、論理的に証(あかし)して神様を教え、
堕落論を通じて、まことの清い私になったという人を
たくさんつくったからといって、
神様がお前、地獄に行けと言ったら、喜んで行こうじゃありませんか。
そこがすなわち天国ですよ」と言うのです。
私は、それはそうだ、本当にそうだ、と思いました。
「西川先生のあとに従って私も伝道しよう」。
その一言で、私の心はピシッと決まりました。
松本 道子・著
(光言社・刊『信仰は火と燃えて―松本ママ奮戦記―』より)
アプリで読む光言社書籍シリーズ
blessed life
(光言社・刊『信仰は火と燃えて―松本ママ奮戦記―』より)
アプリで読む光言社書籍シリーズ
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☆
松本ママは、牧師から
西川先生のところに行かないように言われましたが、
「最後まで聴いてみよう、
サタンならやっつけてやる」と結論づけました。
牧師から言われたことを鵜吞みにするのでなく、
良心の声に従っていったのでした。
昔、教会に伝道された人たちは、
多くの反対、迫害を受けながらも、
夢や啓示で教えられたり、良心の声を聴きました。
この道に来るためには、
もちろん霊界の助けもありましたが、
簡単には来れない、犠牲が必要だし、
切実な心情がなければ来れなかったでしょう。
以前、松本ママが初めて伝道した時のことをきいて
なんだか変わった伝道だな、と思った記憶があります。
こうやって事情を知ってみると、
み言を学びたてで、堕落論までしか聞いていないのに、
しかも真の父母様も証されていない
そんな状態で、40日の開拓伝道に出発していったんですね。
本当なら入院することになっていた
「死ぬんではないか」と思ったくらいだったというのに、
やはり、日本の信仰の祖だな、
と、心から感謝します。
※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)
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