2022年06月26日

主が最先端の電気工学を専攻した理由、原理が全分野に通じる理由 《史吉子先生》



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史吉子(サ キルジャ)先生のみ言、
「神様の両面性」のつづきです。

神様の両面性

(お父様(文鮮明師)は、誰よりも深く
神様について研究されされた結果、
神様は全く別のように見える両面性、すなわち、
相対性の神様(つまり愛の神様)と、
数理性の神様としておられますと言うことに気づかれました。)

「愛」と言うのは何か?
怨讐まで自然屈服させることです。

どうして、そうなのか?
「怨讐」とは、自分に過ちを犯した人のことではないですか?

しかし、怨讐のために生き、
愛を与え続けたら、怨讐が感動して
身動きもできず、屈服するのです。
自然屈服すると言うことです。


ところでアメリカのキリスト教は、
「愛の神様」ではなく、「力の神様」 として信じて来ました。

力の神様とは何か?
暴力で自身の目的を成そうとすることです。
それは「強制屈服」です。
ですから、「自然屈服」ではありません。

アメリカ建国初期に、キリスト教徒が
平和に暮していたインディアン (ネイティブアメリカン)に対して、
キリスト教徒ではないと言って追い出しました。

そうせずに神様の愛で尽くして奉仕してあげたら、
インディアンがアメリカ人の言うことを聞いたでしょう。

「ああ、皆さんが信じている神様は、とてもいい方ですね、
私たちも一緒に信じたいです。」と 言ったでしょう。

ところが、アメリカのキリスト教はそれができなかったのです。

お父様は私たちに、愛の神様、
完全に犠牲と奉仕で怨讐までも自然屈服させる
方法を、原理で教えてくださいました。


では、「数理性の神様」と言う言葉の意味は何か?

原理には 12、4、 21、40数が出て来ます。

アダムとエバの成長期間に数理的な摂理が出て来ます。
ところが、アダムとエバが完成できなかったために、
復帰摂理に数理的な摂理が再び出て来ます。

なぜかと言うと、復帰摂理は再創造摂理であるからです。
それで、この数を中心とした摂理は変動がありません。

12が13になることはないし、4が5になることはありません。
勝手に変動させることができません。
きっちりと決められた秩序を言うのです。

結局、数理性の神様とは、秩序の神様のことを言います。


それでは、秩序の神様とはどんな神様か?
科学の神様です。

普通、この世の全ての宗教家やキリスト教徒の
頭の中の神様は、とてつもない奇跡を起こされ、
無限の霊的能力を発揮されるので、
科学は神様とは関係が無いと思っていますが、
とんでもないことです。

神様は、まさに科学の根本であられます。

神様が天地の万物、太陽と月と天体を創られた時、
秩序 (科学)を無視して勝手気ままに創られたとしたら、
どうなったでしょうか?
全てぶつかって、壊れてしまったでしょう。

ところが、天体は秩序的に一定の軌道を回っています。
このように科学の根本は、まさに神様であられるのです。


お父様は、愛の神様と科学の神様を全て発見されてから、
どちらをもっと研究してみようかと考えられました。

お父様は愛の神様については既に霊的によくご存知で、
実際に愛の実践と奉仕をたくさんされたので、
科学の神様の方をもっと勉強しなければと考えられたのです。

電気は、プラス(+)とマイナス(-)が
授受作用をして初めて発生します。

だから、授受作用を説明する時どんなに良いでしょうか?

科学にも多くの様々な分野がありますが、
原理と神様の愛を説明する時、
電気の作用で説明するのが適切なので、
お父様は電気工学を専攻されました。


私たちの原理には、愛の神様と
科学の神様についての内容が入っており、
自然科学から聖書、神学、
哲学、文学、全てが総合的に入っています。

このように、原理は全てを総括することのできる、
本当に根本となる真理なのです。

それで人々が原理を学ぶとどうですか?
全ての人が、何も言えずに従わざるを得ません。

史吉子
『原理によるみ言の証』


神様の存在様相をすべて
証ししてくださったお父様。

特に人類の父母である、ということ。
そのことを証しされた時、
神様はどれほど喜ばれただろうか、と思います。

ですから、神様の似姿として存在する人類は、
みな真の父母になるべき存在です。
自分たちの姿を見ると、全然その基準には
至っていないと思いますが、
本来はそうあるべきでした。

真の父母様がその道を行ってくださり、
示してくださっていますから、
私たちもあきらめずに、
真の父母になるべく、天寶修行、
天心修行の道を歩んでいきたいと思うのです。




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posted by ten1ko2 at 08:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 統一原理・統一思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする