2022年09月24日

韓鶴子総裁を天から来た「私の母」だと感じた証し 《真のお母様、感謝します*小山田先生》

小山田先生が韓国語をマスターされた理由




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韓鶴子総裁と小山田 秀生元会長☆


「真のお母様、感謝します」より
小山田先生の証し、
「お母様は天来の“おふくろ”」です。


真のお母様(韓鶴子総裁)と深い因縁を結んだのは、
お母様が初めて来日された翌年の1968年夏のことでした。

6月に韓国で開かれた統一運動の「韓日大学生勝共大会」に、
学生を代表して、私を含め7人が訪韓したのです。

韓国では地方を巡回し、真の父母様に
ゆっくりお目にかかる機会はなかなかありませんでした。

2週間たった頃、慶州(キョンヂュ)にいた私たちに連絡が入り、
ソウルに上がることになりました。

前本部教会に到着し、真の父母様に
「ただ今、帰りました」とごあいさつを申し上げると、
真のお父様が「どうだったか?」と、
地方でのことをお尋ねになりました。

ところが続けて、「帰りはどうするのか?
チケットはあるのかね?」と言われたのです。
私は、「もう帰りの話をされるのか」と思いました。

ようやく真の父母様に甘えようと思っていたのですから。
私はちょっとふてくされて、
「大丈夫です」と申し上げました。

すると、この一連の会話を(通訳を通して)聞いておられた
お母様が、「この子は今来たばかりなのに、
『帰る』などと言って、なぜ私を悲しませるのですか?」
とおっしゃったのです。

この言葉に私は驚きました。
なぜなら、私の母の口癖と同じだったからです。

私が大学時代に夏休みなどで帰郷し、
3日ほど滞在して帰るとき、母は、
「おまえ、今来たばかりなのに、『帰る』などと言って」
と言うのが常だったのです。

この出来事を通して、お母様は
天から来られたかたではありますが、
私のおふくろだと思いました。

話が終わると、お母様は日本語で
「おやすみなさい」と言われ、玄関まで見送ってくださいました。

そのとき私はお母様に、
「今度伺うときには、韓国語でお話しできるように
勉強してまいります」と申し上げ、
韓国語をマスターすることを固く決意したのです。

お母様は天来の“おふくろ”
小山田 秀生(43双)
(光言社・刊『真のお母様、感謝します』より)


【お父様がお母様について語られたみ言】
私がお母様に有り難く思うことは、
自分の貴いものを自分の息子、娘ではなく、
ためらうことなく皆さんに100パーセント与えようという
性格をもっていることです。
その性格は神様が贈り物として下さった性格だと思っています。
(『真の御父母様の生涯路程』E 212ページ)


スマホで立ち読み Vol.19
『真のお母様、感謝します』1
https://www.kogensha.jp/news_app/detail.php?id=16089
以前、小山田先生の自叙伝から
同じ証しを、紹介したことがあります。
さらに真のお母様に関する
↓興味深い証しを紹介しています
聖霊とは何か──お父様の答え
&お母様に癒された証し 《小山田先生》


お母様から掛けられた言葉が
小山田先生のお母さんとまったく同じだったとのこと。

まさに、心情の世界においては、
「母親」なのでした。
一対一の関係においても、
私のお母さん、という立場なのだと思います。 

実は、昨日、総裁(お母様)の夢を見ました。
結構、長い夢であり、詳細は省略しますが、
日本に来られていて、とてもお疲れの様子で
「ほとんど寝れていない」とのことでした。

今、日本の危機的状況の中、愛する子供たちが
試練を受けている姿を見ながら、
胸痛めておられるに違いありません。

「私の母」でもある、
真のお母様に心から感謝いたします。




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2022年09月23日

旧統一教会は、反共・反日ではなく、実は・・・ 《よくわかる勝共理論》




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過熱しているマスコミ報道を通して、私たちは、
反共、反日であるといわれています。
本当にそうでしょうか。

実はどちらも違います。
これも情報操作です。。。

今回は、反共ではない、という見解を
『よくわかる勝共理論』で解説していきます。


 「スマホで立ち読み」コーナー第2弾で取り上げたのは、大好評の動画コンテンツ「ほぼ5分でわかる勝共理論」でもおなじみの中村学氏の『よくわかる勝共理論〜日本と世界の平和のために』です。混迷する時代の今だからこそ、しっかりと読んでおきたい一冊。
 すでに読んだよというかたも、まだ読んだことがない、知らなかったというかたも、みんな立ち読みオーケーです。
 『よくわかる勝共理論』は第1章から第2章までをご紹介する予定です。


はじめに

かつて日本では、多くの人々が
共産主義の脅威を身近に感じていました。

一九六〇年には、日米安保条約の改定に反対する
左翼勢力が国会周辺に集結し、
数十万人規模のデモが行われました(安保闘争)。

六九年には東京大学の安田講堂を学生らが占拠、
機動隊に火炎瓶を投げるなど激しい闘争を展開し、
七六七人が逮捕されました(東大紛争)。

事態を重く見た佐藤栄作内閣(当時)は、
同年の東京大学入試の中止を決定しました。

国際社会では、ソ連を中心とする共産主義陣営が
勢力を急速に拡大させていました。
アジアでは北朝鮮に続き、ベトナム、ラオス、
カンボジアが共産化されました。

「次は日本ではないか」と考える人も少なくありませんでした。


ところが一九九一年にソ連が崩壊して東西冷戦が終結すると、
この認識は大きく変わりました。

ソ連からは十五の国が独立し、周辺の国々も
次々と民主化を果たしました。
共産主義国家は地上から一掃されるかのようにも思えました。

日本国内でも、「日本の共産化」を信じる人は
ほぼいなくなりました。

日本共産若者離れが顕著となり、
党の最大の課題は「日本の共産化」から
「党員の高齢化」に変わりました。

今や機関紙の「しんぶん赤旗」ですら、
党員の高齢化で配達がままならない状況です。

 
こうした情勢の変化から、「共産主義の脅威」を訴えることは
時代遅れであると考えられるようになりました。

しかし、この認識は誤りです。
共産主義は依然として日本の最大の脅威といえます。

日本の周辺に厳然たる共産主義国家(中国、北朝鮮)が存在し、
地域の安定を著しく脅かしています。

国内でも、共産主義思想は形を変えて
活発な活動を行っています。
そして、家庭や社会の秩序を言葉巧みに破壊し続けています。

 
ではなぜ、こういう状況になってしまったのでしょうか。

ソ連が崩壊したにもかかわらず、
あるいは日本共産党が伸び悩んでいるにもかかわらず、
なぜ日本は共産主義の脅威にさらされているのでしょうか。

私はこの最大の原因は、民主主義陣営が
「共産主義の脅威」を
適切に理解できなかったからだと思っています。

共産主義思想の根底には怨(うら)みや憎しみがあります。
そして、共産主義はただの思想ではありません。

明確な社会観、世界観、歴史観、
そして実践的哲学を持つ壮大な理論体系です。

ただ批判するだけでは、克服できません。
明確な体系的理論が必要です。

それが「勝共理論」です。
勝共理論は共産主義に反対するだけでなく、
その誤りを指摘、批判し、その代案をも提示しています。

本書では、共産主義の骨子である、
共産主義唯物論、唯物弁証法、唯物史観、
資本論の間違いをできるかぎり分かりやすく解説してみました。

共産主義こそ根本的に間違った思想であることを
理解していただきたいと思います。

二〇一九年一月

著者

中村 学・著
(光言社刊『よくわかる勝共理論』より)

スマホで立ち読み Vol.2
『よくわかる勝共理論』(1)
https://www.kogensha.jp/news_app/detail.php?id=5119
(blessed lifeより)


罪を憎んで人を憎まず、ということわざがあります。
まさに文先生の歩まれた道は、
そのような道でありました。

昨日の記者会見でも取り上げていましたが、
文先生が、北朝鮮へ訪朝し、金日成と会談しました。
教会の利益、地位と名誉にしたのではありません。
共産思想(主体思想)に染まっている、北朝鮮、
金日成を解放したい、という一念で訪朝したのでした。

ちなみに、UPF主催のイベントに参加されている、
カンボジアのフンセン首相も、
「カンボジア人民党」といういわゆる共産党の議長です。

詳しいことはわかりませんが、
平和を実現するための統一運動に
共鳴しているということなのだと思います。

家庭連合は「反共、反日」ではありません。
「勝共、愛国」なのです。

さらに世界を平和に導くための
「救国救世」を叫んでいます。
つまり、世界の人々が
幸せになることが私たちの目的です。

勝共理論、どんな理論なのか、
分かりやすく解いていきたいと思います。
これから、不定期に紹介させていただきます。




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posted by ten1ko2 at 10:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 勝共理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年09月22日

人の罪を見たとき「赦してください、私の罪です」と祈れますか 《蝶野部長*精誠篇2》A




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蝶野知徳(ちょうの とものり)本部家庭教育部長の
「精誠篇(せいせいへん)

蝶野部長ご自身が、
毎日どこかに出向くたびに実行していること、
今回は、そんな証しも紹介されています。


「人の振り見て我が振り直せ」と、ことわざにありますが、
あんな人になっちゃいけないというのが、
日本人は多いですね。

違います、それは私なんです、皆さん。
あれは私です。
だから許してくださいと
(天に許しを請うのです)。

私もこういうことをやり始めてですね、
自分がいかに罪深いか、ものすごくわかります。

こうやって、私がこの地に来たのも、
この地に罪があるからですよね(笑)。

そうですよ。
しかし、皆さんより私が罪が重いので、
これ(講義)をやってるんだと思います。
そう思っているのです。

だから、新しい教会に来る前、今日もやりましたが、
必ず教会の入り口に入るときに、
私は「許してください」と言って入っています。

私の先祖はこの地で何をやったのか、
許してくださいと言って入ってますよ。


罪だけの話で、ちょっと重たくなるかもしれませんが、
そうでなくて、実を実らせて、
功績を立てるという両面があるのです。

この両面を同時にできる時代が来ましたが、
昔は穴埋めだけの時代があった、これを先天時代といいます。

今も蕩減(清算すべき私や先祖などの罪)はあるけれども、
自分が成長するたびごとに穴埋めも終わっていくという時代。
家を建てるのと、穴埋めが同時のような時代だといいます。


お父様のみ言で1990年代にも
「無蕩減時代が始まった」というみ言があります。

「無蕩減時代が始まった」
といっても、蕩減はどう見てもあります。
自分の心の中にもあるし、血統にもあるし、
家の中でいろいろ起こりますし。

無蕩減時代が始まった、では、
それより前が何だったかというと、
いくら原理的に頑張っても
穴埋めしかできなかった時代が終わったということです。

もし私たちが原理的に立つならば、
私たちを遮るものが退いていく時代が来たという意味なんです。

無蕩減時代というのは、蕩減がなくなったわけじゃないんです。
原理的に生きるならば、私たちの前に立ちはだかる者が
退いていかざるを得ない時代が来たということですよ。

先輩家庭ほど苦労してます、本当に。
どんなに原理的に頑張っても穴埋めしかできないのですから。

我々は、そういう諸先輩の苦労に感謝して、
今の時代をいかないといけないなと思います。

だから、原理的にやれば、私たちの蕩減も
自動的に同時的に整理されていくというように
理解できると思うんですね。


「感受」よりもいいんですね
これ(私の罪なので許してください)。

原理講論には、悪霊の再臨復活のところで、
甘受したら自分に悪事を働いた背後の悪霊が
善霊になっていくとあります。

感受というのは、甘んじて受ける。
つまり、「うーん、まあ、まあ蕩減でしょ」
っていうのが、甘受でしょう。

もっとレベルが高いのです。

人が暴力を振るったのを見て、
「赦してください」。
自分の罪としてもらうため。
これは、まるで個性完成者です。

しかし、これが復帰原理がわかってると、
案外簡単にできるということです。
原理がわからなければ、死んでも難しい。


みなさんこれ生涯でこれをやった人が、
歴史に何人いると思います?

人が自分に危害を加えるのに、自分が謝る。
東北で津波が起こったのに、自分が謝る。

「いや、そんなことでそんなに内的蕩減できるんですか」
というかもしれませんが、
これをやった人が歴史上いないと思うのです。

イエス様がそれをされましたよね、最後。
「この者を赦してください」
確実に相手が悪いのに、自分が謝罪しています。

これは、個性完成の基準です。


しかし、私たちはそれを素(す)の状態でできません。
だからお父様は、み言を与えてくださいました。

お父様は「実体み言」、
実体があってみ言が出てくるのですが、
私たちは実体がない、作られていないので、
み言を聞きながら実体をつくっていくんですね。
私たちは「み言実体」です。

ですからこの復帰原理を理解していくと、
蕩減できるようになるだけではなく、
自分の人格、愛が成長していくのです。


【神様は言葉ではなく、
実感を通し、罪を教えて下さる】

『ああもう、あの人あんなことやってる、
あっ、これは自分の中にあるから見てるんだ』
というふうにですね。

だから、皆さんが、心が痛ければ痛いほど、
それが神様のメッセージなのです。

心が痛くない人は、そのとき
それを蕩減する立場じゃないからです。

これ、今、ちょっと大事なことを言いました。
その時感じているものをやればいいのです。

通りすがり、なぜその街の曲がり角の路地で
それを見たのかということも、全部意味があるんですが、
それは調べなくていいと。

その時感じたものを、謝罪するということですね。

蝶野知徳・精誠篇2 

父母による子女の家庭教育 精誠篇より
「内的蕩減と生活信仰」
摂理される私、実体基台のために
2018年に蝶野部長が広島の家庭教育部長だった頃
全国の教区から要請があり出張して語られた講義より
(文責:ten1ko2)


蝶野部長が、教会に入る前に祈るということですが、
家に帰られるときにも
ドアの前で祈ってから入られるとのこと。

イエス様が十字架につかれるとき、
「彼らを赦してください」と祈られました。

口先だけでもすごいことなのに、
真心からそう思われたのでした。
まさに、恩讐(敵)を愛する、
真の愛の持ち主以外には、できることではありません。

今の過熱報道、宗教はく奪に向かうかのような勢い、
この件に関して、食口であれば、
誰しも、心痛い思いになりますね。。。

確かに自分の力でできる私たちではありません。
み言と祈りが必要ですね。
そして、実践する、それが精誠でしょう。

清廉潔白なイエス様が、
よくわからずにヒートアップして
十字架につけろといった人たちに対して、
「赦してください」と祈っていかれたように、
私たちにもできるでしょうか。

「赦してください、これは私の罪です」と。




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