2023年03月05日

(証し)昏睡状態の興進様が私に語った思い 「み意ならば私は逝きます」 



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在米の日本人教会員の方の
文興進(ムン フンジン)様に関する
感動的な証し(体験談)を紹介します。



私は死にたくない…しかし、
他に方法がなければ、私はその道を行きます


私は文興進様の事故の前に、親しい関係を持たせて頂き、
そして、興進様が昏睡状態にある間に
とても貴重な忘れられない体験をさせて頂きました。

文興進様について、いつも私が驚かされたのは、
私たち全員に非常にきめ細かく、
とても優しい心で接してくださったことです。


興進様が、若い兄弟たちと一緒に数日間
べリータウンの統一神学大学院に行かれた際、
私は一緒に行くように呼ばれました。

すべてを覚えてはいませんが、
忘れることのできない一つの出来事があります。

ある日、ラインクリフ橋の近くでキャンプをするために
みんなで馬に乗って行きました。

橋の近くに着くと、興進様は
「今夜ここでキャンプして魚を釣ろう」と言われました。

それで釣りをしたのですが、何も釣れませんでした。

興進様は、「何か釣ろう。
あきらめないで。」と私たちを励まされました。

ようやく、暗くなる直前に、私たちは
小さな魚を一匹釣ることができました。

それからすぐにテントを張って、
その小さな魚を焼き、みんなで一緒に食べました。
とても温かくて親密な気持ちでした。


そして、とても悲しい日がやってきました。
それは1983年月12月22日でした。

興進様は、2人の2世の友人と一緒にべリータウンに行かれました。

帰り道、興進様がラインベックのフォーブラザーズピザに
立ち寄られたところで電源(?)が切れました。
もし電源が切れていなかったら、
事故を避けることができたかもしれません。

私は、興進様が事故に巻き込まれ、少年二人と一緒に
聖フランシス病院に運ばれたという電話を受けました。
初め、聞いていたことが信じられませんでした。

私は子女様を乗せて病院に運転して行きました。
真の父母様は、韓国で勝共決起大会(8ヶ都市)の最中でした。

後に、興進様が非常に困難な状況下で、
一瞬の判断で犠牲的な決定を下すことによって、
2人の少年の命を救ったと聞きました。

滑りやすい坂道の路面で、18輪トラックが
制御を失い、道路全体を塞いでいました。
興進様はハンドルを右に切ることで、
自らが最も大きな外傷を受け、同乗の少年たちが
深刻な被害を受けるのを防ぎました。

その結果、二人の少年は生き残りましたが、
興進様は昏睡状態で長い戦いの末に亡くなられました。
亡くなられたのは、1984年1月2日でした。


事故の後、興進様が昏睡状態にあるときに体験したことは、
永遠に私の人生観を変えました。

それは、驚くべき霊的体験でした。
霊界が存在することを知的には理解していましたが、
その経験を通して、私は霊界が
本当に存在することを知るようになりました。

その夕方、私はベルベディアのアゴラハウスで
統一武道を一人で練習していました。

一人でいたのですが、突然、誰かが私の名前を呼ぶのが聞こえました。
最初は聞き間違えたと思い、何の注意も払わないでいると、
また私を呼ぶ声が聞こえました。
周りを見回しましたが、誰もいませんでした。

何が起こっているのか不思議に思い、少し怖くなりました。
すると、また私の名前を呼ぶ声が聞こえ、
そこで、初めて、興進様の声だと気づきました。

涙が湧いてきて、私がマットの上にひざまずくと、
その声がまた、私に呼びかけました。

「死にたくないです。
.....なぜなら、私は、まだ祝福も受けていないのです。
真の父母様に抱きしめてもらいたかったのに......」
と言われました。

長い間静かなときがあった後、
「しかし、他に方法がなければ、
私はこのまま逝きます。

頑張ってください.......」

私は、何が起こっているのか
よくわからなかったのですが、
その言葉が心にささやいていたことは、
とても鮮明に覚えています。

どれくらいそこに座っていたのかわかりません。
私はただ泣いて泣き崩れていました。


私はしばらくの間、この体験を誰とも共有しませんでした。
しばらくはその経験が私にとって何を
意味するのかわかりませんでしたが、
後になって、興進様が私と共有されようと
したことがはっきりとしてきました。

私には真の父母様との大切な体験もあるのですが、
この文興進様との親密な体験は、
その後の私にとても深い影響を与えることになりました。

非公開サイトで紹介された証しを
抜粋し、再編集しました。
原文をもとに
分かりやすい表現に編集しています。
ご了承ください。 文責:ten1ko2


貴重な証し、ありがとうございます。
生死をさまよっておられるときですから、
生霊(いきりょう)の興進様が
来られたのでしょう。

誰でもが体験できるわけではありませんが、
本物の興進様であったのは、
間違いないことでしょう。

興進様は、その当時、
真の父母様を支える一番の孝子(孝行息子)でした。
「私がお父様を守る」と
いつも言っておられたといいます。

おそらく、興進様も事故で
突然、瀕死の状態となって、
「死にたくない」というのは、
ただ単に自分が死ぬのが嫌だから
という以上の心情だったことでしょう。

御父母様に対するあふれるような思い、
その本音の思いを打ち明けたのだと思います。

それに対し、真の父母様は、愛のお方なので、
興進様を先駆けて霊界に送ると祝祷され、
霊界の救いの門を開いてくださいました。

興進様と父母様の愛が、死を超えたことにより
愛勝日の宣布が成されました。
心から感謝いたします。




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posted by ten1ko2 at 08:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | ご子女様・真のご家庭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする