2023年03月07日

米・有名政治家も感嘆、「Rev.ムーンは神に気が狂った方」 《人間・文鮮明師 朴普熙先生》



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レバレンド・ムーンは
神様に気が狂ったかたですね。
どこを突っついても
神様のみ言だけが出てきます。


米国の高位の政治家の言葉(文中より)


朴普熙(パク ポーヒ)先生の
「真のお父様の身近に侍って
 人間・文鮮明先生」より
『神様の愛に気が狂われたかた』です。


神様の愛に気が狂われたかた

「神のために徹底的に気が狂われたかた」
というと、表現が、
どこか品がなくもない感じですが、
いくら考えてみても、これ以上に、
より正確な言葉で表現する術がないので、
私はあえてこの言葉を使います。

聖書を見れば、イエス・キリストの
一番大きな戒めの中で、
「あなたがたは、あなたがたの主、
神様を愛しなさい」という戒めがあります。

心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くす
という言菓は英語で
"All your mind, all your heart`,all your soul"
心と心情と霊魂を尽くしてあなたがたの主、
神様を愛しなさい、です。


それならば、この言葉を男女が
お互いに愛する場合に当てはめてみましょう。

一人の男性が、一人の女性を
心と精神と思いを尽くして愛したならば、
また、英語での表現のように
心と心情と霊魂を尽くして愛したならば、
彼はそれ以外に他のことをすることのできる
余力があるでしょうか!

また、近ごろよくある話で、一人の女性が
一人の男性をそのように愛した時に、
私たちがよく使う表現は、その女性は、
その男性のために気が狂ったということです。


そのような意味で、お父様は神様を本当にご存じで、
神様の心情を痛切に感じておられるかたであられるために、
歴史上誰もついていくことのできない基準で、
神様のために気の狂われたかたであると表現したいのです。

お父様は、神様と共に働かれ、血と汗を流され、
神様と共に全生涯を生きてこられたかたなのです。

お父様は、神様を真実に知ってみれば、
天のお父様は悲しみの父であり、
苦痛の奴隷となった神様であることを知ったがゆえに、
その神様の悲しみを全歴史を代表して
泣いてくださるかたとなられたのです。

そのようなお父様は、神様の解怨
という言葉を好んで使われます。

恐らく、この歴史上で、誰も神様のために
お父様以上に涙を流した人はいないことでしょう。


私たちは多くの逸話を聞いています。

統一教会の草創期において、お父様は、
その多くの時間を祈祷で始め、祈祷で終わる
祈祷生活で一日を過ごされまじた。

一度ひざまずいて祈られれば、10時間、
14時間、時には17時間も、
ただその神様の痛みに痛哭なさったのです。

歴史上、真実に神様の代身者となって、
神様の涙に涙されるかたが他にいるでしょうか。

お父様は、あまりにも身をかがめて祈祷されたために、
膝と肘の肉が固くなってしまったというのです。

祈梼が始まれば、一日でも、二日間でも
食べることも飲むことも、
眠ることも忘れてしまわれるのです。

これは、お父様のおそばに侍る者たちに
見せてくださった先生の生括原則なのです。


米国での話ですが、通訳官を通して
説教されると長くかかります。

ところが、ある時、朝の六時に説教のみ言が始まり、
午後五時に終わったのですから、
延々11時間の間、説教をされたのです。

そして、説教を終えた後で、
「もうお昼どきぐらいになったかな」
とおっしやったのです。


お父様は、人々にどこでも
「神様のために気が狂って生きてみなさい」
と教えられ、勧告なさいます。

この世の中は結局、何らかのものに
気が狂って生きていくようになっているのだから、
お金、異性、名誉、学問より、
神様のために気が狂ってみなさい、とおっしゃるのです。

また、以前にお父様は、一年間の標語を
「神様のことのために狂おう」
と語られたことがあります。

神様のために気が狂うその人生は、
貴い人生であり、誇りある人生です。

そのように注ぎ込んだ血と汗の価値は、
永遠に消えることのないものです。

それを誰よりも自ら実践されて、
それを誰よりも先に実行なさるかたが、お父様なのです。


ある時、米国の高位の政治家が、
先生のみ言を聞きにやってきました。

もちろん準備もなく対話から始まったその場所で、
感動を受けたこの米国の政治家が、
最後に結論として言った言葉は、

「レバレンド・ムーンは
神様に気が狂ったかたですね。
どこを突っついても神様のみ言だけが出てきます」
と評したのです。

その言葉は誠に面白い言葉です。
お父様の体は、神様のみ言で
いっぱいにあふれているとみなければならないでしょう。

歴史的に、神様のために徹頭徹尾、
気の狂われたかたを
私はこの目で見てきたのです。

真のお父様の身近に侍って 人間・文鮮明先生
朴普熙
(ファミリー1994年 5月号)

わかりやすく読んでいただくため、
段落や節の区切りを再編集しています。
文責:ten1ko2


神様を愛する、という表現を
男女の関係に置き換えられました。
本当にわかりやすいな、と思います。

神様を知っておられるがゆえに
そのご心情をだれよりもご存じであるがゆえに、
誰が何と言おうと、徹底的に愛される
お父様なのです。

そして、お母様ご自身も
神様のご心情を肌身で感じられておられるがゆえに、
神様解放のために、
生涯をすべて捧げていかれる
真のお母様なのだ、と思うのです。




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posted by ten1ko2 at 06:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 父母様の路程 生活の証し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする