子女様が見られるお母様の姿を知りたいと思い、
過去の記事を検索してみました。
2015年10月家庭連合出帆記念大会のあと、特別集会で語られた
文妍娥(ヨナ)様のメッセージを紹介したいと思います。
題目は「学んでも学んでも到達できない
真のお母様の深い愛と心情の世界」です。
最初はお父様のみ言の訓読からです。
☆
皆さんが、「神様のみ旨」という時、
それは歴史の目的、創造目的が完成することです。
「神様のみ旨は創造目的の完成である」
このようになるのです。
創造目的の完成とは何でしょうか。
それは、み旨の完成です。
み旨の完成とは何でしょうか。
四位基台の完成です。
四位基台の完成とは何かと言えば、
真の家庭を完成することです。
真の家庭とは何でしょうか。
真の父母がいなければならず、
真の男性と真の女性がいなければならず、
真の夫婦がいなければならず、
真の子女がいなければなりません。
一番の中心は何かといえば、
個人の目的も真の父母であり、
男性と女性の目的も真の父母であり、
赤ん坊の目的も、兄弟の目的も真の父母です。
真の父母になって、息子、娘を持つ。
家庭を持つ。
このようになるのです。
(1997年アメリカ)
☆
家庭連合時代という
新しい時代を出発するに当たって、
私にはこの真のお父様のみ言が、
深く心に刺さりました。
では、私たちはどのようにすれば、
遠くにいらっしゃる真の父母様と、
一緒に暮らしているかの如く
生活できるのでしょうか。
それを知るためには、目に見えない天の父母様と
一体となり、侍っていらっしゃる
真の父母様のことを知らなければなりません。
それがどのような生活なのか、
皆様も気になっていらっしゃると思います。
もし、それを知ることができれば、
たとえ物理的な距離があるとしても、
真の父母様と共に暮らす
私たちになれるのではないかと思います。
私が真の父母様に身近に侍らせていただくようになったのは、
孝進様と祝福を受けた1999年以降です。
決して長い期間ではありません。
そういう中で私は、
「真の父母様のすべての中心は
常に天の父母様である」
という結論を得ることができました。
それは必ずしも
「天の父母様のみ旨を成してさしあげます」
という壮大な話をされることとは限りません。
朝、目が覚めれば最初に
「天の父母様、おはようございます。
新しい一日が始まりました」
とご報告なさることであり、
食事の時間になれば、
「腹が減ったから何々を食べよう」
というのではなく、
「天の父母様、何を召し上がりたいですか?
どのようなものを一緒に味わいたいと思いますか?」
とお尋ねになることです。
また真のお父様も、
摂理的な内容を勝利なさったときはいつも、
「これら全てのことは、天の父母様が導き、
保護してくださったので、できたのだ」
と言われました。
ご自身が一生懸命やったというのではなく、
天の父母様に常に感謝し、
天の父母様のことを思われるのです。
私はそのようなおふたりのお姿を
たくさん目撃してきました。
☆
わかりやすく読んでいただくため、
行区切りや段落等の区切りを再編集し
括弧書きで注釈を加えることがあります
文責:ten1ko2
行区切りや段落等の区切りを再編集し
括弧書きで注釈を加えることがあります
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妍娥様が目撃された真の父母様は、
ある意味いたってシンプルだったのではないかと思います。
四六時中、天の父母様(神様)を思い続け、
神様に尋ねながら生活していかれるわけです。
でも、逆にそれが難しいことなのだと思います。
全てを神様に結びつけていかれる真の父母様。
もちろん、いいことばかりでなく、悪いこともあります。
多くの迫害、試練もありました。
そのことを全て神様につなげていかれるので、
「感謝」ということになるのでしょう。
さらには、ご自身の栄光も神様にお返しするのですから、
まさに「孝情」の思いで、生活してこられた
真の父母様だと思います。
※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)
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