李耀翰(リ ヨハネ/イ ヨハン)先生のみ言、
「真理を求めよ」の
今回は、最終回になります。
小題は、『自分を「真」化しましょう』です。
☆
起きるのもだれよりも先に起きよう。
集会にもだれよりも先に参加しよう。
これが勝利の生活です。
体の弱い人は、負けて暮らした証拠です。
体の強い人は、勝利して暮らすからです。
簡単です。
心の基準、関係の基準を下げずに
勝って暮らしましょう。
毎日競争するのです。
毎日、私たちは競争心をもって暮らしているのです。
それは、負けたくないからです。
その精神で暮らさなければなりません。
☆
けさ、あまりにも貴重な話をしました。
だれよりも先頭に立って暮らしながら、
後ろの人のために泣きながら、
自分がまず「真」化しましょう。
やはり勝利すれば、負けた人のために
心を尽くさなくてはなりません。
朝早く起きると、自分が起きたのちに
みなぱーっと起きてくるのを願うのに、
だれも起きない。
その起きないのを見て批判したり、
讒訴したりすべきでしょうか、
泣くべきでしょうか。
自分が先頭に立って勝ったなら、
ちょっと傲慢になる面もあります。
「こいつ。お前たちは毎日負けている」、
こう言って傲慢になりやすいのですが、
負けた人の重荷、何か精神的に引っ掛かったものを、
自分の心で、憐れみでもって
痛みを感じてあげるのは、勝った人の悲しみです。
メシヤの悲しみ。
夫婦の悲しみ。
悲しみをもたないと勝利することはできません。
それだけは頭に入れておいてください。
これは、一生の秘訣です。
聖書をもう一度読みながら、
神様の悲しみをもう一度感じてください。
☆
お母様は食口たちの姿勢に対して、
電話で私に「激励することはできないのか」
と話されました。
それが私の課題です。
お父様が私を日本に派遣された理由は何でしょうか。
「原理」を教えに来たのではないのです。
皆さんが、分かっていながら何か発動できないので、
心情を発動させるために来たのです。
どこか故障した人であり、故障した家庭、教会です。
それをはっきり指摘して、直してあげれば
自動的に発動できるはずなのに、
それがなぜできないのか、
というのがお母様の質問でした。
その問いかけから逃げることはできません。
私が来ていても、皆さんが直らなかったならば、
結果的に私は邪魔者になります。
修理センターに自動車を任せて直せなかったならば、
その修理センターには再び行きません。
その例えと同様に、皆さんの中で
直る人が出てこないと、私が来た意味がなく、
何もプラスになっていない立場になるわけです。
何か皆さんのためにならなくてはいけない。
それが私の心配です。
皆さんが正しい姿勢で、正しい生活をすることが
できるようにしなくてはならないのです。
☆
夫人たちが、多くの難問題をもって
私のところに相談に来ました。
その相談の中で、ある夫人は、家庭環境、
主人との関係、自分の事情がいくつも重なって、
重荷になって葛藤していました。
それに対して、私は「それが歴史です。
あなたの家庭が歴史を縮小した事情であり、
それが神様の事情なのです」と話しました。
ですから、神様が今問題視しているものが、
そっくりそのまま現れているのです。
神様なくして自分の心配だけがあるから、
重荷になって、自分が死にそうになったのです。
ですから、「その悲しみや心配を見て、
神様につなげれば自分が生きる」と話しました。
自分の事情が神様の事情であると頭で分かれば、
神様も同じ事情を抱えて悲しんでおられる方だ
ということが理解できます。
そうすれば、通じます。
ですから、涙が出ます。
すっきりします。
自分の事情にいつまでも
沈んでいるのではなく、超越します。
これが歴史的問題であり、
これが世界的問題であると悟った時に感激します。
神様を慰めなくてはならない自分です。
そうしなければ、自分自身が超越できません。
自分自身が復活できないのです。
悲しみを神様につなげることによって、
その夫人は重荷から解放されました。
☆
けさの祈祷も同じことです。
歴史的苦痛や神様の悲しみの同伴者になるのです。
同伴者という考えは、子供が親を捨てて、
故郷から離れて苦労する時に、
お父さんの苦労と子供の苦労は同じだ
ということと同じです。
子供は親の愛を失って寂しい。
一方、親も子供の愛を失いました。
親は子供が家を出たあと、
一時も子供のことを忘れることはできません。
苦痛の同伴者なのです。
ですから、私たちは歴史をさかのぼって、
神様と真の父母の悲しみはこれだと、
自らお父様の悲しみを慰めていきましょう。
そこで神様と連結し、天運が動くのです。
24・真理を求めよ
「自分を「真」化しましょう」
信仰生活シリーズ 5
心霊を育てる生活原則「心情開拓」李耀翰
(「信仰と生活 第一集 原理の生活化」増補、改編)
「自分を「真」化しましょう」
信仰生活シリーズ 5
心霊を育てる生活原則「心情開拓」李耀翰
(「信仰と生活 第一集 原理の生活化」増補、改編)
☆
再編集 文責:ten1ko2
「自分の事情が神様の事情である」
私たちは、自分の事情は誰にもわからない、
と思い、心ふさぐ時があるのではないでしょうか。
しかし、その事情は神様の事情なのです。
そのことをはっきり実感すれば、
「神様につなげれば自分が生きる」と
ヨハネ先生は、語られています。
神様に自分を結び付けて、
天運によって歩む、私となっていきたいです。
※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)
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