日本家庭連合が置かれている立場は、
とても厳しいものがあります。
今こそ、夫婦、家庭が一つになっていき、
これを世間に証していくときだと思います。
本部家庭教育局蝶野部長の夫婦講座
目から鱗(うろこ)のような内容も多くあり、
とても恩恵のあるみ言です。
信仰講座としてもとても奥の深いものですので、
改めて紹介させていただきます。
☆
家庭は親子ですと、子どもの事には本能的に愛するものもありますし、
親の責任ということで、ぐっと越えていける世界があるかもしれませんが、
夫婦というのは横ですから、フィフティ・フィフティですから、
ついつい相手に責任を問いたくなってしまいます。
特に二人とも原理を聞いている場合にはどうでしょうか。
既成祝福を目指すご婦人の場合は、
自分がみ言を聞いていて、だんなさんが聞いていないとすれば、
み言を聞いた立場で愛していく戦い(取り組み)ができますけど、
下手にマッチング家庭の場合は、
相手も聞いているわけですから、相手に要求したくなります。
「あんたも聞いている」
「お前も聞いているじゃないか」とこういう風になってしまう。
ですから、今日(きょう)のあり方は
(夫婦で一緒に受講しているので)やばいと言えば、やばい。
愛する話を聞いたはずなのに、
「お前、今日の聞いただろ」というように
お互いに要求し合うと、呪い合うというか(笑)。。。
だから原理を聞いているというのは恐ろしいことなんですね。
伝道対象者であれば、愛する戦い、犠牲の戦い(取り組み)が可能ですが、
夫婦の場合は相手に、これはなかなかの葛藤がありますね。
でも、(実は)いたってシンプルです。
相手がみ言を聞いていないと思うのが
一番安全な信仰生活になるのです。
共有するためにここに来ていらっしゃるんですが、
家に帰ったら、(今日の講座は)聞いていないと思っていかなければなりません。
「あんたも聞いたよね」というのをお互いに思っていると、
これは、原理を聞かなかった方がよかったということになってしまいます。
一般の夫婦にも(祝福家庭にも)りっぱな夫婦はいます。
ただし、原理を聞いていると、原理で裁ける(指摘できる)んですね。
堕落性で簡単に裁くことができます。
ですから皆さん、原理を聞いているということは、
(どうしたらいいのでしょうか。)
原理で一つになれとは聞いていないんですね、
「愛で一つになれ」
*(原理で目的がお互いに一致していても、
それを相手に適用し合うことで一つになれるのでなく、
真の愛で一つになる)というのです。
原理というのは自分に適応した時のみ、愛になります。
人に適応したら呪いになってしまうというのです。
天使長が人間を讒訴(ざんそ)する時に、原理で讒訴してきます。
「原理と違う。血統は清いくせに生活がそうなっていない」
と言って、神様を讒訴するんですよ。
何で讒訴する?
原理で讒訴するのです。
ですから、私たちがそれをやっちゃうと、
天使長(の位置、立場)になります。
2世は無原罪ですが、1世は人生の途中から無原罪でしょう。
この立場から、結局、成長していかなければなりません。
無原罪ということは、原理の軌道に一応乗っているのです。
(み言では)長成期完成級でメシヤを迎えて、
父母と共にいくと聞いてはいるんですよ。
しかし聞いてきた原理を、配偶者に適応した瞬間、
天使長になる。万物になるのです。
(文責:ten1ko2)
* ()内は蝶野講師の注釈です
* ()内は蝶野講師の注釈です
☆
蝶野部長が語られているように、
「原理で一つになれ」
というみ言は確かにないですね。
代わりに「愛で一つになれ」
というみ言はたくさんあります。
しかし、人を愛で見るのではなく、
原理で見てしまう。
特に身近な人ほどそうなのかも知れないです。
特に横に対しては、要求が強いというか、
『配偶者はこうでなければならない』
そう決めつけてしまう傾向があるというのです。
「原理は自分にのみ適用する、人には適用しない。
自分に適用したときのみ、愛になる」
原理は鋭利な刃物みたいなものですよね。
人に適用したら、スパッと切れてしまいますから・・・
本当に気をつけなければ、と思います。
※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)
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