善霊(ミツバチ)を呼ぶ人、悪霊(銀バエ)を呼び寄せる人、その違いは?!
篠崎先生のみ言。
今回は、『霊界から協助を受ける』です。
☆
真のお父様(文鮮明師)は
最高の伝道師であり、伝道勝利者です。
ですから、私たちが伝道師として勝利する近道は、
お父様のみ言から伝道の姿勢を学んで相続し、
実践することだと言えます。
お父様のみ言を中心に伝道の秘訣(ひけつ)を学んでみましょう。
☆
伝道は対象者個人だけが対象ではありません。
その背後にいらっしゃる神様をはじめ、
サタン、天使界、善霊、悪霊、先祖、万物といった
すべてが伝道の対象圏です。
「神様に惚(ほ)れられる者になる」、
「サタンを自然屈伏させる」、
「先祖の過ちを蕩減する」、
「霊界の協助を受ける」、
「万物から讒訴(ざんそ)されない」、
「カインから長子権を復帰する」など、
伝道に関してさまざまな内容が語られてきましたが、
それらはみな、対象圏を感動させ、
自然屈伏させることなのです。
真のお父様は、私たちが先祖の過ちを蕩減して
「個人的な蕩減の基台」を立てた上で、
対象圏に対する蕩減条件を立てるのが原理原則である、
と指導してくださいました。
ですから、まず、私たちは霊界から協助を受けられる
立場に立たなければなりません。
伝道勝利の基本は霊肉界合同作戦なのです。
☆
真のお父様は次のように語られています。
「伝道には何が一番重要かというと、
霊的力が問題です。
すなわち霊界がいかに協助するか、
ということが重要になってきます。
それが伝道実績に直接関係するのです」
(『伝道ハンドブック・み言編
み言に学ぶ伝道の姿勢』15ページ)
み言に学ぶ伝道の姿勢』15ページ)
「伝道の効果を上げるためには、
人々は個人的な蕩減の基台をもたなければ
ならないという、霊的な法則があります。
二人の人が同じ困難な状況に直面しても、
一人は多くのことを達成できず、
もう一人は容易に結果をもたらすことができます。
その差は主に、成功した人の祖先は
彼を協助する資格があるということから生じます」
(『ファミリー』1984年6月号、6〜7ページ)
☆
私たちが霊界の協助を受けるに値する
精誠を捧げなければ、
どんなに強く願っても、
伝道の効果を上げることはできません。
例えば、ミツバチと
銀バエが飛んできたとします。
ミツバチはどこに留まるでしょうか?
花です。
銀バエは?
汚物に留まるでしょう。
花は良い香りを漂わせて
ミツバチを引き寄せ、
汚物は悪臭を放って
銀バエを引き寄せるのです。
それと同じように、私に
善霊が協助するか悪霊が働くかは、
自らが花のように美しい存在になっているか、
汚物のような醜い存在になっているか、
善悪どちらと相対基準を
持っているかによって決まるのです。
神様と善霊から協助を受けられる自分なのか、
胸に手を当てて考えてみてください。
本心はよく知っています。
サタンや悪霊から讒訴を受けているようでは、
伝道は実りません。
神様と善霊が働く私になるには、
心の姿勢と日々の信仰生活が重要なのです。
篠崎 幸郎・著(光言社・刊
『氏族伝道講座 喜びと幸せの生活伝道
み言の原点に立ち返る』より)
第五章 み言に学ぶ伝道の秘訣
一、蕩減の基台を立てる
霊界から協助を受ける
『氏族伝道講座 喜びと幸せの生活伝道
み言の原点に立ち返る』より)
第五章 み言に学ぶ伝道の秘訣
一、蕩減の基台を立てる
霊界から協助を受ける
☆
再編集 文責:ten1ko2
『長子権復帰』という言葉があります。
アブラハム家庭において、弟ヤコブが
兄エサウを愛で屈服させたことで、
兄と弟がひとつになった・・・
真の愛の投入により、善霊界が協助したのです。
また真のお父様は、興南監獄において、
12名の弟子を導きましたが、
この時は、み言を語ることなく、
真の愛の姿をもって導いたということです。
イエス様も愛の方でありながら、
奇跡によって伝道をしていかれたのですが、
お父様は真の愛によって導いたのです。
「私はあなたに従います」
という基準に至るためには、
それ相応の愛の投入が必要である、ということです。
父母の心情、僕の体
口で言うのは簡単ですが、
私の姿で見せることができる
実体で示せる者になっていきたいと思うのです。
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あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
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