2024年03月27日

独生女がもし偽物だったら・・・ 自分のために宣言したのではない 《文信出様*特別スピーチ 中編》



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信出様のメッセージ。
前回の続きです。



メシヤだから可能だった?
実は当たり前ではなかった

自らのために「独り娘」を宣布されたとは思えない

いまだに、世界も、家庭連合の中でも、
「真の父母様は本当に人間を超える、
すごい存在だ」と見ていますね。

でも、いま一度、真の父母様の生涯路程を
振り返ってみると、真のお父様も最初、
この使命を託されたときは、「できません」と否定し、
真のお母様も自分で相当の決心をしてから
祝福を受け、真の母になったと言いました。

そう考えたら、私たちがいまだに真の父母様の人生を見て、
当たり前のように思ってしまうこと、
メシアだから可能だと思っていたことは、
実は当たり前ではないのかな、と思ったのです。

実はその全ての中で、相当の悩みと苦しみ、
悲しみ、絶望、失敗があり、
立ち直る勇気が必要だったのだと思いました。


自分は孫でしかないのに、自分が背負っている責任、
背負ってもいない、これから背負なければならない責任を
想像するだけでもつぶれてなくなりそうなのに、
いったいどういう気持ちで真の父母様は
この道を歩んできたのかと思うと・・・

交代ができたと言ったら、うそです。
誰が交代できますか。


2012年に、真のお父様は聖和されましたね。
そこからは一人ですよね。真のお母様は。

今まではおふたりで背負ってきたその責任を
お一人で背負わければならない、
そういう状況になりました。

その状況でお母様は何をしました?
「独り娘」を宣布しました。

それに対して、「自分のためにやってるんだ」
とか言う方たちもいますが、
お母様はそれを通して何を得たか、
一瞬でも考えてみてください。

歴史に、「独り娘」という説明、
たった一つが足されるだけです。

もうすでに、人類の母親として
尊敬されている立場にいたのに、
わざわざ「独り娘」を宣布し、
わざわざ自分の息子たちを敵に回し、
わざわざ先輩家庭たちと食口たちの信頼を失い、
その路程を歩んだのです。

自分が一番厳しい時期に。
自分がいちばん諦めたい時期に。
自分がいちばん立ち直ることが難しかった時期に。

自分のためにやったと思えないですね。
一瞬でも父母様の心情に共感しようとしたなら、
誰でも思うことです。


私は、もし真のお母様が偽物だったら、
何をしたかなと想像しました。

お母様が偽物だったら、お父様が聖和されたその瞬間に、
全ての責任の息子に預け、逃げました。
私なら、そうしました。

何でわざわざ、この醜い世の中のために
その路程を続けるか、考えてください。
自分のために?
自分のためにそうします?


メシアという立場は、いつも、いつも
期待がこもっている目で見られます。
全てを見られます。
ミスをしては、だめです。

真のお母様、真のお父様はもう完璧なメシアすぎて、
私たちは、その真の父母様が人間だということが、
感情を持っているということが分からなかったのです。

諦めたい瞬間もあることを知らなかったのです。
私たちを超える、痛みを感じない(存在)、
そう考えました。

しかし、真の父母様もおっしゃったとおり、
真の父母様は、私たちに行くべき道を
教えるために来ました。

その道を教えるためには、(私たちと)
同じ立場でなくてはならないのです。
同じく苦しまなければならないのです!
同じく悲しまなくてはならない!

そうでなければ、どうやって
私たちがその道をついていくんですか!
考えてくださいよ。

当たり前なことではないのです!
メシアになったから
その道を歩めるわけではないのです。
相当の努力が必要です!

でも、なぜ皆さんはそんなに簡単に
諦めることができるのですか?
いったい真のお母様は今まで何度、
諦めたかったでしょうか。

1月21日 神奈川・川崎
「世界家庭」3月号より
再編集 文責:ten1ko2


信出様は、お母様の抱えている心情を
とことん追求されたのだと思います。
周りがどう言おうと。。。

いやむしろ、子女様や古い食口が
批判すればするほど、
お母様の心情を求めていかれたのでしょう。

編集された文章には表されていませんが、
実際のスピーチでは、相当激しく、語られています。
そういうところは孝進様の生き写しだと感じるほどです。

個人的に思うことですが、
お父様は、もっともっと、くどいくらいに
お母様を証しするべきだったのではないか。。。
そう思ってしまいます。

もちろん、お父様はお母様を信頼しておられ、
すべてを託しておられました。
そのようなみ言もたくさん残っています。

お母様が相応しい評価を受けるようになるには、
私たち自身も、もっと見せられるだけのものを持って
いなければなりませんが、何もないので、
ただただ、お母様と一つとなり、
証していきたいと思います。

あと一回続きます。




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posted by ten1ko2 at 09:36 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする