2024年03月30日

ある日、愛車と会話をしていると・・・神の愛を感じました 《自己牧会プログラム》



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自己牧会プログラム。今回は、
「愛車から『ありがとう』の声」です。

(男性 60代)

「自己牧会プログラム」の「人と万物に感謝する」ワークに、
次のような解説があります。

「木々や花や土や建物や、青空や太陽に対して
『ありがとう』と感謝していくうちに、
 それらを与えてくださった神様に対して、
 心の底から『ありがとうございます』
 という心が湧いてくるのです。

 万物は一つ一つが神様の愛の結晶です。
 一つ一つから、神様の愛を感じ取っていくのです。

『きれいだね』『素晴らしいね』『ありがとう』と、
 万物に感謝すれば、美(答え)が返ってくるのです。
 それをイメージしてみましょう」
(207ページ、要約)

このワークを実践する中で、万物と対話する
という体験をするようになりました。

その中の一つを紹介します。


自家用車はわが家の大切な一員で、
「流星号」と名付けてかわいがっています。
ただ時々、洗車を億劫に思うこともあります。

ある時、よく頑張ってくれている愛車が
(いと)おしくなり、感謝の気持ちを込めて、
「流星君、洗車に行こうか」と声を掛けてみました。

すると「パパ、ありがとう」という声を感じたのです。
それで“2人”でガソリンスタンドに出掛けました。

洗車しながら、「気持ちいいかい?」と聞いてみると、
「うん、パパ、気持ちいい」と返ってきたので、
こちらもうれしくなりました。

こういう楽しい会話をしながら
車内の掃除まで終えると、既に日が暮れていました。

ふと空を見上げると、美しい月が出ていました。
真のお父様が「頑張っているね」と
にっこりされている感覚がして、心がとてもワクワクしました。

車も月も万物ですが、そこには明らかに神様の愛が宿っており、
こちらが心を開けば、その愛を
キャッチすることができるのだと思いました。

私の心の中にいる神様 15
(Blessed Lifeより)
再編集 文責:ten1ko2


原理講論には、
「人間を中心とする被造世界が存在する目的は、
神を喜ばせることであった」とあります。

車も人間が造ったものではありますが、
愛する心情をもって接していけば、
主人に美を返す存在になるんですね。

お父様は牢獄に入っている時、
「南京虫やノミを見る瞬間、ふと悟る啓示がありますが、
それを逃してはなりません」
と、自叙伝に書かれているように、
万物を通して、神様の愛を感じていかれました。

自分の車を『愛車』呼びますが、
さらに愛をもって接していきたいと思いました。




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posted by ten1ko2 at 11:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 自己牧会プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする