平壌刑務所にて、まさに興南が近づいていましたが、
ご自分を案じる祈りはされなかった
お父様(文先生)でした──
金元弼(ウォンピル)先生のみ言。
「食口(シック)のために祈られる」です。
☆
平壌に残った人たちはどうなったでしょうか。
多くの食口(信徒)がいましたが、
若い青年は五、六人しかいませんでした。
あとは全部婦人や壮年の方々でした。
(文)先生が四六年に平壌に来られて、足かけ三年になります。
実際は一年ハカ月ですが、足かけ三年です。
(1946.6.6〜1948.2.22
平壌刑務所に送られたのが1948.4.7)
最初に霊能者たちが入ってきて、
「三年後には、先生はこの世の中に顕現する」と
何人もが同じことを予言しました。
私も、三年後に先生は現れるんだと
本当に信じていました。
それは、天国が実現されることだと思っていましたから、
メンバーは、その時になったら勉強も職業も
何も必要ないと考えたのです。
皆さんもそう考えたことがあるでしょう。
その時の食口たちは、全員そうした雰囲気でしたので、
いくら迫害があっても何も問題ではありませんでした。
しかし、先生は我々に
そういう話をされたことはありませんでした。
そういう啓示をなぜ受けるか
ということをよく御存じだったからです。
「三年後に顕現する」ということについて、
先生のお考えと啓示を受けた人との考えには
大きな隔たりがあったのです。
啓示を受けた人は、
自分を中心として神の啓示を考えました。
それは「お前がメシヤだ、主である」と啓示を受けたとき、
その人は自分がメシヤと考えるのと同じことです。
☆
再臨の主を迎える準備の集団(腹中教)について
お話ししましたが、
幹部が集まろうとしたのではないけれども、
投獄というかたちで集められた時に、
「お前たちを迎えるだろう」という啓示に対して、
彼らはメシヤが来て彼らを迎えると考えたのでした。
本当にそう信じていたのです。
ところが現実は、メシヤが来て彼らを迎えたのではなく、
共産党の官憲が来て迎えたのでした。
☆
三年の後には、反対のことが起こり、
先生は牢屋に入られたのでした。
それで霊能者たちは、「三年後には現れると言ったのに、
どうして牢屋に入るようになったんだろう。
私の啓示はなぜ間違ったのだろうか」
と天の教えを疑い始めたのでした。
この疑いが発展していきますと、二〇〇〇年前のイエス様は、
イエス様を捕まえようとした人の目をくらまして、
危機から逃れることができたのに、
先生は官憲が来たときに、あらかじめ知って、
その目をくらまして逃れることをせず、
なぜ連行されてしまったのだろうか
という思いが募ってきました。
そして、「私が受けた啓示が間違っているのだろうか。
人々がお前の啓示はサタンから来たのだと言ったごとく、
私が間違っていたのだろうか。
本当に神が教えてくれたものであろうか」
とこのように発展していくのです。
☆
霊能者には、神のみ言、啓示を受けたら
必ずこれを実体化し体得するということが
非常に大切なことです。
神霊は真理の基盤の上に立たなければなりません。
ところが、真理の基盤をもたないで、ただ神霊だけという人は、
ちょうどめくらの人が鈴の音を聞いて歩いて行くようなものです。
鈴の音が止まったら、
その時には方向が分からなくなるというのです。
啓示というのは、いつもいつも教えてくれるものではありません。
メシヤに対する重要な啓示は、疑いをもった時に、
「いやメシヤだ」と教えるようなものではありません。
一度教えてから、み言に従わないときには、
反対の言葉を通じて教えるのであって、
再びそれを繰り返して教えるものではありません。
☆
ノアに神が教えたときにも、ノアに難しいことが起こったら
また教えてあげるといったものではありませんでした。
一度しかありませんでした。
モーセにしても同じです。
イスラエル民族をエジプトからカナンの地に導きなさい
と教えているけれども、途中でこんなことが起こるだろう、
そしたらこういうふうにしなさいと、一つ一つ教えてはいません。
☆
私は後になってつくづく感じましたけれども、
先生は牢屋の中で、食口たちがみんな疑いをもって、
先生を裏切ることをよく知っておられたのです。
しかし、先生は一日も欠かさず、
一日に三度私たちに対してお祈りを続けてくださいました。
一人一人を思い描きながら、その人のためにお祈りされるのです。
普通「お前と私は死んでも一緒に行こう」と約束します。
そしてそういう間柄の人であっても、ある時に裏切られたら、
「お前が私を裏切ったんだから、私もお前を裏切る」
というのが普通の人の対人関係です。
しかし先生は、先生に誓った人が先生を裏切っても、
その人を決して裏切らなかったというのです。
I 平壌開拓から興南解放
第三章 興南監獄での伝道
「食口のために祈られる」
信仰生活シリーズ 6
「伝統の源流 主と歩んだ教会創立以前の道」
金元弼(1998年7月1日発行)
*『信仰と生活第二集伝統の生活化』を改題
第三章 興南監獄での伝道
「食口のために祈られる」
信仰生活シリーズ 6
「伝統の源流 主と歩んだ教会創立以前の道」
金元弼(1998年7月1日発行)
*『信仰と生活第二集伝統の生活化』を改題
☆
1948年当時、真のお父様はまだ28歳でした。
その頃から、食口たちに対して、
裏切ったとしても、一切そのことを気にされず、
変わらない愛情で祈りを捧げていかれた、
その心情の世界は本当に素晴らしいものだ、と思います。
真の愛を持たれた、真の父母様である、
本当に実体で示してくださっておられると感じます。
一日に三度も祈られた真のお父様。。。
私たちも、相続しなければなりませんね。
※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)
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