☆スイス大会でみ言葉を語られる文先生☆
昨日や以前の記事と重複する部分もありますが、
総括的な内容なので、ご了承ください。
日本責任者21名がスイスに行きました。
元々はドイツに行かれる予定でしたが、
スイスに行った意味がある
と責任者の方は語られました。
今回、スイスのジュネーブにある
国連施設で大会をされた文先生。
本来は、第2次大戦後、国連において、
み言葉を宣布する立場でありました。
神様がそのように準備したにも関わらず、
地の基台が崩れてしまったために、
そのような機会を持つことが出来ませんでした。
それから、時を経て、ニューヨーク国連本部において、
1993年「真の父母と成約時代」と題したみ言葉で、
メシヤ宣布をされ、2000年には、祝福式を行いました。
そして、今回、ジュネーブの国連施設で大会をされました。
正式的には、国連でスピーチをする時は、
大声を出したらいけないそうです。
ところが、文先生は第一声から大声を張り上げました。
参加した有識者たちがびっくりしたのは、言うまでもありません。
しかも、今度は机を叩きながら説教をされます。
あまりの激しさに、圧倒され完全に飲み込まれてしまったのです。
この時間、一番びっくりしたのは、誰だったのでしょうか。
「誰」という表現はふさわしくないのかも知れません。
そうです。
国連の建物が驚き、そして何よりも歓迎したのです。
「主人を初めて迎えることが出来た!」
この喜びはどれほどのものであったか・・・。
先週の集会で、責任者の先生は語られていました。
ネットで調べると、ニューヨークの国連本部は
完成したのが、1952年ですが、
ジュネーブの国連事務局は、
それ以前、国際連盟の本部として使用されていたので、
国連本部よりも前に建設されているのです。
ですから、どれほど待ちに待っていたことでしょうか。
文先生は講演文を最初の一言読んだだけで、
説教を長く語られたがゆえに、時間がなくなってしまい、
講演文の訓読は、令夫人(韓鶴子女史)に託さざるを得ませんでした。
ですから、結果的には、真の父母様が
国連で共にみ言葉を宣布されたのです。
そこに日本の責任者21名が参加しました。
このことを文先生はとても喜ばれました。
「本当にありがたい」
このように表現されたそうです。
しかも、アメリカに戻ってからも、
「日本から21名が来たんだ」
世界から来た責任者たちにも語られました。
ここまで先生が何度も語られ、喜ばれるだけでなく、
ありがたいと語られるのは何故でしょうか。
日本責任者21名を見ながら、
21名だけを見ていたのではなく、
日本食口を見ていたに他ならないからです。
ですから、
「私たちもその場に参加したんだ・・・」
ということになるのだと思います。
明日も続きます。
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